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What do you see?

 アキは週二回ほどの頻度でルアンの作業場にお邪魔していた。魔術師たちはおのおの独立しているために共通の課題を抱えていればともかく、干渉しあったりなどしない。魔術師の宮と呼ばれる建物にはルアンの他に二名滞在しているらしい。会ったことはない。活動区域が重ならないからか、彼らが研究室に引きこもりなのかアキは彼らについて知ることもなく宮に通っている。


 簡単な実務なら手伝ったり、本を借りて読んだり。会話も読み書きも不自由していないので、翻訳が為されているのだろう。ルアンの手が空いていれば退屈しのぎのように魔術を教えてもらうこともあった。


 アキはルアンを信頼しきっていた。とくにアキを恋愛対象としてみなすことのないであろう彼を。ルアンは新たな友人を得て日々をいきいきと過ごしていた。


 魔術師、とは聞いていたが彼は机に向かっているか、魔法陣を描くインク作りのときのように道具を制作している時間がほとんどだ。アキが想像しているように杖を振ったり呪文を唱えるでもない。ジュダスの宮に戻れば魔術のかけらも見当たらない生活だから魔術が存在している実感もない。そのため「魔術とは日常に浸透していないのか」と尋ねた。

 彼はあたりをぐるりと見て笑った。


「表面に見えないだけで、魔術はありふれているんですよ」


「この部屋にも?」


「どこにでも。水道や明かりにも魔術は使われています」


 張り巡らされている魔術が一見してわからない、というのは車が走っている様子は見たことあるし、運転方法は知っているけれども、肝心の動力の仕組みは知らないことに似ている。パソコンは使えるけれども、裏でどのようなプログラミングが走っているのか、といったことも同類。


 指一本がスイッチを動かすだけで新鮮な水が出る仕組み、灯りが点く構造を教えてくれる。


「魔術師らしく魔術で遊んで見せましょうか」


 本棚から一冊取り出して、三十ページほどの中間を開く。


「子どもが魔法陣を描く練習用の図案集です」


 魔法陣というより、色塗りの本といった装丁だ。各ページに白抜きした簡単な線でできた魔法陣が掲載されている。


「悪戯まがいのものから験担ぎまであります。ものによっては体に直接描いて遊ぶんです」


 化粧にも使えそうな小筆とインクが机に並べられた。


「この中だと何色がお好きですか?」


「……こちらを」


 虹色の選択肢からアキが選んだのは緑色だった。


「人体に使っても安全な染料です。洗えば薄くなりますけど、魔素の力で残っても二週間かな」


 向かい合わせに座って、ルアンはインクの蓋を開けた。


「やって見せますね。お手をお借りします」


 どの魔法陣を描くのかは教えてくれない。差し出された手のひらに手の甲を上にして乗せる。びっくりしてアキの手に見入るルアンに苦笑した。


「手が小さいと難しいですか?」


「……いえ、そういうわけでは」


 反応の予想はしていた。基盤の骨からして全く違うルアンの手の上にあるとよくわかる。


「指も短くて不格好なんです。ルアンさんのように長い指が羨ましい」


「そうですか? アキさまは小柄ですし、このくらいが妥当なのかと思ったんです」


 その後にもごもご、と何か言ったように思ったがきちんと言い直されることはなかった。


「いえ、その。はじめます」


 本を見ながら、インクに浸した筆を走らせる。

 俯いて伏目がちのまつ毛を今度はアキが見つめていた。視界の邪魔になりそうなほどバサバサしている。眼鏡のレンズに当たっているのでは。


「できました」


 彼が顔を上げれば、真正面から目が合う。脳に信号が伝わるまで遅かった。


「……あっ、終わりました?」


「アキさまもやってみますか?」


「やりたいです!」


 わくわくを隠し切れず大きく賛成するとルアンは頬を緩めた。くるりと手の平を返してアキのほうへ寄せる。


「どうぞ」


「ルアンさんの手に描いていいんですか? あ、色はどれにします?」


「筆を洗わずそのまま使えますから、同じ色でお願いします」


 自分の手の甲にある魔法陣と睨めっこしながら、時間をかけて完成させた。初の試みのうえ、慣れない筆記用具で歪になってしまった。ルアンは真面目な顔で出来を検分している。


「ここに発動条件となる魔力を流します」


 ルアンの指がアキの手の甲、魔法陣の端に触れる。薄く色づいた光が陣を走って、すっと光は消えた。痛みや熱はない。インクは焦げついたような跡になっている。


「鏡をご覧ください」


 別室から持ってきた姿見にアキは映る。目の下に手を置いた。


「この瞳……」


 使用したインクの色に染まっていた。眼鏡の奥にもお揃いの目が笑っている。手の甲の魔法陣も同じで、目の色も統一されて。なんというペアルック感。背中を羽ぼうきで撫でられてるようにそわそわとした。






 皮膚にはごく薄く魔法陣が残っていたが、もともとのアキの瞳が濃い色をしていたためか一週間で新緑色は抜けてしまった。その後の一週間でルアンの目は海の深いところの色から元の緑が強くなっていく。


 小さな手の甲に描いてもらった魔法陣を撫ぜる。インクはもう目を凝らしても見えない。


「私に魔力はないのでしょうか?」


「ないですね」


 あっけらかんと答えてくれる。魔術が行き渡っている世界でも、魔力がある人間とない人間に分かれる。比率はわからないけれども、魔力を持たない人間が極めて少数というわけでもなさそうだ。


 魔力を持とうが持つまいが、どちらも魔術の恩恵に与っている。人間の体に宿る魔力の代わりである魔素。自然界に浮遊する魔素を浄化するジュダスは、濁った魔素を取り込み一年をかけて清らかに変換し花弁に溜め込む。魔力のない人間は魔素に頼るから魔術は発達し文明は飛躍してきた。


「魔力がなければ魔法陣を描けても意味がないってことですよね?」


「インクや自然界の魔素だけで成立して発動する魔法陣もありますけど、そういったものだと大した力は持ちません」


 魔力に魔素、どちらも魔術の礎とできるが、人間が意識して操れるものは己の体に宿る魔力のみ。

 魔素で魔法陣を描いても、機動力となる魔力を流さなければ発動しない。

 魔素や魔力も、媒介可能なジュダスから抽出される液体インクがなければ物質の表面に固定されない。


 ルアンと時を過ごすにつれ、少しずつアキはこの世界独特の魔術について学んでいった。

What do you see?

(何が見える?)


持病のいちゃつかせたい発作が……。


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