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泣き虫の君へ-2

 ――眩しさに目を開けた。


 何か夢をみていた気がするが、よく覚えていない。そう思って、自分で自分を笑ってしまった。モノが夢をみるなど可笑しなことだ。どんな夢をみるというのだ、私のような泡沫のモノが。

「どうしました?」

 ぼやけた頭の中で新参者の声を聞いた。名をダグラスという。

 人の好い笑みを浮かべて私に紅茶を差し出す。

「どうぞ。目が覚めますよ」

「ああ。ありがとう」

 この店へやってきた当初は何かにつけて目を丸くしていた彼は、だいぶ此処に馴染んできたようだ。それに他のモノたちにも評判がよい。今も柔和な笑みを湛えて私に相対している。

「珍しいですね、貴女が眠っているなんて」

 にこりと微笑むダグラスには何の裏も見えない。

「あまり眠らないんだがな。少し疲れているのかもしれない」

「此処では貴女しか人間の相手をしませんからね」

「一応店主は私だからな。そういえばリーリアたちは一緒じゃなかったのか」

 眠ってしまう前に遊んでいた所を見た気がした。訊ねるとダグラスは視線を店の奥へと移す。

「奥で宝探しをしています」

「宝? なんだそれは」

 数年はいるのだから今更宝探しも何もないだろう。奇妙な回答につい怪訝な表情を作ってしまう。だが彼の表情は崩れない。

「ガブリエルが」

「は?」

「ガブリエルが宝探しと称したかくれんぼを提案したんです。あの方は面白いことを思いつく方ですね」

 どうやら下手人はガブリエルのようだ。しかも話を聞くに、それは宝探しとは言わないと思う。誰かが鬼になっていてそれを見つけるというのなら、宝探しよりもかくれんぼの方がしっくりくる。ガブリエルならリーリアたちをけしかけて、自分は高みから笑っているのだろう。その様が容易に想像できて、私の口角が知らず上がった。

「クォーツは、ガブリエルとどれくらい共に過ごしているんですか」

 ちらと横に立つ彼の表情を窺うと、そこには単純に好奇心の色が浮んでいた。ダグラスでも興味を持つことがあるらしい。

「さあ。かなり昔からいる。まあ、ガブがまだ白髪でなかった時からだから何百年か一緒にいることになるのだろう」

「長いですね。ガブリエルの体は大丈夫なのですか」

 それは彼の容姿を鑑みた上での質問だろうか。モノにも寿命というものがある。私にはそれが通常通りに適用されないが、ほとんどのモノにはある程度の寿命があるものだ。

「もう長いこと騙し続けているが、実際はきついのだろうな。……最近は特に上の空の時がある。誰か人間が、動けないまでも壊さず置いておいてくれるのなら、消えやしない。消えやしないが、眠り続けることになるだろう」

 私の答えに納得がいかなかったのか、ダグラスは小首を傾げた。成人男性の姿をしていながらどこか仕草が可愛く見えるのは、彼があまり世間にすれていない為かもしれない。

「壊されないなら生きている。けれど動けないなら眠ったままだ。意識はあっても今までのように頻繁に出てくることは出来ないだろう。本体が動かないなら難しいはずだ。こういう時に制限されるモノであることは大変だな」

 私は一つの物質で構成されている。けれどガブは体内に大きな歯車や小さなネジを持っている。今はまだ時計が動いているが、止まってしまうと正直どうなるかはわからない。中身を替えれば寿命は延びるかもしれないが、此処には直す事のできる者がいない。こればかりはマリアにも難しいだろう。

「ガブリエルが居なくなるのは寂しいですね」

 笑う気配に私は顔を上げた。やはりダグラスの眉尻は下がっていた。

「どうしてそう思う?」

 心を見透かされたような気持ちに落ち着かない。寂しくないと言えば嘘になる。けれど、面に出した覚えはない。なのに、ダグラスの言葉は予想外に私の心を突いた。


「貴女が泣いてしまいそうな顔をしているから」


 ――あ。

と、思ったときにはもう私の視界は濡れていた。

「大丈夫ですか」

 労わるような彼のやさしい声に、私は目をパチパチと瞬く。涙が落ちていく。私はモノなのに、これではまるで人間のようだ。

「クォーツ……」

 安心させるようにダグラスが微笑む。そして私の涙をその細い指で拭っていく。目の端から、端から零れていく。

 とても、寂しい。

 気付いたら傍にいてくれて、安心させてくれた存在。まるで人間の言う所の家族のように、あたたかく包み込んでくれた。消えてしまうのは、寂しい。置いていかれるのはすごく、哀しい。


 ――ねえ、ガブリエル……私を置いていかないで。


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