↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月が砕けた夜に、君を探す  作者: もふもふ戦士


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/5

第1章 砕月(さいげつ)の境界線(前編)

 月が砕けてから、十七年。

 人類は、空を取り戻せずにいた。

 夜空には、かつて一つだった月の残骸が浮かんでいる。

 無数の白い破片が、互いに離れな砕月(さいげつ)がらも一定の軌道を巡り、まるで巨大な傷跡のように夜を照らしていた。

 

 人々は、その光景を《砕月》と呼んだ。

 そして、その下で生きることに慣れてしまった。


     *


 鋼と鋼が激しくぶつかり合った。

 甲高い衝突音が、訓練場に響き渡る。


「――遅い!」


 低い声とともに、一人の男が踏み込んだ。

 振り下ろされた剣を、黒い長剣が受け止める。


 火花が散った。


 次の瞬間、黒い剣を握る青年が身体をひねり、相手の刃を横へ流した。


「……そっちこそ」


 青年の名は、カイ。

 二十二歳。

 

 短く乱れた灰黒色の髪に、鋼のような灰色の瞳。          

 細身ながら鍛え抜かれた身体を、黒い戦闘服が包んでいる。

 右手には、高周波振動剣《月影》。

 その刃は、訓練用の出力制限をかけられてなお、鋭い金属音を響かせていた。


 カイは間合いを詰めた。

 一歩。

 二歩。


 相手の剣が動くより早く、斜め下から刃を跳ね上げる。

 

 だが――


「甘いな!」


 男は笑った。

 その剣が、カイの攻撃を正確に受け止める。


 男の名は、レオン・ヴァルハイト。

 二十八歳。


 短いダークブラウンの髪と琥珀色の瞳を持つ、精鋭特殊部隊《ゼロ班》の隊長だった。

 カイより一回り大きな体格。

 しかし、その動きには無駄がない。

 レオンが得意とするのは、防御と反撃。

 相手の攻撃を受け流し、最も危険な瞬間に反撃する戦い方だ。


 カイは再び剣を振るった。

 右。

 左。

 上段からの連続攻撃。

 どれも急所を狙った鋭い一撃だった。

 だが、レオンは退かない。


 黒銀の長剣《ヴァリアント》を最小限の動きで操り、すべての攻撃を受け止める。


「どうした、カイ! 今日は随分おとなしいな!」

「……朝からうるさいんだよ、隊長は」

「ははっ! 口だけは元気だな!」


 カイの眉がわずかに動いた。

 次の瞬間、彼の姿勢が低く沈む。

 床を蹴った。

 速い。

 先ほどまでとは明らかに違う加速。

 レオンの琥珀色の瞳が細くなる。


「――ほう」


 カイの剣が、レオンの右肩へ迫る。

 レオンは防御に移ろうとした。

 だが、カイは直前で軌道を変えた。

 肩ではない。

 狙いは、剣を握る手首。

 相手が防御へ移る瞬間の、わずかな隙。


「もらった!」


 カイが呟いた。

 しかし。


「――まだだ」


 レオンの足が動いた。

 踏み込むのではなく、半歩だけ引く。

 その小さな動きで、カイの剣先が空を切った。

 同時に、レオンの剣が下から跳ね上がる。

 

 カイは反射的に身をひねった。

 剣先が胸元をかすめる。

 さらに、レオンの左肩が迫った。

 体当たり。

 カイは後方へ跳んだ。

 靴底が床を滑る。

 二人の距離が開いた。


「……相変わらず、嫌な戦い方するな」


 カイが息を整えながら言った。

 レオンは肩をすくめた。


「褒め言葉として受け取っておく」

「褒めてない」

「知ってるさ」


 レオンは笑った。

 そして、剣を構え直す。


「だが、お前の剣は確実に速くなってる」

「……そうか」

「ああ。だからこそ、惜しい」


 カイの目が細くなった。


「何が?」

「お前は、勝つことばかり考えてる」


 レオンの声から、笑みが消えた。


「一人で敵を倒すなら、それでもいい。だが、俺たちは一人で戦ってるわけじゃない」

「……わかってる」

「本当に?」


 レオンは剣先を下げた。


「お前が前に出すぎれば、後ろの仲間が無理をする。お前が倒れれば、誰かが助けに行く」


 カイは答えなかった。


「強い剣士と、強い副隊長は違うんだよ」


 その言葉に、カイの表情がわずかに変わった。

 レオンは続けた。


「お前はもう、誰かに守られるだけの兵士じゃない」


 静かな声だった。


「誰かを帰してやる立場なんだ」


 訓練場に、短い沈黙が落ちた。

 カイは自分の剣を見つめた。

 黒い刃に、天井の照明が映っている。


「……わかってるよ」


 今度の返事は、先ほどよりも小さかった。

 レオンは満足そうに笑った。


「なら、もう一本だ!」

「……まだやるのか?」

「当然だろう!」


 レオンが剣を構える。


「今度は俺を倒してみろ!」


 カイはため息をついた。


「……本当に、朝から元気だな」


 それでも、剣を握り直した。

 次の瞬間。

 二人は同時に踏み込んだ。


     *


「……またやってる」


 訓練場の入口から、呆れた声がした。

 そこに立っていたのは、眼鏡をかけた青年だった。


 短い紺色の髪。

 整った軍服。

 腕には薄型の戦術端末を抱えている。


 シン・クロフォード。

 二十六歳。


 ゼロ班の戦術参謀であり、作戦補佐を担当する男だった。

 彼は訓練場の中央で剣を交える二人を見て、小さく息を吐いた。


「訓練開始予定時刻まで、あと二十分あるんだけど」

「いいじゃないですか、シンさん!」


 その隣から、明るい声が飛び出した。


 砂色の短い髪をした青年。

 ユウ・アステル。

 二十歳。


 ゼロ班最年少の偵察兵だった。


「隊長とカイさんの模擬戦、見てるだけで勉強になりますよ!」

「君の場合、見ている時間の半分は歓声を上げているだけだろう」

「えー、そんなことないですよ!」


 ユウは笑いながら訓練場へ駆け寄った。


「カイさーん! 隊長に勝ったら、今日の昼飯おごってください!」

「……なんで俺が?」


 剣を受け止めながら、カイが答える。


「だって、勝ったら気分いいでしょ?」

「意味がわからない」

「じゃあ、負けたらおごってください!」

「もっと意味がわからない」


 レオンが大きく笑った。


「はははっ! いいじゃないか、カイ!」

「隊長まで……」


 その瞬間、レオンの剣が鋭く動いた。


「――隙あり!」

「っ!」


 カイは咄嗟に剣を返した。

 金属音。

 衝撃。

 カイの身体がわずかに後退する。


 そして――

 レオンの剣先が、カイの胸元で止まった。


『模擬戦終了。勝者、レオン・ヴァルハイト』


 訓練場の自動判定装置が告げる。


「よし!」


 レオンが笑顔で剣を下ろした。

 カイは無言で天井を見上げた。


「……最悪だ」


 ユウが吹き出した。


「あははっ! カイさん、負けた!」

「……ユウ」

「はい?」

「あとで射撃訓練、付き合え」

「えっ?」

「逃げるなよ」

「……シンさん、助けてください」

「自業自得だね」


 シンは淡々と答えた。


     *


「まったく……朝から何を騒いでいるの」


 今度は、柔らかな女性の声がした。

 訓練場の入口に、一人の女性が立っていた。


 赤みを帯びた桃色の髪を、左右の長いツインテールにまとめている。

 優しげな薔薇色の瞳。

 黒い軍用医療服の胸元には、小さな救護部隊の紋章があった。


 リリス・エヴァレット。

 二十三歳。


 ゼロ班の戦闘衛生士であり、通信管制を担当している。

 彼女は手にした医療端末を見ながら、眉を寄せた。


「レオン隊長」

「おう、リリス! おはよう!」

「おはようございます、じゃありません」


 リリスは少しだけ頬を膨らませた。


「昨日も夜遅くまで作戦会議をしていたんですよね?」

「まあ、そうだな」

「それなのに、朝から模擬戦ですか?」

「身体を動かしたほうが目が覚めるだろう?」

「……そういう問題じゃありません」


 リリスはため息をついた。


「朝食は?」

「……」


 レオンの笑顔が止まった。


 カイが横目で見た。


「……食ってないな」

「カイ!」

「事実だろ」


 リリスの視線が鋭くなる。


「隊長?」

「いや、その……あとで食べようとは思ってたんだが……」

「昨日も同じことを言っていました」

「……そうだったか?」

「そうです」


 リリスは小さな包みを差し出した。


「これ。簡単なものですけど、食べてください」


 レオンは目を瞬かせた。


「……俺に?」

「ほかに誰がいるんですか」

「いや、ありがたい」


 包みを受け取ったレオンは、少しだけ照れくさそうに笑った。


「助かるよ、リリス」


 リリスは視線を逸らした。


「……隊長が倒れたら、みんな困りますから」


 そのやり取りを、ユウがにやにやしながら見ていた。


「……何?」


 リリスが気づく。


「いえいえ、別に?」

「ユウくん?」

「何でもないです!」


 ユウは慌ててシンの後ろへ隠れた。

 シンは端末から顔も上げずに言った。


「僕を盾にしないでくれるかな」


     *


「お前ら、朝から元気だな」


 重厚な声が響いた。

 訓練場の入口を、一際大きな影が塞いだ。


 銀灰色の短髪。

 鍛え抜かれた巨体。

 軍服の上からでもわかるほど、肩幅が広い。


 グレン・ハーグレイヴ。 

 三十歳。

 ゼロ班最年長の重装兵だった。


 彼は大きな手に、紙袋を二つ提げていた。


「おう、グレン!」


 レオンが手を上げる。


「ちょうどいいところに来たな!」

「何がちょうどいいんだ?」

「腹が減った」

「……お前、また朝飯を抜いたのか」


 グレンは呆れたように眉を寄せた。

 リリスがすかさず言う。


「そうなんです!」

「まったく……隊長がそれでどうする」

「二人とも厳しいなあ」


 グレンは紙袋を持ち上げた。


「食堂で余分にもらってきた。お前らの分もあるぞ」

「やった!」


 ユウが歓声を上げた。


「グレンさん、最高!」

「お前は本当に食い物の話になると元気だな」

「育ち盛りなんで!」

「もう二十歳だろうが」

「まだ伸びます!」


 グレンは豪快に笑った。

 そして、カイへ視線を向ける。


「お前も食えよ、カイ」

「……俺は朝食、食った」

「なら二回目だ」

「……なんでそうなる」

「細いんだよ、お前は」

「筋肉はある」

「俺から見りゃ、まだまだだ」


 カイは反論しかけて、やめた。

 グレンに体格の話で勝てる気がしなかった。


     *


「……全員、揃った?」


 静かな声が、入口から聞こえた。

 最後に現れたのは、一人の女性だった。

 

 長い濃紺紫色の髪。

 灰紫色の瞳。

 整った顔立ちには、ほとんど表情が浮かんでいない。


 イリス・ヴェルナー。

 二十五歳。

 

 ゼロ班の狙撃手だった。

 彼女は細長いライフルケースを肩に掛けていた。


「イリスさん!」


 ユウが手を振る。


「おはようございます!」

「……おはよう」

「今日は早いですね!」

「いつも通り」

「えー、そうでしたっけ?」

「……うん」


 短いやり取り。

 それだけで、イリスは壁際へ移動した。

 ケースを静かに下ろす。

 リリスが微笑みながら近づいた。


「イリス、ちゃんと眠れた?」

「……少し」

「また夜遅くまで射撃場にいたんでしょう?」

「……うん」

「もう。無理しないでね」


 イリスは小さく頷いた。

 それから、リリスの手元を見た。


「……隊長の朝食?」

「えっ?」

「……また?」


 リリスの頬が、わずかに赤くなった。


「ち、違うの。たまたま多く作っただけで……」

「……そう」


 イリスは、それ以上何も言わなかった。

 ただ、ほんの少しだけ口元を緩めた。


     *


 カイは、訓練場の中央から仲間たちを見渡した。


 レオン。

 シン。

 ユウ。

 グレン。

 リリス。

 イリス。

 そして、カイ。


 七名。


 人類がレムナントとの戦いを続けるこの世界で、特別な任務を与えられた精鋭部隊。

 正式名称は、エリュシオン防衛軍直属特殊戦闘部隊《ゼロ班》。


 危険区域への偵察。

 重要施設の防衛。

 レムナントの殲滅。

 

 そして、通常部隊では対応できない特殊任務。

 それが、彼らの仕事だった。


 仲間たちは、相変わらず騒がしい。

 

 ユウはグレンの持ってきた朝食を覗き込み、シンに注意されている。

 リリスはレオンの健康状態を確認し、イリスは静かにその様子を眺めている。

 グレンは笑いながら、全員に食事を配っていた。

 

 カイは、そんな光景を見ていた。

 不思議な連中だと思う。

 戦場では、誰もが命を懸けて戦う。

 けれど、こうして集まると、どこにでもいる普通の人間のようだった。


 ――普通。


 その言葉が、少しだけ胸に引っかかった。

 自分にとって、普通とは何なのだろう。

 幼い頃の記憶は、ほとんど残っていない。

 覚えているのは、砕けた月。

 青い光。

 そして、誰かの声。


 カイは無意識に、右腕へ触れた。

 黒い戦闘服の袖の下。

 そこには、生まれつきではない青い紋様が刻まれている。

 軍の医療部門でも、完全には解明されていないもの。

 十七年前から、ずっと消えない刻印。


「……カイ?」


 レオンの声がした。

 顔を上げる。


「どうした?」

「……いや」


 カイは腕から手を離した。


「何でもない」


 レオンは一瞬だけ、カイの右腕へ視線を向けた。    

 だが、何も聞かなかった。


「そうか」


 そして、いつものように笑った。


「なら、飯にするぞ!」

「……さっきリリスからもらってただろ」

「それはそれ、これはこれだ!」

「……太るぞ」

「俺が?」

「……グレンみたいになる」

「おい、どういう意味だ!」


 グレンの声が響いた。

 ユウが吹き出し、リリスが笑い、シンが呆れたように肩をすくめる。

 イリスも、小さく笑っていた。

 カイは、ほんの少しだけ口元を緩めた。


 こんな時間が、ずっと続けばいい。

 そう思った。


 その瞬間だった。


――ピピピピッ!


 鋭い電子音が、訓練場に響き渡った。

 壁面の警報灯が、赤く点滅する。


『緊急任務通達』


 機械音声が告げた。


『城壁外・第七監視区域にて、未確認レムナント反応を検出』


 シンの端末が、自動的に起動する。

 画面に、複数の赤い光点が表示された。


「……おかしいな」


 シンが呟いた。

 レオンの表情が変わる。


「どうした?」

「反応数が合わない」


 シンは画面を拡大した。


「通常の巡回個体なら、もっと散らばっているはずだ」


 赤い光点は、一定の間隔を保って並んでいた。

 まるで――

 何かの命令を待っているように。


「……統率されている?」


 イリスが静かに言った。

 シンは頷いた。


「その可能性が高い」


 訓練場から、先ほどまでの笑い声が消えた。

 レオンは、全員を見渡した。


「全員、出動準備!」


 六人が、一斉に姿勢を正す。


「了解!」


 カイは《月影》を鞘へ収めた。

 そして、訓練場の出口へ向かう。


 その右腕の奥で。

 青い刻印が、ほんの一瞬だけ熱を帯びた。

 カイは気づかなかった。


 まだ、誰も知らない。

 

 この小さな異変が、十七年間眠り続けていた秘密へとつながっていることを。


 そして。


 ゼロ班一人一人の日常が、少しずつ変わり始めていることを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。