There’s no way…
ハンシーは男女としての距離を適切に保っていてくれる。
ピーテルに襲われた経験があればなおのこと、一歩引いた振る舞いは好ましい。細身の体で、いかにも貴族然とした橙色を基礎とした金髪をはじめとして清潔感があって、警戒を解かせる。滅多にない青と赤を同量調和させた紫色はひとたび動かすだけで人を魅了しそうだ。男女ともに人気があるのも頷ける。
「ハンシーさん、こんなには……」
六着目にもなる男装一式を渡されて、アキもいよいよ困惑した。ハンシーと会うのはこれで八回目。
他の候補者とも合わせた顔見せがはじめてで、二回目にはただ話しただけ。三回目でズボンを渡された。四回目には服を二着追加し、期間を開けて今回は三着まとめて持ってきた。全て股先の別れた、少年が着るようなものばかり。着替えがあるのは便利ではあるが、贈られてばかりは肩身が狭い。彼に恩に着せようとの意図はないが、それが引け目になる。
「飽きがきてはいけませんからね」
四回目にはアキは彼の希望通りもらったズボンを履いてみせたが、五回目の面会ではドレスに戻していた。ハンシーは見るからに愕然とし、別れるまでしょんぼりとし通しだった。
ーー好みでない服を着てたからってあんなに落ち込まなくても。恋人でもないんだし。
ハンシーから男装が「似合う」「魅力的だ」「惚れぼれする」と絶賛されるも、ドレスのときには「おきれいですね」とさらりと目を外される。アキは男顔でも少年顔でもない。大人しそうでそばかすはあれど、見た目で男に間違われることはなかった。ソイルスでは服装で性別判定が大きく左右されるのは、マリックの件で学んだが。
「飽きたりなんて。こんなにたくさん、受け取れません」
「アキさまの体型に合わせてあります。他に渡す先もありませんし、どうか着てください」
こともあろうに特注品か、と腕に掛けた服を見下ろす。
「ありがとうございます。ですが、これまでにしてください。困ります」
「喜んでいただきたい一心でした。次回は着て出迎えてもらえると私も嬉しいです」
おざなりに返事をすれば、沈黙が流れる。
これを言ったあとのハンシーの反応がどう転ぶかわからず怖いのだが、疑問を引きずりたくはない。
「私の勘違いでしたらすみません。ハンシーさんは、男性が恋愛対象なのではないでしょうか?」
完璧だった笑顔がぴしりとひび割れて壊れる。
女を口説く役目を与えられているのだから、まさか彼が同性しか愛せないことはないと言い聞かせつつも、一度仮定してみると考えを振り払えず、ようやく訊けた。答えはもらった。
「でしたら私とのお話はお断りできたのでは?」
「……王子殿下からご指名いただいたことですから……」
権力に逆らえなかった、と弁明する。
それでアキを自分の恋愛対象とするべく男装させたり、親密に触れたりしていた。ドレスを着ているときと、ズボンを履いているときの態度の落差でも、理由を知ればつじつまが合う。ドレスのときが悪い、というのではない。男装のズボン姿では自然な優しさで触れようとする。距離が近く、ハンシーの強張りがとれていた。逆にドレス姿ではどこか冷たく、離れたがるような気がしていた。
「悟られていたとは。申し訳ございません」
「確信はお答えいただくまで、なかったです。勘でした。
……ハンシーさんなりの努力は見えましたから」
恋愛の匂いは漂わずとも、大事にしようという試みはあった。キスをされたりはしなかったわけだし、一線を越えられずハンシーも苦悩していたのだろう。
「もっと早くお話しできていたら、ハンシーさんも苦しまずにすんだのに、すみません」
「私をお恨みではないのですか」
「お互い被害者だと思ってます」
頼んでもないのにソイルスの世界にアキは召喚された。それだけでなく、男とねんごろになれと押し付けられた。ハンシーは王命に否と言えずアキの恋人候補に選定されてここにいる。
「男性が恋愛対象なのに、好きにもなれない女と無理に添わせるようなこと、あってはならないでしょう。私は異性愛者ですが、女性と愛しあえと言われても困りますし」
橙色の金髪の頭が下げられた。
「私と顔を合わせるのもおいやでしょう。潔く領地に帰らせていただきます」
「いやなんてことありません。ハンシーさんはとても親切でした」
とは言いつつも、無念だ。
ハンシーがいちばん謹直で可能性があった。犯罪者ピーテルなどは人間扱いもしたくないほど論外。若すぎるマリックを相手にするのは道徳に反する。かといってハンシーの性的指向をねじ曲げてまでは頼れない。とにかく彼の重圧をどかすことができてよかった。
「これまでありがとうございました」
「酷い対応をした私に礼を言ってくださるのですか」
「私を尊重してくださいました。この先素晴らしいお相手が現れることを願っています」
感謝の意を示して、ハンシーはアキに膝をついた。
「もしアキさまにこの先お困りのことがありましたら、我がハルムゼ家までご連絡ください。この身には傍流でありながら貴い血が流れています。微力ながらできることもあるかと。それでこれまでの償いとさせていただきたい」
聞けば王子の又従兄弟だという。直系に逆らうことはできずとも、アキのためなら法の抜け道をすり抜けることもいとわないと言ってくれた。
別れるときには、鎖から解放されたようにスッキリしていた。
「……よろしかったのですか?」
キャリリーは無表情に問う。
「候補の中では釣り合いが取れていて一番まともでしたでしょう」
前世界での身分はどうあれど、ソイルスで聖女の地位は高い。王族に日常的に気軽に会えるほど。ハンシー・ハルムゼの血筋は正統で高貴であり、秀才と評価される。さらに振り向けば頬を赤らめぬ女はいないとされるが、浮ついた噂は聞かない。
「いいんです。だって、お互い好きになれないですし」
なげやりに、アキの体からは力が抜けていた。緊張からの解放か、肩の荷が降りたのか、はたまた希望を失った寂寥感か。
「ですが、残ったのは」
「それはそれ」
聖女は目の前でかさかさとした指をこすりあわせた。何種類もキャリリーが用意したハンドクリームを塗っても、手足の乾燥は悪化の一途を辿っている。顔や首はそこまでではない。湿疹も出ないしハンドクリームが肌に合わない、というわけではなさそうなのだけれど。
「ではクロエテさまと?」
マリックの名前も、調子を上げるには至らなかった。若年の青年も、アキの恋愛対象にはなりえない。
「それもないです」
静寂ののち、キャリリーはひとつの考えに思い至った。
「ハンシーさまとお別れしても冷静でいらしたのは、ルアンさんがいらしたからですね」
あまりにも健全に付き合っているために候補からこぼれてしまっていたが、彼も男性だ。友人として仲がよいとはいえ、進展することもある。
「違いますよ?」
側仕えの顔には「なぜ」と雄弁に出してしまっている。
「ルアンさんが私をそういう目で見るわけないじゃないですか」
断言する姿に、聞いてるほうの耳が痛んだ。八方塞がりのアキを救うのは誰だろう。従容としてこのままおとなしく破滅への運命を甘受するというのか。
There’s no way…
(……まさか。)
キャリリーは鉄壁の無表情なので、「なぜ」と出してしまったと自覚しても他人からはまったくわかりません。




