表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/10

第7話 王都への道

 朝霧の向こうに、巨大な城壁が姿を現した。


「……あれが、王都……」


 リオが息を呑む。


 石を幾重にも積み上げた城壁は、村とは比べものにならない規模だった。

 門の前には人々が列を作り、商人、旅人、兵士が行き交っている。


 吟子はその光景を、静かに見つめていた。


「人が集まる場所には、必ず病も集まります」


「……医者が、いるってことですか」


「ええ。いる可能性は高い」


 それが、希望でもあり、不安でもあった。


     


 入城の検問で、兵士が問いかける。


「目的は?」


「医療に関わる仕事を探しています」


 吟子ははっきり答えた。


 兵士は眉をひそめ、リオを見て、再び吟子を見る。


「……女が?」


「はい」


 一瞬の沈黙。


 やがて兵士は鼻で笑った。


「王都には医療ギルドがある。だが女は入れん」


「理由をお聞かせください」


「理由? 前例がない」


 その言葉に、吟子の胸がわずかに波打つ。


 懐かしい響きだった。


「……それでも、行かせてください」


 兵士は肩をすくめた。


「勝手にしろ。恥をかくだけだ」


     


 王都の中は、喧騒に満ちていた。


 市場には香辛料の匂い、鍛冶場からは金属音。

 だがその裏側で、咳き込む人々や、包帯を巻いた者の姿も目立つ。


「……多いですね」


「ええ。医療が足りていません」


 吟子の視線は、自然とそうした人々に向いていた。


     


 医療ギルドの建物は、白い石造りだった。


 扉の前には大きく刻まれている。


【治癒は選ばれし者の技】


 中に入ると、数人の男たちが議論していた。


「受付をお願いできますか」


 吟子が声をかけると、男は一瞬ぽかんとし、次に露骨に顔をしかめた。


「……付き添いか?」


「いいえ。医師志望です」


 室内の空気が、ぴたりと止まる。


「冗談はよせ」


「女だぞ?」


「読み書きできるのか?」


 リオが一歩前に出ようとするが、吟子は手で制した。


「私は、医療を学んできました」


「どこで?」


「別の世界で」


 失笑が起きる。


「ここは医師ギルドだ。祈祷師の集まりではない」


「では、試験はありますか」


 吟子は食い下がった。


「能力を示せば、話を聞いていただけますか」


 年配の医師が、興味深そうに目を細めた。


「……ならば、見せてもらおう」


     


 ちょうどその時、廊下から悲鳴が上がった。


「誰か! 倒れた!」


 一人の少年が、床に崩れている。

 顔面蒼白、唇は紫。


「どけ! 素人が近づくな!」


 医師たちが慌てて集まる。


 だが、誰も手を出せずにいた。


「……毒か?」


「いや、原因不明だ」


 吟子は即座に膝をついた。


「呼吸が浅い……低血糖性の失神……」


「女が触るな!」


「今は議論している時間はありません!」


 彼女は少年の顎を上げ、気道を確保する。


「甘いものを!」


「な、何を言っている」


「糖が足りていないのです!」


 リオが走り、市場で買った干し果実を潰して水に溶かす。


 それを少量ずつ口に含ませる。


 数分後――少年の指が、ぴくりと動いた。


「……う……」


 室内が静まり返る。


 少年はゆっくりと目を開けた。


「……生きている……」


 誰かが呟いた。


     


 年配の医師が、吟子をじっと見つめる。


「……名は?」


「荻野吟子です」


「聞いたことのない医療だ」


「ですが、効果はありました」


 医師は腕を組み、深く息を吐いた。


「女であることは変わらん」


「承知しています」


「だが……」


 彼は少しだけ、声を落とした。


「知識は、本物だ」


 完全な承認ではない。

 だが、完全な拒絶でもなかった。


「医療ギルドには入れん」


 リオの肩が落ちる。


「しかし――」


 医師は続けた。


「下町の施療院なら、試す価値はあるかもしれん」


 吟子は、深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


     


 ギルドを出た夕暮れ。


 王都の空は、赤く染まっていた。


「……追い返されなかったですね」


 リオが言う。


「ええ。小さな一歩です」


 吟子は微笑んだ。


 日本でも、最初は同じだった。


 門は閉ざされ、前例はなく、嘲笑される。


 それでも、一つ救えば、世界は少しだけ揺らぐ。


「……王都にも、女医はいないんですね」


「だからこそ、必要なのです」


 吟子の声には、迷いがなかった。


 王都の灯りが、夜にともる。


 その光の中で、二人は新たな戦いの始まりを感じていた。


 社会と、制度と、偏見と。


 だが同時に――

 医療という希望が、確かにここにも届くことを。


 第二章は、静かに、しかし確実に幕を開けたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ