POVs
髪は新しくハンシーからもらった髪飾りで括っている。胸元のボロ・タイは以前からの贈り物。
ズボン姿で、男の後ろ姿を見送っていた。彼ーーハンシーとの面会が終わったところだった。
ジュダスの宮の自室まで歩ける気力も湧かず、目の前の中庭にあるベンチに重い腰を下ろした。侍女には「見送るだけですぐ戻るから」と部屋に留まってもらった。少し気を抜いて休んでいこう。
日が陰る。雲が差し掛かったか、と見上げたら昏い二つの青とかち合った。
「アキ、なんでそんな格好してるんだ。変装して町にでも行くのか?」
怪訝にしたマリックの手が、アキの首をまわる編まれた革紐を掴む。
「人と会ってただけです」
「女でも口説いてたのか? 口説く相手ならオレがいるだろ」
濃い青の瞳は緑色を強めて、自分のものと思う女を非難しているようだ。
「すぐ、そっちのほうに持っていくのやめてください」
「女がズボン履くなんて、さぁ……。アキは着なくていい」
耳を疑った。
純粋に自分の考えが正しいと信じ切っている目をしている。彼の中で明確に男女は線で分けられ、それを踏み越えることは良俗にもとることらしい。上流社会で、彼は不労者としての心得を持つように育てられた。そして付き合う相手にも彼らと釣り合う品格を求める。
「……私は着たい服を着ます。動きやすいからズボンも好きです」
「じゃあ言うけど、ズボン履く女は労働階級か頭がおかしい奴だけだ」
そう見られたくないだろ? と同調圧力をかけてくる。
「あなたと会う前から私は労働してますし、ズボン履いててもおかしくないですね」
日本には身分制度はない。地球では女性らしい服装、男性らしい服装もその差を埋めつつある。
「変だ。似合わない」
なおも食い下がるので、アキも厳しさを激しくせざるをえない。あくまで語調は冷静に。
「自分のものさしに他人を当てはめてコントロールしようとするの、やめたほうがいいですよ」
マリックは怯んだ。言い返されることに慣れていない。彼は聡明だが強引で、かつ周囲は従順な者ばかりだったろう。
「オレはそんなつもりじゃ」
単純にアキのためを思ってーーといったところだろうか。
「マリックさんの言い方だと、無理に従わせようとしているように聞こえました」
会話を思い出し、自分の発言に疑いを持ってくれるといい。
「……ごめん。そうだよな、アキはオレと違う常識の中で生きてきたんだっけ」
皮膚のやわらかい手がタイの留め具を引いて、革紐の長さを整えてくれる。感情を整理しきれないらしく、ちぐはぐな顔をしているが、手つきは乱暴ではない。
「こうして新しい視点をくれる。アキはすげぇな」
腕組みをして、じっと見つめ合う。
「オレが間違ってた。嫌な思いさせて悪かった。女がズボン履くのはまだ見慣れないけど……、アキは気に入ってるんだな」
素直に己の過ちを認め謝ることのできる少年だから、突き放せないでいる。
「社会勉強して出直すよ。またな」
結局またね、と返してしまった。
郷に入っては郷に従え、の精神を実行すべきだったのか。ソイルスではマリックの通則が正しくて、アキが間違っているとしたら。見当違いにマリックに怒ってしまったことになる。
己の常識を疑うべきであり、相手の文化を尊重できていないのではないか、と疑心暗鬼になった。マリックの考えを理解しようとしていない自分の方こそが異端だったりして。世界そのもの、育ってきた環境が違いすぎて、どこに基準を置けばいいのやら。
年齢の開きが、などと文句を並べずに、直球にアキを好きだと言ってくれるマリックと結ばれるべき、なのか。自分が意固地になっているだけであれば、それこそありもしない常識をマリックに押し付けていることになる。
ぐるぐると思考は回り、アキは目を閉じた。
「いつもと趣が違いますね、アキさま」
のんきなルアンの訪れに波立っていた心が凪いだ。アキとマリックの間に何が起こったのかなど見当もつかない彼の手には籠があり、緑がはみ出ている。森で魔術の材料を採取した帰りなのだろう。中庭にいるアキに気づいて声をかけてくれた。
「変ですか? 私がズボン履いていると」
「似合ってます。少年のようで、かわいらしいですよ」
雲から差し込む陽射しのような微笑み。
ぽかんと口を開けているアキは思考停止していた。ルアンのーー男性の感性で、アキが「かわいい」に分類されるなんて思えなかったから。いやしかし「少年のようで」ということは、女性としてはまた別だということになってしまう。
「褒めてるんですよ。アキさまが目指すものと違っていたらすみません。かっこいいと言われたかったですか? 女性だっていう先入観のせいかな。……でもやっばりかっこいいよりも、僕にはかわいく見えてしまいます」
正直な感想が気に障ったのかと慌てて弁明しようとするが、適切な表現を見つけられないでいる。
「いえ、その……ありがとうございます。機能性で好きに服を選んでも、いいですよね。ズボンは男性だけのものじゃなくても」
「エクズハ大陸の少数民族は、男女で装いに違いがないそうです。男女とも、巻きスカートが正装だとか。本で読んだだけですが。そういう文化もあるんですから、女性がズボン履こうが男性がスカート履こうがなんら問題ではないです」
地面に膝をついて、アキと目線を合わせようとしてくれる。
「……何かあったんですか?」
「私が……ソイルス出身じゃないからかもしれません。感覚が違うせいで」
アキがお願いすれば、彼は荷物を置いて隣に座った。
「この服は、とある貴族の方からいただいて着ているんですが、『女がズボンを履くんじゃない』って言ってきたのもこれまた貴族の方で……混乱してしまいました」
「ああ……。歴史のある特権階級の家では、男女で厳しく分けられて育つそうですから、一概に間違いと断言するのも違いますが……時代は移り変わるということですかね」
ということはマリックの家は古くから続くもので、そのまま旧式の教育が受け継がれてきたということ。
「時代によって、知識は正しかったり間違いにもなる?」
「そう思います。文化やマナーも絶対というものはないので」
ある文化では尊敬を表す行動が別な文化ではまったく別の意味になってしまうこともしばしば。
深読みしすぎて疲弊するのもよくない。接する相手を喜ばせるためだけに、自分を犠牲にする必要もないのだから。
「変でなければ、ズボンもたまには履きたいです」
「いいじゃないですか。かわいいですよ」
また言った。
嘘偽りのない淡い青緑の目をまっすぐ見れないでいる。
ハンシーを見送ったまま帰ってこない聖女の様子を確かめに出てきたキャリリーに呼ばれてやっと、アキはジュダスの宮へ引っ込んだ。
Point of views.
(それぞれの意見。)




