エピソード1 頁1
鬱蒼と広がる森の中。
霧が立ち込め、ただでさえ視界が不明瞭ななか、密集する木々の枝葉の隙間から得られる明るさなど心許ないと言うのも憚られる。
そんな薄暗く、もやがかかった茂みの奥から、低く唸る声が聞こえる。それも、無数に。
「どれだけいるんだ……?」
呟いたのはひとりの男だった。
青年、というにはまだあどけなさが残るその面には、焦りを感じての脂汗が張り付いている。
布切れを継ぎ合わせた軽装に、申し訳程度に急所を守る用途の鎖帷子を着込んでいる。利き手と思しき右手には飾りけのない片手剣、左手には木の枝を麻ひもで繋ぎ合わせた盾を持つ。(盾、というのもおこがましいほどにみすぼらしいが一応は盾だ。)
「フードル、これはまずいかも……しれません」
「そうだな。……どうしたらいいと思う? シバ」
その手に握る片手剣を持ち直して、少年――フードルは、シバと呼んだ隣の人物へと意識を向けた。
シバはフードルより面立ちが成熟しており、高い上背も相まって青年と呼ぶに相応しい。フードルよりさらに軽装で鎧のような急所を守る装備を一切着けておらず、代わりに背丈ほどの外套をまとい、その背には大きな荷を背負い、腰にも小袋をいくつか巻き付けていた。
手には先端が鉄製で角ばった形状の鈍器、いわゆる鎚矛を握っている。
「僕の推測が正しければ、おそらくここは猟獣のテリトリーです。聞けばやつらは多勢で連携して狩りを行うとか」
「多勢……って、どうりであちこちから獣みたいなうめきが聞こえてくるわけだ。いまのオレたちで勝てる相手かな?」
不意に出た問いに答えはなく、代わりにごくりと唾を呑み込む音がした。それはフードル自身のものだったのか、それともすぐ横のシバの喉から聞こえたものなのか、わからない。それほどの焦燥感が、じりじりと彼らの足元から背筋へと這い上ってきていた。
「――逃げるにしたって、背中を見せたらたぶんあっという間に飛びかかってくるよ。まずは相手の気勢を削がなきゃ」
ふたりのすぐ後ろから、今度は少女の声が聞こえてくる。その幼さの残る声はフードルにとっては家族の声と同じくらいに耳に馴染んだ声音だった。
普段はおっとりとした声音だが、いまは緊迫感にすこし震えが混じっている。その感情は紛れもなく恐怖だが、それと同時にそれを抑え込むための気丈さも間違いなく聞いて取れた。
彼らが取る陣形において後衛に位置するその少女は、フードル少年の幼馴染であり、名はチワといった。
シバと同様に身軽な軽装に腰丈ほどの頭巾付き外套を羽織り、手には簡素な弓、背には矢筒を携えている。
そして、チワの横にはもう一人少女がいた。四人のなかで一番小柄な彼女は名をライカという。
ライカは両手に持った小短剣を逆手に構え、前を見据える吊り上がったまなじりをさらにきつく吊り上げた。
「こんなトコで犬ッコロの餌なんかにゃなりたかねーよ! シバ、どーにかしろ!」
剥き出しにした犬歯の隙間から、猟獣などに負けるものかと唸るように悪態吐くライカに、シバは困惑を覚えざるを得ない。
ライカはいつもこうだ、と。本人以外の三人は窮地にいたってなお呆れ気味に肩をすくめていた。
「そうですね。正面から制圧しようにもどれだけの数がいるのか見当もつきません。まして見通しの悪い森のなか、輪をかけて霧のなかです。僕らの目的に、彼らは関係ありませんし、ここは回避しましょう」
「逃げるか?」
「いえ、フードル。獣の体力は桁違いです。僕ら人間が逃げ遂せるとは考えにくい」
じゃあどうする、とフードルが口にする前に、シバは指を立て一計を案じた。
「――やつらの鼻を欺きましょう」




