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101話「ちょっと勿体ないと思うぜ」


 ─────昨日の無礼、申し開きがございません。


 ─────リシャリ様に合わす顔がないことをご承知で、筆を執っております。


 ─────いかなる罰を申し付けられようと、僕は恨みは致しません。


 朝一番、タケルから長々とした謝罪文が届けられ、俺はため息をついた。





 昨日のお見合いは、さんざんだった。


 あの後、俺はちゃんとタケルの視線に言及しなかった。


 適当に話を纏め、笑顔で『後はお若いお二人で……』と席を立っただけ。


 そしたらタケルは涙目になって、その場で土下座を始めた。


 ごめんなさい、出来心です、もう二度としませんと慚愧して。


 メウリーンは驚いて目を丸くして、俺は苦笑いするしかなかった。


 結局お見合いは中止となり、やり直すことになった。



 さてさて、これはどうしたものか。


 タケルの縁談を受けるか答えを出せていないのに、状況ばかりが混沌としていく。


 俺は朝っぱらから、タケルの謝罪文を前に頭を抱えていた。


「リシャリ殿下に、お目通りを願いたく」

「おめどおり、願おう」


 そんなタイミングで、外からベルカとルリちゃんの声がした。


 どうやら二人が、部屋を訪ねて来たらしい。


「入って構いませんわ、ベルカさんにルリちゃん」

「では、失礼する」


 ちょうどいい、誰でもいいから話したいところだった。


 俺が謝罪文をしまって入室を促すと、二人は神妙な顔で入ってきた。


「して何の用でしょうか、ベルカさん」

「実は昨晩からタケルが寝込んでおりまして」


 ベルカは珍しく困った顔で、俺にそう報告した。


 どうやらタケルの様子がおかしいので、俺に相談に来たらしい。


「タケルは『リシャリ様に不敬なことをした』と、うわ言のように呟いています」

「はぁ」

「きのう、なにかあったの?」


 タケルはまだメンタル崩壊中のようで、それを心配してきたのだろう。


 答えるのも馬鹿馬鹿しい話だがと前置きして、俺は説明をした。


 昨日のお見合いで、俺とメウリーンが露出の多い巫女服を着ていたこと。


 メウリーンが下着を着けていなかったので、タケルが動揺したこと。


 そして最後に、俺の太ももを凝視したこと。


「あーね」

「なるほど」


 俺から説明を受けて、二人は得心を得た表情になった。


 いや、どちらかと言うと呆れ顔なのかもしれない。


「……」


 ベルカは数瞬ほど押し黙った後、やがてキッと表情を引き締めて口を開いた。


「その、リシャリ殿下。恐縮ながら具申したいことが」

「聞きましょう」

「これは一般論ではありますが。男という生き物は、誠に愚かな部分があり……」

「……皆まで言うな、ですわ。ベルカさん」 


 事態を理解した智将は、俺を諫めようとし始めた。


 それは将(タケル)を有効活用するためのマネジメントか。


 はたまたタケルとの男の友情、というやつかもしれない。


「不快に思われたことでしょうか、どうか彼を容赦願いたく」

「分かっていますとも、心配はいりませんわよ」


 俺だってタケルの事情も理解(わか)っているつもりだ。


 彼が太ももを野獣のような目つきで凝視した件を、咎めるつもりはない。


「リシャリ殿下?」

「タケルの行動を非難する気はありませんの」


 俺はベルカにそう告げて、フゥと溜め息を零した。


 アイツが俺に興味を抱いていることは、把握している。


 そんな状態で履いていない疑惑が浮かんだら、目が行ってしまうのは当然。


 純朴で無垢な童貞タケルには、刺激が強かったのだろう。


「ただその……。つい見苦しくて」

「はあ」


 理解はするんだけど、それはそれとして……。


 あの状況で太ももを凝視されたら、冷たい目になってしまうのも許してほしい。


「ベルカさんから、タケルに声をかけてくださいませんか? 私は何も気にしていないと」

「自(おのず)からタケルに声をかける、ですか」

「こういうのは、男同士の方が慰めやすいのかなと」


 てなもんで、タケルの不躾を咎める気はない。


 むしろ健全である。


「ちなみに、殿下。タケルと縁談は……」

「返事はまだ保留中ですわ。待ってもらっております」

「リシャリは、タケルをきらいになった?」

「いえ。まったくそんなことはありませんわ」


 二人は心配そうに、俺の顔色を伺っていた。


 俺とタケルの縁談を、心配しているのだろう。


 だが安心して欲しい。この一件で、俺がタケルを嫌いになっていない。


 というかむしろ、


「そこが、悩みでもあるんですけどね」

「……殿下?」


 不躾な視線を向けられてなお、俺はタケルにまったく幻滅していないのだ。


 タケルに感じている気持ちは、怖いほどに今まで通り明るいまま。


 家族のような親愛と、友人のような友誼と、家臣としての信頼。


「いえ。こっちの話ですわ」

「悩み事があるなら、自(おのず)で良ければ相談に乗りますが」

「これが戦術用兵の悩みであれば、まずベルカさんに相談したでしょうね」


 俺はタケルに、幻滅しようがなかった。


 最初から、恋愛感情など持っていないのだから。


「わかった。こいのなやみ、だ」

「おお、さすがルリちゃん」


 微妙な顔をするベルカとは対照的に、ルリちゃんは察した顔だった。


 やはりルリちゃんの恋愛偏差値は、ベルカより高いのだろう。


「リシャリのなやみは、私たちに相談できる?」

「……いえ。難しいですわ」

「じゃ、聞かない」


 タケルを全く好きじゃないのに、結婚をしていいものか。


 そんな悩みを、ベルカたちに相談するわけにはいかない。


 二人はタケルと同僚であり、最も近い位置にいる人たちだから。


「とりあえずお二人は、タケルを慰めてやってください。私は気にしておりませんので」

「御意に」

「……がんばってね、リシャリ」

「ありがとうございますわ、ルリちゃん」


 さてさて。


 俺はいったい、どうするべきなんだろうね。







「という訳で。藁にも縋る気持ちで、相談に来ましたわ」

「俺は藁かよ」


 こんな悩みを相談できる相手は、王族しかいない。


 しかしルゥルゥ姉上からは、自分で考えろと切って捨てられた。


 そんな訳で俺は、


「あ、こちら手土産のケツキリムシシチューです」

「それテーブルに置いたら追い出すからな」


 サリパの誇る、天才王子。


 腹黒の女誑し、ジケイ兄上の部屋に相談にいった。


「私はどうすべきと思いますか、ジケイ兄上」

「何で俺なんだよ。他に相談する相手がいるだろう」

「消去法ですわ」


 この件で、もうルゥルゥ姉上には相談できない。


 父上はノンデリだし、サリオ兄上は前線からまだ戻ってきていない。


「良いから、相談に乗ってくださいまし」

「何で相談する側が偉そうなんだ。……ったく、何が聞きたい」

「実は、タケルとの縁談で……」


 となればジケイ兄上くらいしか、相談相手がいない。


 ジケイ兄上は性格こそ悪いが、ノンデリではないからな。


「……と、いう話でして」

「そこで父さんに『タケルを幸せにして見せろ』と課題を出されたワケか」


 俺はケツキリムシシチューを手に持ったまま、これまでのいきさつを話した。


 ドラズネストを併合する関係で、俺とタケルに縁談が持ち上がったこと。


 タケルから告白を受けたが、俺には恋愛感情がないこと。


「お前のことだ、タケルとの結婚が嫌ってわけじゃねぇんだろ?」

「はい。逆にタケルには、もっといい縁談があるんじゃないかと悩んでいるんです」

「ふぅん」


 そんな俺の相談を、ジケイ兄上は口を挟まず聞いてくれた。


 やがて話し終わると、ジケイ兄上は数秒だけ考え込み、


「そうだな。政治的な観点から話をすることになるが、いいか?」

「ええ、もちろん。お願いしますわ」


 そう言って、おもむろに腕を組んだ。


 なるほど、別角度から話をしてもらえるのはありがたいかもしれない。


「俺はこの縁談、ちょ(・・)っと(・・)勿体(・・)ない(・・)と思う」

「勿体ない、ですか?」

「ああ。お前(リシャリ)の使い方がもったいない」


 そんなジケイ兄上が告げた、この縁談への評価は。


 もったいない、という不思議な感想だった。


「無論、お前がタケルとくっつくのも悪くはない。ただお前には、もっといい使い道があるだけ」

「私の、もっといい使い道?」


 ジケイ兄上は、半笑いで言葉を続けた。


 その言い草は、どこか投げやりに見えた。


「せっかくのリシャリなんだから、最大限活用すればいいのに」

「それは、どういうことでしょう」

「この縁談、別にリシャリじゃなくていいんだよ。俺かサリオ兄さんに娘がいたら、同じことができる」


 確かに、他の王族をタケルに嫁がせても同じことができるだろう。


 ただ今、結婚適齢期の王族が俺しかいないからこういう話になってるわけで。


「ジケイ兄上に娘ができるまで待てばいい、ということですか」

「いや? パウリックに娘いただろ。タケルと相性よさそうな赤毛の王宮騎士」

「ポーリィさんですか?」

「そうそう、ソレソレ。パウリックに頼んで、ポーリィをタケルにあてがえばいい」


 ジケイ兄上の案は、ポーリィさんをタケルと結婚させることだった。


 それがどうして、サリパの血縁作りになるんだ?


「お前、パウリックが王家の外戚だって忘れてるだろ」

「……あ」

「パウリックは俺の祖父だ。序列低いけど王位継承権持ってる」


 そう言えばそうだ。パウリックは娘を一人、国王(ちちうえ)に嫁がせたんだ。


 ジケイ兄上は、パウリックの孫だったのか。道理で剣術の腕が立つわけだ。


「サリパの姫って立場が重要なら、ポーリィを俺の養子にすりゃいいんだよ。するとあら不思議、俺に娘が生えてくる」

「ちょ、ちょっと待ってください。そんなことできますの?」

「やろうと思えば、ちょちょいとな」


 じゃあ俺が結婚しなくても、ポーリィさんで同じことが出来るようだ。


 ならタケルが大好きなポーリィさんを嫁がせる方が、タケルにとって幸せなのかも。


「俺的にはそっちの方がありがたい。ドラズネストを牛耳れるし」

「……ん? でも今の話、おかしくないですか?」


 彼女は間違いなくタケルを好いている。だからアリなのかもしれない……けど。


 今の話、大きな問題がある気がするぞ。


「でもポーリィさんに、国王の血は入っていないような?」

「あ、気付いたか」


 国王とパウリックの娘が結婚し、生まれたのがジケイ兄上だ。


 つまりポーリィさん本人は、国王と血縁がない。


「父上の血筋が入ってなければ、意味がないのでは?」

「俺の血筋ではあるから問題ない」


 そう言ってジケイ兄上は、悪い笑みを浮かべた。


 ……ジケイ兄上?


「それだとドラズネストに影響力を持てるの、ジケイ兄上だけになりますわね?」

「何か問題あるか」


 あ、ポーリィさんを結婚させる案は駄目だわ。


 ジケイ兄上ってばさりげなく、権力を拡大しようとしてるわ。


「それよりも俺は、リシャリの血筋だけ利用するのが勿体ねぇと思うぜ」

「さっきも言ってましたわね。それ、どういう意味ですの?」

「お前の真価は投げつけた相手を、問答無用で懐柔する手腕にある」


 ジケイ兄上はそう言うと、唇を歪めて笑った。


 これは、意地悪な時の兄上だ。


「お前とタケルを嫁がせる最大の利点は、タケルを他国に走らせない保証を得られることだ。だけどアイツ、お前がサリパに属する限り裏切らんだろ」

「ええ、そう思いますけど」


 まぁ確かに、俺がタケル以外に嫁いだとしても……。


 タケルがサリパを裏切るかと言えば、そんなことはない気がする。


「お前が他国に嫁いだ後も、定期的に帰国してタケルを慰撫しとけば問題ない。そこはお前が上手くやれ」

「じゃあ私は、誰と婚約すべきですの?」


 ジケイ兄上の目は、無機質に俺を見つめていた。


 それは妹を見る目ではなく、結婚装置(リシャリ)を見る目。


「タケルとの縁談は百点満点中、八十点くらいの縁談だ」

「あ、八十点はあるんですね」

「悪くはないが、満点とはいいがたい」


 八十点もあれば、十分に高得点なような。


 ジケイ兄上って貶す時、もっと低い点数つけると思ってたが。


「では、百点の縁談はどんな内容でしょうか」

「デケン皇帝を継いだ、ジャルファ王子との縁談」

「……はい?」


 ジケイ兄上はそう言って、俺に冷ややかな視線を向けた。


 ジャルファ王子が俺と結婚するのが、百点満点?


「それは満点どころか、赤点近い結婚じゃないですか?」

「なぜそう思う」


 サリパはデケンで、舐められている弱小領だ。


 たとえジャルファ王子の正室として婚約しても、軽んじられることは請け合い。


 俺の肩身は相当狭くなるだろう。


「私がサリパ出身というだけで、虐められる気がしますわ」

「じゃあお前、逆に聞くぞ?」


 それに俺がデケン帝国に嫁いだら、他の同盟国が何と言うか分からない。


 デケンと接近したと、裏切り者扱いされる可能性だってある。


 だから、その縁談は『ナシ』じゃないかと思うのだが……。


「お前、ジャルファ王子を篭絡できる自信はどれくらいある?」

「……」


 唐突に、ジケイ兄上にそう聞かれ。


 ……俺は思わず、考え込んだ。


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― 新着の感想 ―
もう、落ちてんだよなぁ……
タケルの脳が破壊されますわ! それもまた、あり!
100パー落とせるんだろうけどタケルを幸せにしてあげて下さい…
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