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悪役令嬢、悪役令嬢と会う

 リン、リン、リン……。


 それは軽やかな鈴の音だった。


 風に吹かれて揺れる風鈴のような。

 のんびり歩く、猫の首輪の鈴のような。


 私は、その音に耳を傾けながら、雲の上に寝転んでいるところで目を覚ました。


 雲の上?

 どきりとして私は飛び起きる。

 死んでしまったのだろうか。

 いや、死んで雲の上にいくなんてそんな、漫画みたいな話……。


 ふと、視線を感じて私が振り返ると、少年がヤンキー座りをして私に微笑んでいた。背中には翼がある。コスプレかと思ったけれど、その瞳が虹色で、これは普通のコスプレではないなと気付いた。


「ーーー貴方、どこかで見たことがあるわ」

 記憶を辿ると、すぐに思い出せた。こんな特徴のある子供、そうそういるはずがない。

 翼のある少年。虹色の瞳。

「……神様……」

「正解」

 神様と名乗る少年は、私が答えると嬉しそうに笑った。

 この神様が、癖の強い存在ということは、ジルお兄様の記憶から知っている。

 素直にジルお兄様を過去に戻してやるだけでいいのに、わざわざ異世界の他人を巻き込んで『試練』を与えるなんて、ひねくれすぎている。


 ジルお兄様は結局、会いたかった聖女とも会えず、過去に帰り損でしかないし。

「会えたよ」

「え?」

「ジルでしょ。聖女に会えたよ。この先は二人……いや三人次第かな。聖女はスミレに身体を譲る気みたいだけど」

「そうなの?まぁ、会えたなら、ジルお兄様も喜んだでしょうね。あんなに会いたかったわけだし」

 ジルお兄様の喜ぶ姿を想像して、微笑ましく思う。できればその姿を見たかった。

「……っていうか、なんで勝手に人の心を読んでるの」

 私がはっとして神を見ると、神は、全く動じずに呟いた。

「そりゃ神だし……」

 私は頬を膨らませて怒る。

「神だからって……マイリントアもそうだけど、言葉に出してないのに返事されたら、すごく驚くのよ。やめてちょうだい」

「はははは」

 何が可笑しいのか、神は笑った。

「何?」

「いや、僕が神だとわかってるのに、全く態度が変わらないの、すごいなと思って」

「愛するジルお兄様に『試練』なんか与えた神を、素直に敬えないわよ」

「ははは。きみ、面白いね」


 そう言われても全く嬉しくない。絶対、それは心が込もってないやつだ。

 私はぶすっとして神を睨み付ける。


「ーーーそれで、なんで私はこんなところにいるの?私は死んだのかしら」

「残念ながら、死の世界はここではないよ。神界も魔界も、生きたものだけの世界だ」

「ふぅん?そうなの」

 死んだら行くものと思っていたけど、あれは宗教的な価値観によるものだったのだろうか。

 空の上に天国があって、地下に地獄がある気がしていたのに。


 少年の姿をした神は、小さく頷いた。

「神界魔界と、天国地獄はまた違うものだよ。まぁ、その話をすると長くなるから、またゆっくりした時にでも話してあげる」

 優しく話す神に、私は目を見開いた。

「『また』って、神様は滅多に人間に関わらないんじゃなかったの」

 神は笑う。

「ふふ、そうだよ。滅多にないだけで、全くないわけじゃない。たまには関わった相手の様子を見たりもするよね、そしたら大魔王が余計なことをするからさ」

「余計なこと?」

「きみだよ」

「え?」

 私が余計なことーーーですって?

 私は盛大に顔をしかめる。


「あぁ、違う違う。僕はあの日、ジルに言ったんだ。ジルの近い人の中で1人だけ、確実に人格が変わる人を作る、と話した。ジルの愛する人だとね。それは、きみにしたつもりだった」

「ジルお兄様の愛する人ならスミレじゃない。それなのに、私に?」

「そこなんだ。ジルが心から愛した人にしようとしたら、その人物が大聖女だった。彼女の存在をその身体から消すのはとても困難でね。過去に戻ったのにまだ、未来の意識が残るんだよ?すごいよね。ーーーだから、ジルがその次に愛する『リーネ』にしたんだ。もう、『リーネ』の意識は戻ることはないはずだった。なのに大魔王が、わざわざ『リーネ』を呼び戻した。名前という契約を使って」


 あぁ……と私は思い出す。

 リーネの名を刻んだ、と大魔王は言った。どこにいようと必ずその地にくるように、約束を守るまでは解けない鎖をつけたと。


「真名を使っての契約は、絶大な効果をもたらす。本来はもう、きみはあの身体には戻れない。真名の効果が発動しているから」

「……そうーーーなのね」


 一瞬、アラン皇子の顔が浮かんだ。

 大魔王との戦いの場で、最後に、私に手をのばしてきたアラン皇子。とても不安そうな顔をしていた。

 私もその手を握ったはずだったのに。


「……でも、神界と魔界は、とても仲が悪くてね」

 落ち込む顔の私に、神は明るく言った。

「地上に魔界のものが関わる時は、どうにか邪魔してやろうとするのが神なんだ」


 ダンジョンの中のアイテムボックスのようにね、と神は付け加える。


「アランという男が、本来のリーネの心を動かした」

「ーーーそれはどういう……こと?」

 神は少年らしく、にこりと笑った。

「本来のリーネの心が揺らいでいる。あの子も、精神を入れ換える方法は知らないだろう。真名を使っている以上、僕もそこには踏み込めない。だけど架け橋にはなれる。ーーきみがどうにかできるなら、どうにかなるかもしれない。そういうことだ。可能性は……そうだな。3%未満というくらいか」

「だいぶ低いじゃないの」

 私が突っ込むと、神は苦笑する。

「ゼロよりはマシでしょ」

「……まぁね」


 私は立ち上がる。

「ーーーそれで?どこに行けばいいの?」

 私の言葉に、少年の姿をした神は、雲の遠く離れた場所を指差した。


※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 それは、闇、だった。

 明るい天空の雲の上から、一気に闇の中に入り込んだ。私が使う闇魔法。それは、この場所から引き出すものらしい。時空間の親戚のようなものだと、神はそう言った。

 王族の血に流れる神の力。

 公爵家に残った、空間と闇の魔法。

 これもまた必然なのだろうと、よくわからないことを神は言う。


「いってらっしゃい」

 そう笑った神の目の虹色が光ると、ここに連れてこられた。


 私は足下が見えない中を、一歩一歩、探りながら歩く。先が見えないって本当に怖い。

「……アラン殿下……」

 誰かが呟いた声が聞こえた。

 今にも地に落ちてしまいそうな悲しい声だった。

 アラン殿下?

 声の聞こえた方に進むと、白銀の長い髪の女が、膝を抱えて座っていた。虚ろな目をして表情も冴えない。


 それは、リーネだった。


 あまりの暗さに、私はどう声をかけていいのかわからず、ただその近くに寄った。


 リーネは、私が近づくと眩しそうに目を伏せる。私から逃げようとしたけれど、足が動かないようだった。

「……足、どうしたの?」

 声をかけると、リーネは私が誰かわからないようで、怪訝そうにしながらも、答えてくれた。

「ーーーロジーという男に腱を切られましたの」

 私は目を見開く。

 ロジーに腱を切られた?

 何してくれてるの、あの人。

 私は怒った。女の子の足を切るなんて最低だと。


 リーネは泣いていた。顔色は悪いのに、鼻が真っ赤になっている。

「ーーーなぜ泣いているの」

「……アラン殿下に……わたくし以外に愛する人がいたのです。わたくしは、それがとても信じられず、……でも、アラン殿下がその人を望むから」

 それを聞いて、私も愕然としてしまう。

 アラン皇子が、リーネ以外に愛する人がいるですって?

 それはーーーーつまり。

 聖女(スミレ)のことだろう。


「騙したのね?」

 いきなり腹が立ってきた。

 あんなに私を好きそうな感じで近寄ってきてて、私もついーーーそんな気でいてしまっていたのに。


 騙すなんて、最低だ。

 あの悪役令嬢のリーネがこんなに泣くなんて。

 よっぽど酷いことをされたのだろう。

 ジルお兄様の過去の記憶の中のアラン皇子は、確かにそんな男だった。お高くすまして、リーネのことを冷たく見下ろしていた。聖女のことばかり優先して。

 本来のアラン皇子は、そういう人なのかもしれない。


「ーーーそんな男、忘れてしまいなさい!!性格の悪い男に引っ掻き回されたら、ろくなことにならないから」

 私はリーネの背中をバンと叩く。

 リーネはいきなり叩かれて、びっくりしていた。

「……貴女、誰ですの?神様……?」

 神様?

 そんなわけない。

「私よ、わからない?」

 あなたの中にいた……と言おうとして、私は口を閉じる。本来のリーネが身体に戻って、私はそれからずっと、どこかを漂っていた。

 リーネも私がリーネの身体にいる間、ずっとそうだったのならば、私が身体にいたことは知らないだろう。

 いきなり『リーネの身体の中にいました』なんて言ったら、気持ち悪いかもしれない。


 何ていえばいいのかと言葉を探していたら、リーネが「やっぱり神様ですのね」と勘違いしてきた。

「いや、私は神様ではなくて」

「そんなことを言っても、わかりますわ」

と、リーネは確信した様子だった。どうやらリーネは、思い込みの激しい女の子のようだ。


「あぁ、神様。やはり、わたくしの願いを叶えにきてくださったのですね」

 リーネはそういって、両方の手を組み合わせた。

「願い?ーーーリーネに何の願いが?」

 焼き鳥食べたい……ではない、か。


 リーネは、白い肌の頬をほのかに染める。

「わたくし、王子様が、わたくしを連れ出しに来てくれるという夢がございましたの」

 夢見る瞳は、暗闇の中に誰かを見ている。

「優しく素敵な王子様ですわ。それはアラン殿下だと、わたくしは信じて疑っておりませんでしたのに」


 そして私は、リーネのアラン皇子への募る恋心を、長いこと聞かされた。

 夢見る少女は、とにかく熱く、そして甘酸っぱかった。私も学生時代はそうだったのかななどと考えるけど、どう思い出しても、私の記憶は部活のことと食べ物のことばかりで、恋愛のことなど考えたこともなかったということを思い出しただけだった。社会人になってからは仕事一筋。むしろ男性優位の社会で、男に負けるかと意地になっていたような。


「……アラン殿下に振られてしまうと、わたくしには、もう何も残りませんわ……」

 リーネは俯いて、寂しそうに呟いた。

 ずっと部屋にこもって、アラン皇子のことばかり考えてきたというリーネ。

「不健康すぎるわね」

 私はリーネに、はっきり言った。

 リーネはきょとんとしている。

「……不健康……ですか?」

「そうよ。人は、太陽の光を浴びて、美味しいものを食べる。そうしないと心が病むの。夜になったらぐっすり寝て、起きてまた食べる!運動して、お腹空いたらまた食べる!!それが健康の秘訣よ」

 私が笑うと、リーネは静かに呟いた。

「ーーーそんなに食べると、太りそうですわね」

 言われてドキリとしてしまう。

 確かに、向こうの世界での私の身体は華奢とは言いがたい身体をしていた気がする。

 リーネの身体があまりに代謝が良くて細いものだから、最近はあんまり気にしてなかったけど。


「……図星……ですのね」

 指摘されて私は、誤魔化そうとした。

「いや、あの、ーーーーーはい。そうです」

 言い訳が思い付かず、素直に認める。

 リーネがくすりと笑った。

「素直なのは、良いことですわ」

 リーネが笑ったことが嬉しくて、私はそのあと、リーネに沢山話をした。リーネは少しずつ、私に馴染んでくれて、笑い声も増えていった。


 リーネはくすくすと笑って、目を細める。

「わたくし、本当は、お友達も欲しかったのです。屋敷から出ることもできなかったので、友達もおりませんでしたが……」

「ーーーそう」


 私は知っている。リーネの記憶が頭にあるからだ。

 家から出れなかったリーネは、その分、従者を使って暇潰しをしていた。

 アラン皇子に憧れる純粋さと、人を人と思わない非道さが共存した女の子だった。

 友達を作りたくても、自分の娘に何かあったらいけないと令嬢達の親はリーネを避け、リーネの友達になるために自らリーネの屋敷に遊びに来てくれる女の子もいなかった。


 自ら招いたことなのに、リーネはそれを自分で認めようとはしなかった。

 この先、私がリーネに戻れないとしたら、リーネはあの性格ではきっと困ることになるだろう。

 自分より下の人を見下す性格は、直さないといけない。そうしないとアラン皇子だけでなく、他の王子様も愛想つかすだろうし、友達もできない。


 王族や神様のように、自分より上の立場と認めたら、こんなにも可愛い女の子になれるのに。

 絶対に損をしていると思う。


「……リーネ」

 私は真面目な顔をしてリーネの名を呼んだ。

「なんですの?」

 リーネは可愛く返事をする。

「ーーー私は、神様なんかじゃないわ」

「……」

 私が真実を言おうとすると、リーネは耳を塞ごうとした。私はその手を取り、リーネを見つめる。

 この調子だと、私のことを知ってる。

 私とは違って、見えていたのかもしれない。私の今までの行動が。

「本当は、気付き出していたんでしょう?私が、神様ではないことを。ーーー私が、あなたの中にいた」

「っ言わないでくださいませ」

 ポロリとリーネから涙が零れた。

「聞きたくございません。ーーー下賎なものが、わたくしより魅力があるなどと、そんなことがあるなんて」

「下賎なもの……」

 聞いて、私は呆然とする。


「下賎って意味、知ってるの?」

 私が尋ねると、リーネは頷く。

「もちろん、知っておりますわ。貧しくて卑しいもののことです」

「知ってて使うのね」

 私は声を落とした。リーネが僅かにびくりとする。リーネは今、足が使えない。私に何かされたら、逃げることができないのだ。

 私は、リーネをしっかりと見つめた。

「リーネ。私が誰か、本当に知っているの?貴女に与えられた私の情報は、私が神ではないということだけでしょう?それ以外は想像なだけのはすよ」

 リーネはぐっと喉を鳴らす。

「ーーー異世界のものと聞きましたわ。決して高貴の立場ではなかったかと」

「まず、高貴というものがよくわからないわ」

 

 あちらの世界の私の家は、貧しくも豊かでもなかった。普通の、一般の家だ。

「私達の世界に、ーーー少なくとも、私の生まれた国には、身分なんてなかったわ。職業での身分、年齢や経験での上下関係はあっても、生まれに身分はなかった。誰もが同じ立場で、等しい存在だったの」


 リーネは、信じられないという顔をする。

「……身分がないーーーですって?」

「そうよ。人は人。それ以外に、何もその人との隔たりはないの。身分なんかで人を評価するのは間違っていると、皆が気づいたからよ」


 私がリーネの手を握ると、穢らわしいというように手を振り払われる。とても悲しくなった。

「さっきまで、私が神だと思っていた時は、私をそんな風には扱わなかったわ。ーーー何が変わったの?急に汚れたわけでも、貧しくなったわけでもないわ。私は私でしょう?」


 私はまたリーネの右手を握った。そしてまた、振り払われる。

「ーーーその手。怪我してる」

 手の甲から手のひらにかけて、何かに貫かれていた。血は止まっているけれど、きっとまだすごく痛いはず。


「痛いでしょう?」

 私が聞くと、リーネは眉を寄せて声をあげた。

「痛いですわよ。当たり前でしょう?足だって動かないし、ロジーに押さえつけられた頭だってっ……」

「同じことをされたら、私だって痛いのよ」

「でもそれはっ……」

 言おうとして、リーネは口を閉じる。


「自分だけが特別と思っているでしょ。他人の痛みがわからない?」

 私が言うと、リーネは、顔をくしゃりと歪めた。


「ーーーわたくしは、寂しかったのですわ。誰も、わたくしを助けに来てくれず」

「そうね」

 私は頷く。そうだろう。小さな女の子が、部屋に閉じ込められて、寂しくないはずがない。


「ーーーわたくしは、辛かったのです。アラン殿下が、いつになってもわたくしに会いに来ては下さらなかった」

「そうね」

 あの無駄にプライドの高いアラン皇子が、何もないのに王宮にいくことを拒否している令嬢のもとに自ら会いにいくはずがない。アラン皇子の性格を知っているからわかることだけど。


「誰もーーーわたくしを理解しようとしてくれなくて」


「理解など」

 私は笑ってしまった。

 リーネは少しむっとしてみせる。

「あぁ、ごめんなさい。理解をして欲しいのであれば、もう少し、態度を改めるべきだったわね。そもそも、人が本当に人を理解するなんて無理なことだわ。生まれも性格も、生活も違うのだもの。人にできるのは、それに自分を重ねて想像するだけ。同調するだけ」

 リーネは、わからない、という顔を浮かべた。


「痛いだろう、辛いだろうって、そう思うだけなのよ。だって実際は、自分は味わっていないんだもの。同じ痛みを受けたとしても、痛みに強い人と弱い人がいる。ーーー同じということはないはずだわ」

 私はリーネを横目に見る。

「それに、自分を理解しようとしてくれていないのに、その相手を理解しようとする人も少ないでしょう」

 リーネはそれを聞いて顔をしかめる。

「ーーー卑しい身分の人間を、理解しようとは思えないですわ。わたくしとは、住む世界が違うーーーわけですし……」

 言って、少しずつリーネの声が小さくなる。

 

 身分差。価値観。

 理解したくてもできないところにリーネがいた。

 リーネの瞳が揺らぐ。

「……わたくしが間違っていましたの……?」

 いえ、そんなはずは。

 そういうリーネの声が聞こえた気がする。


「間違いは誰にでもあるのよ。それを自分で気付くことが大切なの」

 

 向こうの世界で、社会の中に入ってから荒波にのまれた。毎日泣く日もあって、納得できないことで責任を取らされたこともある。

 覚えたのは、我慢する方法ばかり。

 でも、自分の間違いが段々とわかりだした時に初めて、仕事の流れ、人の思考が頭に入るようになった。


「まずは、自分を見つめることが大切だったのよね……」

 自分に言うように私が呟くと、まだやはりリーネはわからないという顔をしている。

 リーネはまだ16歳。私が1年、リーネの時間を奪ってしまったから、実質15年間しか生きていない。

 わからなくて当たり前だと思う。


「リーネは、今からしていけばいいのよ」


 私が言うと、リーネは驚いたように私に目を開いてみせた。

「ーーーでも、わたくし。アラン殿下が、わたくしではなく貴女に戻って来て欲しいと……」

 私と、その事を思い出して悲しそうな顔をするリーネの視線が合った。

 アラン皇子がーーー私に?

 アラン皇子を好きなリーネの前で?

 ーーーーーなんてことを。


「っアラン皇子が何だって言うのよ」

 私はリーネに強く言った。

 リーネがびくりと身体を強張らせる。

「貴女、いくらアラン皇子が好きだからって、アラン皇子のために生きてきたわけじゃないでしょう?アラン皇子にばかり目を奪われていただけで、この世の中にはもっと沢山、楽しいことがあるわ。嬉しいことも沢山。ーーーまだたった16歳じゃない。もっと沢山ーーーあぁっ、悔しいっ」

 私は力を込めて、全力で悔しがった。


 ずっと部屋に閉じ込められていたリーネ。

 この私が、色んなところに連れていって、楽しいことを教えてやりたい。

 もっと素敵なものを見て、美味しいものを食べて。

 

 いろんなものがキラキラしているのだ。この世の中は眩しいことが星の数ほどあることを、この子に教えてやりたいのに、私とリーネは、同じ空間には存在することができない。

 

 リーネは、本気で悔しがる私を呆然として見ていた。なぜ私が悔しがっているのか、全くわからないのだろう。

 でも私は、思い出せば思い出すだけ、胸の奥がもやもやとした。

 思いきり口を歪めた。

「……私は本当は腹が立っていたのよ。ジルお兄様の過去の話だから、貴女にも関係ないかもしれないけど。リーネは、なぜ毒を飲んだの?アラン皇子に言われたから?それで自分から毒を飲む?ーーーあり得ないわ」


 そうよ、と私はリーネを睨んだ。

「貴女も貴女だわ。アラン皇子が言ったからって、なぜそこで自分という大切な身体を手放そうと思えるの?ふざけるなって、なぜ抗わないの?」

 リーネは動揺している。

「で、でも、アラン殿下が……」

 きぃ、と私はヒステリックになりそうになりながら、地団駄を踏んだ。

「アラン殿下、アラン殿下、アラン殿下!!!なにそれ!我慢できないんだけどっ!」


 私はがしりとリーネの肩を掴んだ。

「貴女はっ!もっと自分を大切にしなさいっ。もっと広い世界を知って、ちゃんと本来のこの世界の素晴らしいところを沢山っっっ!!!!」


 吃驚。ーーーーという固まりきったリーネの顔を見て、私は我に返った。

 じわりと口を閉じて、私は少し気まずそうに、残りの言葉を吐いた。

「……沢山、見れるといいわね……?」


 ーーーーーーーーー。

 長い、沈黙が流れた。


 リーネのことでつい激昂してしまい、リーネが私に呆れてしまっているようだ。

 リーネが動かなくなって、私はどうしたものかと考える。

 いけない。つい悪い癖が出てしまった。

 私はどうも、他人に感情移入してしまいすぎるところがある。余計なお世話と、何度言われただろう。


 リーネは排他的だ。

 きっと私のことを、うるさい女だと煙たく思ったに違いない。

 

 リーネの身体はリーネのものだ。私が勝手に入っただけ。

 そのことを知ってから、私は自分がリーネからいなくなる多少の覚悟はしてきた。

 いくら、アラン皇子が、私に戻ってきて欲しいと言っていてもーーー。

 アラン皇子が私のことを考えてくれていたことは、とてもとても嬉しいのだけど。

 心から、本当に、ものすごく。


 ーーーーでも。

 リーネの身体はリーネのものだから。

 リーネには私の分まで幸せになってもらわなければいけない。

 それにはもっと、ちゃんとアラン皇子以外の人を、しっかり人として扱って、他人を大切にしてもらって。

 そしてリーネ自身を、本当の意味で大切にしてもらわなければ。

 他人からも、自分からも。


 それを、どう伝えたらいいのだろう。

 本当に私は、こういう時に言葉がうまくでてこなくて困る。もっとジルお兄様のように、言いたいことを相手に確実に伝えられる言葉の技術を身に付けられていたら良かったのに。


 私が一人で悔しい思いをしていると、リーネが、小さくクスリと笑った。

「……ねぇ。貴女、本当はやっぱり、神様なのでしょう?」

「え?」

 リーネは、目を細めて眩しそうに私を見つめる。

「わたくし、実は、ずっと、貴女の顔が見れないのです。眩しすぎて、その顔の形がずっと、わからなくて」


 私は私の全体像を見ることはできない。

 自分の手を見てみたけど、普通の私の手だった。

 光っている、ようには見えないのに。

 

「ーーー女神様、なのでしょう?」

 ふ、とリーネは笑う。

「わたくしのことを、自分のことのように怒ってくださる」

 だって。私にはリーネの記憶が全てあって。

 勿体無いと思うから。

 リーネにはまだまだ、明るい未来が沢山あるはず。

 

 リーネは、僅かに目を伏せた。

「……わたくし、貴女のように、無謀にも自分の部屋の窓から出ていこうと考えたり、駄馬に乗って街に出たりすることは、できませんでしたわ」


 ーーーそれは。別に誇れることでは……。


「宝石の価値を知りもせず無謀にも換金しようとしてみることも、逃げるために閃光弾を投げつけてみようとすることも」


 ーーーこれは嫌味なのかしら。売られた喧嘩は買うけれども。


 リーネは私の手に、少し戸惑うようにしながらも、そっと触れた。

 あの、アラン皇子と自分しか認めないリーネが。私の手を拒み続けたリーネが。


「わたくし、本当は貴女が羨ましかったのです。皆に愛されて、自由に生きて。わたくしにはそんな勇気はなかった。ーーーわたくしにできたのは、目の前にあるものを壊すだけ」

 リーネが私を触ると、そのリーネの手がぼんやりと光り始めた。混ざるように、光がリーネを透明にしていく。


「ーーー貴女のようになりたかったわたくしが、貴女に名前を授けましょう」


 リーネの瞳が、空のように青くーーー透明に変わる。


「貴女の名前は『リーネ・アネット・グランドロス』。ーーーアラン殿下が愛した、極悪公爵令嬢の名前ですわ。ーーーアラン殿下を、お願いいたします」

 

 そう言ってーーーリーネは光となり消えていった。


 

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