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103/103

103話「皇帝、笑顔の最期」


 話は二か月前、ジャルファ王子が停戦に成功した日に遡る。


「儂はもう長くはない。天命が尽きたらしい」

「無念です、陛下」


 この頃にはデケン皇帝の身体は弱り、立つことも出来なくなっていた。


 大陸統一に王手をかけた槍斬王も、老いには勝てなかったらしい。


 彼は病床に伏して、いよいよ最期の時を迎えようとしていた。


「遺言状を、残そうと思う。紙と筆を持て」

「……用意しております、皇帝陛下」


 残された時間はもうない、後継者を決めねばならない。


 武勇に優れたデイビッツか、政治に秀でるジャルファ王子か。


 死の間際、デケン皇帝の下した決断は─────


「……そして、ジャルファを。ヤツを前線から呼び戻せ」

「分かりました」


 ジャルファ王子であった。





 本来であればこの後継者争い、ジャルファ王子に勝ち目はなかった。


 サリパ・ヤイバン戦線は、レジン元帥の惨敗により突破されている。


 アイギスランド軍は戦術的後退をしているだけで、無傷に近い。


 結果「三つ領土を明け渡す」という条件で、講和を結ばざるを得なかった。


 ─────ただ、これらの情報はまったく皇帝の耳に入っていない。


「父さん。ジャルファが、参上いたしました」

「おお、来たか。我が息子よ」


 病床のデケン皇帝は、敗北したことを知らないのだ。


 彼はジャルファが、アイギスランド戦線で大暴れしているのだと信じてやまない。


「して、このジャルファにいかなる用でしょうか」

「まぁ、待て。話を急くな」


 ジャルファ王子は戦争で負けていたが、政争でデイビッツに勝った。


 デケン王宮の職員を懐柔して、皇帝への郵便物はシャットアウトした。


 レジン元帥を筆頭に、有力貴族の抱き込みも終わっている。


「アイギスランド戦線は優勢らしいな。ご苦労であった」

「お褒めに預かり光栄です、父上」


 デケン皇帝の周囲は、みなジャルファ王子を褒め称えた。


 盟友レジン元帥も、ジャルファ王子こそ後継者にふさわしいと言った。


 そんな状況だったので、ジャルファ王子が後継者に選ばれたのも必然だった。


「レジンから聞いた。貴様のサリパ撤退は、妥当な判断だったと」

「より確実に勝利するため、あそこは戦力を残すべきと判断しました」


 デケン皇帝は使用人を引き払い、一人でジャルファ王子を出迎えた。


 用心深いデケン皇帝が誰かと二人きりになるなど、普段では考えられない。


「ふむ、貴様の戦術眼はかなり高みにあるようだ」

「そう言って頂けるなど、至上の喜びです」


 デケン皇帝の眼窩は窪み、頬骨が皺を作り、唇は薄暗く渇いていた。


 もう、死の間際だ。皇帝の命は、数日も持たない。


「ジャルファよ。改めてお前に問おう」

「何をでしょう、父上」

「貴様はこのデケン帝国を……、背負って立つ自信はあるか」


 そんな痩せ細った父からの、か細い問いかけ。


 その問いに、ジャルファ王子は自信満々に答えた。


「無論です。私以外にこの国を治めうるものはいないでしょう」

「おお、素晴らしい」


 そんな息子の答えに、満足したのだろう。


 デケン皇帝は、皺だらけの手で遺言状をジャルファに手渡した。


「これを受け取れ。貴様に皇位を譲ると記してある」

「……光栄です、父上」


 そこには、デケン皇帝の直筆で「ジャルファに皇帝の位を譲る」と記されている。


 これが欲しかった。これさえ手に入れば、全てが解決する。


 長きに渡る父親の横暴に耐えてきた、その苦労が報われた瞬間であった。


「うう、ぅ」

「嬉しいか、息子よ」

「はい」


 長年の悲願が達成され、ジャルファ王子は思わず感涙に噎せた。


 デケンを譲り受けたことが嬉しいのではない。


 トゥー族の悲願が成り、平和な大陸になることが嬉しいのだ。


「……このジャルファ、父から受け継いだデケン帝国、ますます繁栄させることを誓います」

「よろしい」


 そして書を受け取った直後、ジャルファの瞳に冷徹な光が宿った。


 もう皇帝など用済みだ。その瞳は、目の前のヨボヨボとした老人に向けられた。


「では、最後に父さんにお願いがあります」

「よかろう、聞いてやる」

「デイビッツ兄さんに、一筆を書いていただきたいのです」


 デケン皇帝の医官は、ジャルファ王子が抱き込んでいる。


 ジャルファ王子が皇帝を継いだ後、『寿命』で死んでもらう手筈になっていた。


 あとは彼の気が変わらぬうちに、皇位継承を確定させるだけ。


「おお、そのことなら心配ない。言われるまでもなく、書を送っておる」

「そうでしたか。要らぬ気を回してしまいました」


 しかし、その前にデケン皇帝には最後の仕事があった。


 それは、反発するであろう兄デイビッツの説得である。


 デイビッツ王子は高圧的な性格で、粗暴でわがままな王子。


 しかし彼はデケン皇帝には、よく心酔していた。


 ジャルファの皇位継承が父親の遺言なら、おとなしく従うだろう。


「デイビッツ兄さんは、皇位に執着していましたからね」

「ああ。我が覇業を継ぐと、小さなころから言って聞かなかった」


 デイビッツ王子は、ジャルファにとっても厄介であった。


 戦争の実力は本物で、デケン皇帝への忠誠心も高い。


 できれば敵対するのではなく、戦力として取り込みたかった。


「父さんから説得してかないと、デイビッツ兄さんは反旗を翻すでしょう」

「……むぅ。貴様は何を言っておる?」


 デイビッツ王子と後継者争いすることになれば、デケン帝国は真っ二つに割れる。


 そうすれば大陸は荒れ、多くの人が悲劇に巻き込まれる。


 しかし実の父親の手紙さえあれば……。


「─────デイビッツには、反旗を翻すように書状を送っておいたぞ」

「……は?」


 その言葉に、ジャルファ王子は押し黙った。


 デケン皇帝は、彼(ジャルファ)を後継者にすると言ったのだ。


 まさか一国の皇帝が、自ら国を分断しようと考えるなどありえない……はずだが。


「アイギスランドを平定したら退屈だろう? 安心しろジャルファ、儂の死後のことも考えておる」

「……」

「貴様も皇帝を継ぐなら、デイビッツごとき殺せないとな」


 デケン皇帝の瞳に、狂気はない。


 むしろ、ジャルファに対する慈しみすら浮かんでいた。


「これが死にゆく父からの置き土産だ、ジャルファ」

「それが、私への土産だと?」


 戦争で弱者を殺すのは、強者にとって最大の贅沢。


 彼にとっては、それが『当たり前』なのだ。


「戦争は良い。敵を滅ぼし、蹂躙し、生き血を啜る瞬間に命は輝く」

「─────」

「父は案じていたのだ。儂の後を継いでも、戦争がなければつまらないだろうと」


 彼にとって戦争とは素晴らしいものであり。


 戦争を起こすことが、ジャルファのためになると信じていた。


「デイビッツにも、貴様の首を獲れば皇帝になっていいと伝えておる」

「……はぁ」

「貴様の領地は首都近辺だ。デイビッツには、南と東の植民地。戦力は互角だろう」

「あなた、は。父さん、貴方は」

「さぁ、ジャルファよ気を抜くな。お前の兄は強いぞ?」


 デケン皇帝はニヤニヤと、底意地の悪い笑みを浮かべる。


 それはまるで、『ちょっとした悪戯』が成功したかのような態度。


「はっはっは、どうだジャルファ。これが父からの最後の試練」

「父さんは、父さんは……」

「この試練を乗り越えてこそ、立派な皇帝になれるだろう」


 まるで、理解できていない。


 その書状がデイビッツに届くだけで、何人の命が奪われるか。


 どれほどの民が、悲劇に見舞われることか。


「立派になるんだぞ。ジャルファ─────」

「やっぱり、そういうことをやる人ですよねぇ」


 ジャルファ王子は、呆れ切った声で。


 デケン皇帝を押し倒し、喉元をわし掴みにした。


「な……!? じゃ、ジャル……」

「下剋上ですよ、父さん。弱者が強者に殺されるのは、必然でしょう?」


 その言葉を聞いて、デケン皇帝は目を見開いた後。


 やがて、ニンマリと唇を歪めた。


「今から父さんを殺してあげます」

「エフっ。ああ、そうだジャルファ。それでいい……ゴホッ」

「……」

「素晴らしい、お前にも牙があったのだな……ゲホっ」


 息子に首を絞められて、デケン皇帝は愉しげに笑った。


 親すら殺そうとするジャルファの所業を、頼もしく感じた。


「父殺しの汚名を被って生きよ。ジャルファの名だけで、万民に恐怖を刻め」

「……」

「恐れられ、怯えられ、蹂躙して欲望の限りを尽くせ! 儂のように!」


 皇帝はほほ笑む。どうせ天運が尽きた身だ。


 息子に殺されるなら本望だとすら思っていた。


「ったく、父上が説得してくれれば楽だったんですがね」

「ふあ、フはああ!! 元気にやれよ、ジャルファ─────」


 しかし、ジャルファ王子は皇帝(ちちおや)の首から手を放した。


 殺されるつもりの皇帝は、きょとんとジャルファを見上げた。


「……む、どうしたのだ? まさか親を殺すのが怖くなったか」

「私に殺されることを悔しがってくれれば、そのまま殺したんですけどね」


 ハァ、とジャルファは呆れた溜息をつく。


 そして彼は、袋から『大量の書状』を取り出した。


「先に言っておきます。貴方の文書は全て、私が差し止めています」

「……は?」

「そのアホみたいな遺言状は、デイビッツ兄さんには届いてませんよ」


 彼の持っている書状は、デケン皇帝が出した/宛てられた手紙だ。


 ジャルファ王子は病床への連絡を、全てシャットアウトしていた。


 必然、皇帝が外部に当てた書状もシャットアウトしてしまっている。


「やっぱり貴方は、ただ殺すんじゃつまらない。優しく殺してあげないといけませんね」

「……ジャルファ? お前は、お前は何を言うておる?」

「平和的に、牧歌的に、慈愛的に。そんな最期が、あなたにはお似合いです」


 デケン皇帝は、息子の言葉が理解できない。


 皇帝(じぶん)を優しく殺す? どうして、そんな必要があるのだ?


「私は即位した後、デケンの全戦線で講和・終戦を実現させるつもりです」

「……? そんなことをして、誰に、何の得がある?」

「ただし私は、その講和交渉の全てを……」


 戦争を愛する皇帝にとって、ジャルファの言動は理解の外である。


 意味が分からな過ぎて、皇帝には怒りすら沸いていない。


 何を言ってるんだ? それが率直な皇帝の感想だった。


「父さ(・・)んの(・・)遺言(・・)であると布告します」

「……は?」

「つまり父さんは死の間際に、平和を望んだのです」


 ─────それがジャルファ王子が、持ちうる限りの悪意を込めた復讐。


 戦争が大好きな狂人の、矜持と尊厳を破壊する一手。


「おま、お前は、何を言って」

「父さんは優しい人だったんです。デケンを強くするため、仕方なく戦争をしていただけ」

「そんな、そんなはずがあるか。儂は、殺戮こそが─────」

「そして死の間際、皇帝(とうさん)は良心の呵責に耐えられなくなり、こう言ったのです」


 そう言ってジャルファ王子は、ニヤニヤと書状を見せびらかした。


 それは確かに、デケン皇帝が直筆で記した『ジャルファに皇位を譲る』という書状。


「お前(ジャルファ)が皇帝となり、戦争を終わりにしてくれと」

「この儂が、そんな戯けたことを言うか─────!!」


 そのジャルファの言葉に、デケン皇帝は血管を浮き出して怒鳴った。


 瞳孔を開いて爪を立て、ジャルファの腕を掴んだ。


「馬鹿者、愚か者、呆け者、愚物、雑魚、蛆虫、弱虫!!」

「人を斬るたび、心で泣いた。戦争で勝利するたび、死んだ者を思って祈った」

「蹂躙こそ至福! 虐待こそ劣情! 雑魚を並べて皮を剥ぐのが、儂の教えた皇帝の姿だろうが!」

「デケン皇帝の真の姿は好々爺であったと、噂に広めてあげましょう」


 デケン皇帝は自分を忌み嫌う相手を、屈服させるのが好きだった。


 だから忌み嫌われた視線を向けられても、むしろ気分が良かった。


「喜んでください。大陸中に、慈愛に満ちた皇帝(とうさん)像を立ててあげますよ」

「貴様ァァァ!!!」


 逆に誰かに、笑顔を向けられると虫唾が走った。


 優しいという評価は、『舐められている』に近しい。


「そう怒らないでください。ほら、心が楽になるお薬ですよ」

「ふが、ふがふが」


 デケン皇帝の息が荒くなり、顔が真っ赤に紅潮した。


 これはまずい、このままぽっくり死んでしまうかもしれない。


 そう思ったジャルファは、優しい顔で皇帝に薬を飲ませた。


「この薬の効果を知っていますか、皇帝(とうさん)」

「……ふがふ、が?」

「鏡を見せてあげます。ほら、良い笑顔でしょう?」


 そんな皇帝に、ジャルファは笑顔で薬を飲みこませた。


 やがてその薬は、老人の顔の筋肉を麻痺させていく。


「この薬を飲むと顔の筋肉が緩んで、笑って見える」

「あへ、あへ、あええ?」

「ふふっ。つまり父さんは、笑顔で亡くなるんです」


 鏡に映るデケン皇帝は、眉間の皺がとれ、口角はだらしなく垂れ下がっていた。


 それはデケン皇帝が大嫌いな、『誰かに媚びを売るような笑顔』。


「良い顔です。皇帝(とうさん)像は、この死に顔をモチーフにしてあげましょう」

「……やえてくえ! そえはわしの人生お、否定すうようなものえ!」

「ふふ。本当に情けない、いい笑顔」


 老人は必死に声を張り、息子(ジャルファ)に唾を飛ばした。


 しかし息子は、老人に優し気に微笑んで。


「そのまま私に媚びて笑うなら、許してあげてもいいですよ?」

「きさま、ジャルファ─────」


 肉親を撫でるように、愛おしく頬をさすってやった。









「皆さん。父さんが逝きました」

「おお、ジャルファ王子。そんな……」


 その後、しばらくして。


 デケン皇帝の病床から、目を腫らしたジャルファ王子が出てきた。


「どうぞ、入ってください」

「ああ、陛下」


 王宮職員はデケン皇帝の訃報を聞き、多様な反応を見せた。


 悲しむもの、喜ぶもの、黙とうするもの、拳を握り締める者。


 しかし職員たちは、みな皇帝の死に顔を見て絶句する。


「おお、陛下が……」

「何と言うことだ」


 デケン皇帝は、笑顔だった。


 死の間際ジャルファ王子と言葉を交わし、満面の笑みで逝ったのだ。


「見ろ、皇帝陛下のお顔を」

「おお、なんと安らかな」

「陛下は、こんな優しい顔も出来たのか」


 それは慈愛に満ちた、優しい笑顔だった。


 生前では想像もつかない、安らかな笑顔。


 家臣たちは衝撃のあまり、皇帝の遺体を前に言葉を失った。


「死の間際、父さんは私に謝りました。今まで厳しく当たってすまなかった、デケンの国威のために仕方なかったのだと」

「へ、陛下がそのようなことを!?」

「そして来世は皇帝ではなく農民として、平和な家庭を営んでみたいと」


 そう聞いた家臣たちの衝撃はすさまじい。


 あの暴君が、まさか心の内でそのような……。


 繊細で慈愛に満ちた願いを持っていたなど、想像もつかなかった。


「私も気付きませんでした。皇帝(とうさん)が、ずっと孤独に平和を求めていたなど」

「し、信じられませぬ」

「皆さん。せめて偉大な皇帝の逝去に、黙とうを捧げましょう」

「ああ、そうだ。黙とうを捧げよう」


 笑顔の皇帝を前に、職員たちは静かに祈りをささげた。


 そして暴虐で恐ろしく、強大だった皇帝の死を惜しんだ。


「自分を殺し修羅となった、哀れな優しい男の冥福を祈りましょう─────」


 ─────なお、この黙とうの際。


 ジャルファ王子の目が腫れていたのは、笑いすぎだと気付いた者はいなかった。










「即位おめでとうございます、ジャルファ新皇帝陛下」

「ふふ、ありがとうございます」


 こうしてデケン皇帝は、笑顔の最期を迎えた。


 ジャルファ王子は宮廷画家と彫刻家を集め、皇帝の遺体の笑顔をたっぷり記録させた。


「して、これからどうしましょう」

「戦争をどうするかと、デイビッツ王子をどうするかですね?」


 その後、ジャルファ王子は抱き込んだ貴族たちと会議を行った。


 今後デケン帝国の統治をどうするかである。


「デイビッツ様は、行動が読めません。葬儀に参列するよう命じ、反応をみてはいかがでしょう」

「そうですね、ではデイビッツ兄さんに連絡しておいてください」

「御意」


 ジャルファ王子の目標は『全戦線で講和する』ことだ。


 それには、デイビッツ王子が侵攻中のチェイム戦線も含まれる。


 ただ皇帝と同じ気質のデイビッツが、あっさり撤退するだろうか。


 場合によっては、暗殺も視野に入れなければならない。


「同時に、チェイムに停戦・講和も打診しましょう」

「さて、チェイムは果たして講和を受け入れますかね?」

「外交官の腕次第でしょうな」


 これでやっと、平和な大陸が実現できる。


 ジャルファ王子が夢見た理想に、ようやく手が届きうる。


「四国連合に対しては、ジャルファ様がお出向きになられますか」

「ええ。ヤイバン、アイギスランド、サリパそれぞれに一国ずつ向かいます。旅の支度をお願いします」

「御意」


 サリパもヤイバンもアイギスランドも、すでに言質は取っている。


 ジャルファが皇帝として再度訪れたなら、講和を結ぶと。


 彼らとの講和は、すんなり達成できるだろう。


「それと、もう一つ。急ぎリシャリ・サリパールに、正室として縁談を申し入れてください」

「ははっ! サリパの姫君ですな」

「彼女こそが四国同盟の核です。これから必要になるピースなので、丁寧な者を使者に送ってください」


 ─────そしてジャルファ王子は、一つだけ。


 あの講和交渉で、隠し抜けた野望があった。





 こうして、ジャルファはデケン皇帝となった。


 デケン帝国の莫大な資産と、政治を動かす権限を得た。


「これでもう、邪魔者は一人もいない」


 ジャルファは四国会談で、嘘をついていなかった。


 皇帝となったら、二度と攻め入るつもりがなかった。


「ああ愚か。武力で他国を侵略しようなんて、前時代的でしかない」


 しかしそれは決して、これ以上領土を欲しないという意味ではなかった。

 

 むしろ彼は、デケン前皇帝よりもよっぽど、


「前皇帝(とうさん)は無能です。デケン帝国の国力があれば、戦争なんかしなくても大陸を統一できるのに」


 ─────大陸を統一することへの野心は強かった。



 ジャルファは幼い頃から、侵略戦争を嫌っていた。


 それは滅ぼされたトゥー族の末裔として、当然の感情だろう。


 しかし大陸にはいろんな国家があり、国ごとに色々な文化がある。


 誰か管理する者がいなければ、争いが絶えることはない。


 ならば最大勢力であるデケン帝国が、この大陸を管理すればいい。


「これからデケンの文化を開花させ、食料を飽和させ、技術を発展させましょう」


 他国を傘下に加えるのに、必ずしも武力は必要ない。


 デケン帝国に従えば、文化に技術や食料などの恩恵を受けられるようにすればいい。


 属国になれと迫るのではない。属国になったら得だと、思わせるのだ。


 そうすれば小国は、優れた文化や技術を欲し、国家安全保障を考慮し、自らデケンに首を垂れる。


 かつてサリパ王国が、デケン帝国に従ったように。


「武力ではなく、文化と経済で戦争を仕掛ける」


 経済による戦争。武力を用いない領土併合。それがジャルファの真の狙い。


 デケンが『まともで理性的な国家』となったら、大陸統一は容易い。


「ただ、やはりサリパ王国がキナ臭いんですよねぇ」


 その野望の最大の障壁は、またしてもサリパだった。


 ジャルファはサリパで研究中の、『走る鉄』の噂を聞いた。


 送った諜報員から、デケン海軍を破った『巨大な黒船』の詳細を報告された。


 サリパは未知の新技術で、新しい兵器を次々と編み出している。


「あの国は放っておくと、どう発展するか分からない」


 おそらく今、サリパで技術革命が起きかけている。


 そうすれば現在デケン帝国が持つ、技術的な優位性がなくなる。


 それはジャルファが大陸に仕掛ける『文化経済戦争』において障害になりかねない。


「ですがサリパの味方さえしておけば、リシャリ姫は協力してくれる」


 なのでジャルファは、サリパ王族を正室待遇で娶りたかった。


 筆頭候補は未婚で、外交官として超優秀な『四国同盟の黒幕』リシャリ・サリパール。


「モタモタしてると誰かに婚約されかねませんからね。彼女を逃すのは惜しすぎます」


 ジャルファ王子は、外交と政治に秀でた万能の男である。


 権力の地固めなど、とっくに済ませていた。縁談で自国貴族を娶る必要なんてない。


 だから最初に、サリパの姫に縁談を申し込むことができたのだ。


「それに初恋の相手ですし、ね」


 ちょっとサリパを優遇するだけで、彼女が手に入る。


 国益を考えても、感情で考えても、縁談を申し込まない手はない。


「貴女(リシャリ)も私を利用してください。それが私の利益になります」


 ジャルファは静かな笑みを浮かべ、遠くサリパの方角の空を見上げた。



これにて4章終了です。

再開までしばしお待ちください。

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― 新着の感想 ―
ちょっとお話の本筋とそれるんですが、前々から気になっていたんですが「チェイム」って、「チェイム風邪」と関係ありますか?もしかしてあの世界の過去かしら?と。
前デケン皇帝、とんでもない奴だな。 それを制したジャルファは凄いが、国益を考える為政者としてリシャリの政敵になるのか? 5章の展開が楽しみです。
すげぇ…一番嫌がる復讐を成し遂げたな。 この先どうなってしまうのか、リシャリ様なんとかしてくれー!
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