悪役令嬢、皇帝と対峙する
私はアラン皇子の部屋で、皇帝と向かいあっていた。
皇帝の傍には皇后とマルク皇子。
私の後ろには、アラン皇子、ジルお兄様、そしてケリー先生がいる。
能力的にどちらが強いかは一目瞭然だった。
バタバタと走る足音が聞こえ、アラン皇子の部屋の前で止まる。
「伝令です」
息が切れるのを我慢した声が、アラン皇子の部屋の中の人間に伝えた。
「入れ」
アラン皇子の代わりに皇帝が答え、伝令を伝えにきた男は部屋の中に入った。
「どうした」
皇帝が聞くと、伝令の男は顔を青くして答える。
「王宮の門の前に、沢山の人間が集まっています」
「なんだと?なぜ人が集まる」
「示威運動だと、本人達が言っています」
「示威だと?」
示威運動。いわゆるデモンストレーション。
王宮を襲うとそれは処刑される可能性が高いが、ただのデモンストレーションなら王宮の人間は追い払う程度で処刑まではされない。義賊の中でも過激派の人間には退場していただいた。
ジルお兄様を罪人にするわけにはいかないのだから。
「アラン皇子に対してだろう」
皇帝が他人事のように言うので、私はすぐに否定した。
「いいえ。皇帝に対してですわ」
にっこりと私は皇帝に微笑んだ。
「アラン殿下は、先程も映像にありましたように、悪い噂は捏造されたものしかございません。しかしアラン殿下は、スタジアムの再建に当たって、囚われた亜人を解放し、職のない人達を差別することなく雇用致しました。他にも多数の善行がございます。その事実により、皆様、すぐに悪評が捏造だと信用して下さいましたわ。やはり信用というものは、普段の行いが大切ですわね」
ほほほと私は笑う。
「そうなると、外に集まる方々が訴えたいことは、税の徴収についてか、戦争についてか、飢えについてか。ーーーどれにしろ、皇帝への訴えになりますわ。大魔王についてはアラン殿下のままでしょうが」
「大魔王のことは、悪役令嬢のお前のせいだろう」
皇帝から厳しく指摘される。
そうか、皇帝もあちらの世界の人だったわね。私を『悪役令嬢』と呼ぶなんて。
この世界に来て、私のことを極悪という人はいても、悪役令嬢と呼ぶ人はいない。自分以外で久しぶりに聞いて、なぜか少し嬉しかった。
私はうっすらと口の端を上げる。
「皇帝陛下。ご存知ですか?今、この帝国の人達が戦争で苦しんでいるのを」
私の言葉に、皇帝は鼻で笑うように返事をした。
「……知っている」
「では、この帝国の民が、飢えで苦しんでいるのはご存知?働き手の男性が戦争でいなくなり、農作物を育てるのに女性だけでは厳しいというのを」
「知っている」
「では、その農作物を作れずに手にするお金もなく、それなのに納税として少ないお金を奪われていく人達の苦しみも」
「っ知っている!!!だからどうしたと言うのだ」
怒鳴った皇帝を、私は冷たく見つめた。
「……知っている、という言葉の意味をご存知ですか?」
アラン皇子の部屋に、ピンとした空気が通り抜ける。
「なんだと?」
皇帝は眉を上げ、口を歪めた。
怒る皇帝を全く怖いと思わない。
怖いのは、大切な人を失うことだ。
私はーーーーそんなことも知らなかった。
ジルお兄様の過去を。
アラン皇子の死ぬ映像を、見るまでは。
自分で体験しないと、知っていても理解していないことは多い。
私は皇帝に微笑んだ。
「なかったですものね。『私達の世界』には。貧しい環境も、ーーー戦争も」
ピクリと皇帝は私の言葉に反応する。
「……なんだと……?」
あちらの世界で。
とある西の国が戦争をしていると聞いても。
とある東の国が飢えでその日を生きるのも精一杯だと聞いても。
可哀想。
どうしてそんなことになるのだろう。
どうしてそんなことをするのだろう。
そう思うだけだった。
ーーーーそれは、自分が体験していないから。
この世界にきて、スラムの人達の様子を見てきた。ダイナ1の人達の暮らしも。
でも私は、その場で見ただけで、実際に経験はしていない。飢えてそこらの草を噛ったことはない。喉が渇いて水溜まりの水を飲んだこともない。
人が死んでいった。私はそれでも『映像』だけだった。映像だけで胸が潰れそうなほど辛かったのに、実際に大切な人を失った人はどれだけ辛いのだろう。
知らないことばかりだ。
私こそが、知らないことばかり。
ジルお兄様の気持ちを心からわかってやることもできず、慰める言葉も思い付くことができなかった。
ただ、私はあれだけ悲しむお兄様を見た。
悲しくて苦しみ、もがき、諦められず。泣き叫ぶその姿。ーーーその姿を見るという経験をした。
お兄様のあんな姿は、もう見たくないとーー。
戦争がそうやって悲しむ人を増やすのならば、なくさなければならない。
あんな顔をするほどの想いは、できるだけしない方がいい。
「ーーー私もーーーあちらの人間なんです」
私が言った瞬間、スミレが、私の方を振り返った。
「ーーーえ?」
スミレが立ち上がる。
「リーネ……さん?ーーーそんな、まさか……」
私はスミレを振り返り、微笑んだ。
「朋子って言うの。去年の冬、こっちに飛ばされてきて。ここの世界のことは知っていたから、だいぶ悩んだけど」
スミレは潤んだ瞳で、まるで同郷の友人に会ったかのように懐かしそうな顔をして笑顔になる。
「ーーー私は高校生だったけど、聖女が5歳の頃に飛ばされてーーーもう11年経ちます。だからゲームの細かい設定とかは、もう忘れてしまって」
スミレが、私にこんな瞳で話してくれる日が来るとは思わず、つい私も破顔してしまう。
「忘れるどころか、私なんて、アラン皇子とジル以外、やったことなかったのよ?一部のルートしか知らないんだから。なぜ他の人をしなかったのかと、ずっと後悔したわ」
ケラケラと笑う。
皇帝は、そんな私を、信じられないという顔で眺めていた。
それもそうだろう。
聖女と悪役令嬢。ゲームの中のメインキャラクターだと思っていたのに、まさか自分と同じ世界の人間が入っているなんて、考えもしなかったに違いない。
私はちらりと皇帝を見る。
「私は22歳の会社員でした。ーーー皇帝のお話を伺っても?」
皇帝の長い髭がわずかに震えていた。
声にならない声を出して、「ーーー俺は」と言った。
「ーーー俺は浩司。30歳の、公務員だった」
と呟いた。言った瞬間、ぼろりと皇帝の瞳から涙が落ちた。
「ずっと好きな人がいてーーーようやくその人と結婚できた。子供が生まれて、仕事もやっとうまく回せるようになってーーー。人生今からという時に、ここに来たんだ」
絶望した、と皇帝は言った。
「異世界とはいえ、ゲームの世界だ。なぜそんなことが起こるのか。パラレルワールドとかならまだ帰れそうな気がするのに、ゲームの中って。二次元だぞ。しかもあの有名な『世界の中心で魔法を叫ぶ』の中だ。わけがわからなくてーーー」
皇帝は手も震えていた。
「壊そうと思ったんだ。ゲームの中の世界なんて、壊していいと思った。ゲームなんだから、壊したって問題ないだろうと。ゲームで知っているキャラが四苦八苦しているのを見ると、すっとした。八つ当たりなのはわかっていたけど、それでもやっぱりゲームのキャラなんだろうと思って。そのキャラ達が、周りのモブ達が本当の人間のように苦しむことなんて、ーーー考えていなかった」
私達三人以外の人達は、私達の話が何なのかわからず、ぽかんとしている。
「……何の話をしているんだ……?」
アラン皇子の言葉に、ジルお兄様も首を傾げる。
「ゲームって遊ぶゲームのことだろう?キャラとかモブとか、どこかの異国の言葉には違いないだろうが……全く想像がつかんな。新しい卓上ゲームの話だろうか」
そんな外野のコソコソ話は無視する。
私は笑って目を細めた。
「考えていないなら、今から考えればいいんですよ」
皇帝は小さく笑う。
「、、、そうか。ーーーそうかもな」
「そうです。あぁ、そうそう、学園のプレゼントボックス、ご存知ですか?」
きょとんと皇帝は顔を少し斜めにする。
「さっき言ってた『過去も見渡せる千里眼』などのことだろう?」
私は顔の前で手を合わせてパチンと手を鳴らした。
「そうですわ。あれって、その人が望むものを形にしてくれるらしいのです。残月祭でしか貰えませんが、学園で働く講師達も毎年貰っているようです。学園の生徒だけというわけではなさそうなので、何か学園に善行を示したら、皇帝もプレゼントを戴けるのではないでしょうか。ーーー本当に皇帝が帰りたいと望むのであれば、帰る方法に関するものなど、貰うこともできるかも」
「本当か?」
皇帝は身を乗り出して私に尋ねる。
そのあまりの勢いに、私は後退りしてしまう。
「え、えぇ。本当に、その人が望むのであれば……ですが」
私は別に、過去や遠くまでを見渡したいと望んだことがないから、絶対にそうだと約束はできないけれど。
「ーーーそうか」
呟いて、皇帝は心から嬉しそうな顔をする。
「そうか」
もう一度自分に確認するように言って笑った皇帝の表情はとても若く見えて、本来はこれが『浩司さんのあちらの時の顔』なのだろうと思った。
こんなにあちらに帰りたい想いがあるのなら、帰してやりたいと思う。本当に、何か方法があればいいのだけど。
そしてしばらく私達は、あちらの話で花を咲かせた。
スミレも話してみると意外と良い子で、ただ寂しいだけの素直な女の子なのだろうと思った。
置いてけぼりを食らっているこちらの人達が、しびれを切らせて私に話しかけてきた。
その筆頭がアラン皇子だった。
「……リーネ。その……それぞれ仲が良くなるのは結構なことなのだがーーー外の連中がだな……」
「あぁっ」
と私は思い出して、皇帝を見る。
「浩司さん、もう、戦争はやめていただいてもよろしくて?」
「「「コウジさん???」」」
私が皇帝の中の人の名前を呼ぶと、そこにいた皇帝以外の男どもが吃驚した顔で聞き返した。
それが可笑しかったのか、皇帝は「あははは」と明るく笑う。
「わかった。そうしよう。その『プレゼントボックス』がなくなったら困るからな。ーーーしかし、あれだろう?大魔王がやってくるんだろう?」
聞いて私は、スミレの手をぐいっと引っ張った。
「ここにスミレがおりますもの。しかも、ゲームでは大魔王と戦う時には恋愛対象者1人しかいませんでしたが、ここでは違います」
私はアラン皇子、ジルお兄様、ケリー先生に視線を移す。奥には示威運動のことを提案してくれたノクトも隠れている。
恋愛対象者は、本当はあと1人。
ロジーがいるのだけど。
ーーーーここにはいない。
少し寂しくて「……ロジー」と呟くと、私の真後ろから声が聞こえた。
「呼んだ?」
明るいロジーの声が聞こえて、私は振り返る。
「ロジー!!!」
黒髪をボブカットにした可愛い男の子。
半年ぶりで、少し背が伸びてしまっているけど。
ロジーは私に微笑む。
「スミレの護衛をしていたんだ。だからスミレと一緒に戻ってきたよ」
「ロジー。ーーー会いたかった」
私が感無量でロジーに抱きつこうとすると、アラン皇子に首根っこ掴まれて止められた。ロジーも私を受け止めるポーズを作っただけに、二人でアラン皇子をジロリと見つめる。困ったアラン皇子は、小さく首を振った。
「ーーー俺は男女の友情なんて信じないからな」
何はともあれ、これで恋愛対象者も5人揃った。
「スミレと彼らがいれば、きっと大魔王でも倒せますわ」
私は皇帝に微笑んでみせた。皇帝も「そうか」と目を細める。皇帝もあちらの世界でゲームをしていたようだ。恋愛対象者の強さを知っているのだろう。
私はアラン皇子とジルお兄様と、ケリー先生に目配せして言った。
「では。皆様。例の合図をお願いいたします」
「例の合図?」
憑き物が落ちたような皇帝が、私に聞き返した。
「見ていてくださいませ」
私はスミレとも目を合わせて、小さく微笑んだ。
「皇帝との平和的解決ができたら、合図を送ることになっていたのです」
「……では、平和的解決をしなければ?」
皇帝の言葉に私は笑顔で黙る。
外にいる人達が一気に王宮になだれ込んだであろう話は、今はしない方がいいだろう。ケリー先生がこちら側についた以上、王宮の防御魔法は障子紙に等しいなんて。
外はもう日も沈み、夕焼けも残り少しだけになっていた。頭上は淡い闇。
春の生温い風が吹いた。
私は空を見上げる。
空に小さな明かりが灯った。
それが色んな色を織り混ぜて弾けて広がる。弾けた音までそれに似ていた。
「わあっ!」
スミレがかつてないほど明るい顔で、その光の粒の大輪の花を見上げた。
一つ。また一つ。
アラン皇子とジルお兄様とケリー先生。
それぞれが思い思いのものを打ち上げる。
「ーーー花火、と言うのです」
誰にともなく、私は説明した。
遠い昔のようにも思える、あちらの世界のことを思い出して、私は目を細める。
皇帝も懐かしそうに花火を見上げていた。
きっと、残した家族のことを想っているのだろう。
私もいつか、帰る日がくるのだろうか。
あるいは、花火のように消える日がーーー。
今はまだ、ここの皆と一緒に過ごしたいと思うけれど。




