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第6話 追放の決定

 村に、重苦しい鐘の音が鳴り響いていた。


 集会を告げる合図だった。


 吟子は小屋の外に立ち、空を見上げる。

 雲は低く垂れ込み、まるでこの先の行く末を暗示しているようだった。


「……来ましたか」


 リオが、緊張した面持ちで隣に立つ。


「大丈夫です」


 吟子は静かに言った。


「どんな決定であれ、あなたが間違ったことを学んだわけではありません」


 だが、その声はどこか覚悟を帯びていた。


     


 広場には、村人のほとんどが集まっていた。


 中央には長老グラド。

 その両脇に、年配の男たちが並んでいる。


「……これより評議を行う」


 沈黙の中、長老が口を開いた。


「この村に、異端の女が現れてから、病と騒乱が相次いだ」


「待ってください」


 リオが一歩前へ出た。


「病は前からあった! 先生のせいじゃない!」


「黙れ!」


 怒声が飛ぶ。


「女が知を広めること自体が、災いなのだ」


 吟子は、ゆっくりと前に進み出た。


「私の存在が、この村に不安を与えていることは理解しています」


 広場が静まる。


「ですが、私が行ったことは、ただ――命を救うことだけです」


「それが問題なのだ!」


 長老の声が強くなる。


「人の生死は神の領域。人が手を出せば、秩序が崩れる」


 吟子は、真っ直ぐに答えた。


「秩序とは、死を受け入れるための言葉ではありません」


 ざわめきが広がる。


「生きたいと願う声を、無視するためのものでもない」


 一瞬、誰かの息を呑む音が聞こえた。


 だが、恐怖は理性を上回る。


「これ以上は認められぬ」


 長老は杖を地に打ち付けた。


「荻野吟子と、その弟子リオを――村から追放する」


 ざわり、と大きなどよめき。


 リオの顔が青ざめる。


「な……なぜ俺まで!」


「学んだからだ」


 長老は冷たく言った。


「知を受け継ぐ者は、同じ異端」


 吟子は、そっとリオの前に立った。


「彼に罪はありません。私だけで――」


「いいえ!」


 リオが叫ぶ。


「俺は……先生と行きます!」


 その言葉に、吟子の胸が強く震えた。


     


 追放は、即日だった。


 日が暮れる前に村を出るよう命じられる。


 与えられたのは、少量の食料と水だけ。


 少女の母親が、人目を忍んで近づいてきた。


「……これを」


 布に包まれた乾燥肉を差し出す。


「あなたがいなければ、あの子は……」


 言葉にならず、彼女は泣いた。


「生きてください。どうか……」


 吟子は深く頭を下げた。


「あなたの勇気は、決して無駄になりません」


 村の外れ。


 夕焼けが地平を赤く染めていた。


 振り返ると、いくつもの視線があった。


 恐れ。

 後悔。

 そして、言葉にできぬ希望。


 だが、誰も引き留めなかった。


     


 村を離れ、森へ入る。


 リオは唇を噛みしめていた。


「……俺のせいで……」


「違います」


 吟子は即座に否定した。


「あなたが学ぼうとしたことは、罪ではありません」


 足を止め、彼の目を見る。


「むしろ、この世界に必要なことです」


「でも……居場所が……」


 吟子は、穏やかに微笑んだ。


「居場所は、作るものです」


 かつて、日本でそうしてきたように。


「誰も認めてくれなくても、歩みを止めなければ、道は残ります」


 夜の森は冷え込み、遠くで獣の声が響く。


 それでも、二人の足取りは止まらなかった。


     


 野営の火のそばで、リオは問いかけた。


「先生……これから、どうするんですか」


 吟子は炎を見つめながら答える。


「医療のある場所を探します」


「……そんな場所、あるんですか」


「今は、なくてもいい」


 彼女は静かに言った。


「なければ、作りましょう」


 リオは目を見開いた。


「この世界には、医師がいません」


「だからこそ、最初になるのです」


 その言葉は、夜の闇に確かな芯を持って響いた。


 かつて日本で、誰もいなかった時代に、女医になったように。


 吟子は胸の内で、あの言葉を再び噛みしめる。


――この国には、女医が必要だ。


 世界が変わっても、その答えは同じだった。


 炎が揺れ、二人の影が並ぶ。


 それはまだ小さく、頼りない。


 だが確かに、未来へ向かう影だった。


 こうして――

 医師なき世界に、二つの足音が刻まれる。


 異世界医療の物語は、ここから本当の旅を始めるのだった。

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