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如何なる時もその傍に

 泣きぼくろの麗しい女性――ではないけれど、彼女はその日沈んでいるように見えた。彼女の名はチェス。椅子を原型としているモノである。

「どうかしましたか」

 私は彼女にミルクを注いだカップを手渡した。チェスは少し笑って、それに口を付ける。プラチナクォーツが以前チェスはミルクが好きだと言っていた。

「ダグラス、ねえ聞いてもいい」

「どうぞ」

 私は目の前でカップの取っ手をもてあそぶ彼女に微笑んだ。今、プラチナクォーツはいない。何処にいるかは知らない。珍しく外へと出かけてしまった。だからせめてプラチナクォーツの代わりに私はチェスの話を聞こうと思った。

「ねえ、もしもの話なんだけど、あなたは寿命が来たらどうなってしまうか考えたことがある?」

 いつになく真剣な彼女の質問に私は首をもたげる。髪を括った銀のリボンが私のうなじをちくりと刺した。

「……かつて、壊れてしまったモノなら知っています」

 昔、そう、此処へ来る契機になったともいえる、水晶が頭をよぎる。

「そう……」

「寿命がくるのが怖いですか? 寿命は延ばすことも出来るでしょう?」

 チェスは椅子だ。補修をしていけばまだまだ寿命など遠いはずだ。何か彼女を落ち込ませる出来事があったのだろうか。

「まだ貴女はそんなに美しいのに」

 泣きぼくろのチェスは麗しい。艶のある表情は魅力的で、思わず背中を預けてしまいたくなる。

「ふふ、お上手ね。ダグラスこそ、つい触れてしまいたくなるわね」

「ありがとうございます」

 私は素直に微笑んだ。チェスも少しだけ目元を和らげて、言葉を続けた。

「あたしはあなたの言うように、怖いのね。ずっと此処にいられると思いたいのに、いつかきっとあたしは壊れてしまうんじゃないかって思ってしまうの。クォーツはあたしを見捨てない。だけど、あたしの方がどうしたってクォーツを置いていく。……怖いわ」

 私たちはいつだって置いていき、置いていかれていた。人間の中で生活をしていても彼らと同じ寿命は持ち得ない。あるモノは人間たちに置き去りにされ、あるモノは人間たちを遥かに置いていく。プラチナクォーツは私たちを置いていくのだろう。静かに、独り、自らが朽ちるまで見届けていくのだろう。

「私も怖かったですよ」

 潜めた声で呟くと、チェスが顔を上げた。

「……どうして?」

「いつ壊れてしまうか、壊されてしまうか、気が気じゃありませんでした。今もどんなはずみでこの身が砕けてしまうかわかりません。そう考えると怖くて仕方ありません」

「あら、もし砕けたら、あたしとクォーツが作り直してあげるわ。どれだけ掛かってもちゃんとあなたを元に戻してあげる」

 明るい表情でチェスがウインクをした。

「光栄です」

 少し元気が出てきただろうか。私はチェスに二杯目のミルクを渡しながら、呼びかけた。

「チェス」

「なあに?」

「私たちは確かに、クォーツを置いていってしまうのでしょう。でもそれは、もっとずっと遠い未来ですよ」

 まだ、私たちは形を保ち、本来の役割を果たすことも出来る。

「それにきっと私たちに不幸があった時は、今より多くの仲間がクォーツを支えてくれるでしょう」

「そうなのよねぇ……」

 頬杖をついて視線を落としたチェスに、私は再び首をもたげた。私の言った事に思い至らなかったわけではないのだ。少し拗ねたような彼女の表情に私はどうにも笑みを浮かべてしまう。

「本当にクォーツが好きなのですね」

「ええ、愛してるわ」

 頬杖をついたまま、にやっと笑ってみせる彼女。思わずプラチナクォーツに嫉妬してしまいそうなほどだ。

「せめてクォーツにあたしのこの愛を知らせなくちゃいけないわね」

「ええ」

「あたしの愛しいクォーツ」

 チェスが胸の前で手を組んだ。私たちに人間のような神を祈る習慣はない。それでも時には祈りたくなるものなのだ。

「傍にいられなくなるその時まで、貴女と共に」

 目を瞑って心から祈っているチェスに私も復唱する。そして心の中で言い添える。

 ――この身ある限り、共に歩んでみせましょう。



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