エピソード1 頁18
夜闇と黒霧が場を支配する戦場。
その視界不良は人体の限界から人間に不利をもたらし、環境に適応した魔物に有利をもたらす。それを十二分に理解しているからこそ、ハルの次の行動は決まっていた。
光源になりうる【ルミナスバトン】は手持ちに三本ある。光量自体は夜の闇を退けるには心許ないが、これがハルたちにとっての命綱に等しい。これを最大限に活用していく必要があった。
一本を護衛対象のチワ・シバを横たわらせているログハウスの壁付近に。
残りの二本は家屋の正面入り口から見てそれぞれ十時、二時の方角、少し離れた位置の地面に放る。だがそれだけではバトンの周囲の地面がやや明るくなった程度のものだ。
そこでハルは続けて、小袋のなかから拳大ほどの麻袋を取り出した。
袋の中身は、【マナ・モルフォアの鱗粉】。
【暗黒地帯】内でのみ育つ大型の蛾の魔物が纏う鱗粉だ。
通常は空中に散布するように撒くことで疑似的に【暗黒地帯】のなかでも一際霧の濃い場所と同様の環境を一時的に作り出し、魔物が相手であっても強力な幻覚に陥れることができる代物だった。
だが通常の使い方では戦闘を有利に進められても少数相手のみで、霧が有効な範囲がごく限られるため”猟獣”の群れ相手では有効とはいえない。
ハルはその鱗粉を、別の目的で使うために取り出していた。
その麻袋の中身を取り出す前に屈みこみ、地面を指で軽く撫でる。
木造家屋の付近は下生えが薄く、土が見えている部分もある。土はほどよく湿っているが、部分的に乾燥しているところも見受けられた。
より乾燥している土くれを指で少量摘まむと、ハルは立ち上がり、自身の肩ほどの高さから土粒が細かくなるよう擦りながら落とした。
指から滑り落ちた土粒は、微かな風に乗ってハルの前方へ舞う。
その結果に満足したように頷き、【マナ・モルフォアの鱗粉】を同様に撒いていく。
フードル・ライカの前に出て、横に移動しつつ腕を頭上から肩あたりまで上げ下げすることで鱗粉の散布範囲に奥行きを作る。
風に乗って撒かれた鱗粉は地面に落下して、【ルミナスバトン】の光を細かく乱反射し、まるで地面が発光し始めたかのように幻想的な光景が広がっていく。
照らされた黒霧のその奥から、尖兵として”猟獣”が六体、姿を見せた。
「さて、ここからが本番だな」
言うが早いか、獣は熱り立って躍りかかってきた。
間髪入れずにライカは横へ滑るように飛びずさり、群れの先頭の側面に回り込む動きを見せる。
ハルの演出した微光を放つ舞台から飛び出ないよう細心の注意を払っていることが窺えるところから彼女の賢しさが見て取れた。
フードルは襲い来る二匹の”猟獣”を正面から迎え撃つ。手に入れたばかりの両刃剣は以前使っていた片手剣よりもやや重く、初めての実戦運用であることからも不安が残る。だが、そうも言っていられないのが現状だ。
並んで襲い来る獣を、左手側は小円盾を差し出し牽制しつつ右手に携えた両刃剣を上段に振り上げて、そのまま重みに飽かせて振り下ろす。
風を切り裂き振り下ろされた冷刃は、しかし空を裂くのみでそのまま地面へと吸い込まれていった。
フードルの剣撃を掻い潜った獣は身を翻して霧になかに消え、果たしてフードルの戦端は翻弄されるに終わった。
再度構え直して、フードルは改めて正面を見据える。
(こんなんじゃ前回ボロボロにされた時と同じだ! なんて進歩がない! 学ばなきゃ。失敗から学んで、失敗を繰り返さないようにするんだ……!)
汗が頬を伝うのも忘れて、神経を集中させていく。視線を巡らせ霧の先を見通そうと試み、その際に視界の端にハルの大立ち回りが映った。
これまでその背に担いだ荷を支える巨盾。それを手に持ち扱っている様子は、フードルにとって初めて見る光景だ。
正面から襲いくる二体の”猟獣”を迎え撃つように構えられた巨盾。前方からであればたとえ馬や牛が突進してこようと食い止められそうなほどどっしりとした構えだ。しかしそれは言い換えてしまえば、前方しか守れていないのではないか。
フードルの懸念通りに、身軽な”猟獣”は行く手を阻む巨盾を躱すように左右に展開し、その奥に隠れる獲物へ向かって回り込んだ。
対して守るハルは、まるで盾越しにその様子が見えているかのような間合いで盾を動かした。
その様はまるで巨大な要塞が回転したかのようだ。ハルの左手側に回り込もうとした獣は突如として目の前に現れた壁に自慢の機敏さも間に合わず、勢いのまま衝突し鼻柱が歪んで、悲痛な呻きが木霊する。
右手側に回り込んだ”猟獣”は相対的に背後を取る形となった。いまだと言わんばかりにその顎を大きく開き、無防備なはずの獲物へ食らいつこうとする。そう――無防備なはず、それ故に飛び込んだ一撃は間違いなく獲物の喉笛に届くはずだったのだ。
しかしその”猟獣”の目論見を迎え入れたのは、長い長い”脚”だった。
ハルは巨盾を力尽くで揺り動かした反動を身体で留めず、そのまま振り回されるに任せるようにして下半身を投げうっていた。遠心力により加速したその左足が口を限界まで開けた”猟獣”の下顎を捉え、結果として間抜けに急所を差し出した獣を死角から打ち据えた。
瞬く間に二体、守るための盾を中心に一連の動作で伸してしまった――そう思ったフードルの思考は、そこからさらに裏切られる。
”猟獣”を蹴り飛ばした脚を地面につけるとハルはそのまま踏ん張り、獣を弾いた巨盾を背負うように身を屈めると、内側の持ち手を握る右腕が限界を越えて膨張したように見えた。
どれだけの重さを誇るのか想像もつかないその巨大な盾を、自身の身体を中心にして持ち上げるとそのまま勢いまかせに振り回し、反対側の地面に叩きつけた。
フードルの位置からでは見えづらかったが、どうやら斜め背後から回り込んだ獣がもう一体いたようだ。頭上から迫り来る超質量の巨大な盾に感付きすんでのところで回避しようとした”猟獣”だったが、あまりに大きなその鈍器にたまらず圧し潰され、哀れに地面へめりこんでしまったのであった。
一連の動作で二体のみならず、三体の”猟獣”を伸してしまった。敵前にありながら、その人間離れした所業にフードルは身震いしてしまう。
その時、霧の奥からさらに一体の”猟獣”の甲高い呻きが響いた。それとほぼ同時に、ライカが最初位置取っていた場所へ戻ってきたため、その手に握った小短剣が獣の敏捷さに届いたのかもしれない。
そうであれば、フードルが逃した二体がおそらく本隊に合流し、都合四体は撃退し得たと思われる。迫り来る群れがはたしてどれだけの規模なのか想像もつかないが、フードルの胸には希望の灯がさらに強く灯る。
――それからどれだけの時間が過ぎただろうか。
幾度か、背後でいまだ目覚めず眠りにつくふたりを狙った”猟獣”もいたが、目敏く看破したライカがそれを咎めて未然に防ぎ、事なきを得ていた。
その獣を逃してしまっているのは他ならぬフードルだ。遊撃のはずのライカの手さえ煩わせ、後ろに”猟獣”を通さないという自身の使命を果たせていない。
得物が重いのであれば振り方を変えては――そも振りが間に合わないのであれば一手先を予測してみては――盾をうまく活用して確実に”決められる”状況を作るのに専心しては――様々な思考が巡り、しかし回りまわってそれが雑念となってしまい、却って身体の動きを鈍らせる。
気付けばフードルの身体には小さな傷がいくつも出来ていた。滲む痛みが、自身の不甲斐なさを責め立てる。
汗が顎を伝い、それを厭うように身動ぎ拭う。
フードルはその瞬間、その所作を通じて、先だって”猟獣”と相まみえた瞬間の感覚を思い出した。
あの時は、ただがむしゃらだった。脳裏には状況を冷静に見て判断する自分がいながらも、身体を突き動かす動力源は至って単純なものだったはずだ。
それは、憧憬に焦がれて見様見真似しようとする浅ましい思考でも、自身の拙さに焦燥する見苦しい内省でもない。もっともっと、原始的な感情。
そう、それは生への執念。
仲間のために、故郷のために、こんなところで膝をつくわけにはいかない。
そうだ。あの時と比べればまだマシだ。剣がある。盾がある。
あとは”自分”だけだ。
”自分”だけが足りていなかった。
そう気づいた瞬間、あの低く響く声が脳裏を掠める。
『――振り回されるな。おまえはおまえだ。おまえらしくいけ』
(そうか。オレ、とっくに答えをもらってた)
知れず、フードルは笑っていた。苦境にありながらも、まるで宝物を見つけた少年のようにあどけない笑みを浮かべていたのだ。
”自分”というものを言葉にするには、まだ”自分”を知らなさすぎるけれど。
あの時に感じた”生の感情”は、紛れもない、偽りようのない真実だ。それは、それだけは愚鈍な自分でもわかっていた。
――余計な思考を削ぎ落せ。無駄な企図を手放せ。そんな高尚な戦い方ができる器じゃあない。ただ、執着しろ。生きて還る、ただそれだけを冀望しろ――!
繰り返される獣の連係、まるで蠢く巨大なひとつの生物のように立て続けに襲い来る脅威に、その身をあえて投げ出す。
フードルの急所を抉り取らんと差し出された鋭い爪牙を盾で防ぐ。
まだだ。まだ”考えて”、”動かしている”。これでは混じりけのない純粋な執着には至らない。
勢いをまともに受け止めた左腕の骨の芯まで痺れが響く。
(研ぎ澄ませ。思考の空白を、縒るように細く細く研ぎ澄ませろ)
躍りかかる”猟獣”。それは奇しくも、この戦いにおいて、そしてフードルと”猟獣”たちとの因縁においても最初にぶつかったのと同様の構図だ。しかしそのような雑念はいまフードルの思考には片隅にも存在しない。
ただただ、徐々に最適化されていく動きが反射的に出力される。
これまで見てきた”盾の扱い方”が、フードルの執念の末に最適解として弾き出され、その動きを身体が独りでになぞる。
左方から襲い来る”猟獣”、その突撃を盾で受け、いなす。受け流された獣の姿勢は崩れ、動きが鈍る。
盾でいなすために流れた上体をそのままに。右手の剣を身体の内側、左脇腹で溜め込む。まるで弓を引き絞るように窮屈な体勢で溜め込まれたその切っ先は、右方から飛び込んできた”猟獣”目掛けて、解き放たれる。
ボッ――。
空気が爆ぜるような短い音と共に、剣閃が奔った。
軌道上に差し出された獣の頭部が、まるで紙細工に鋏を入れるが如く、いとも容易くなます切りとなった。
そのあまりの勢いに骨まで両断された”猟獣”は、ともすれば切られた直後には自身の絶命を理解できていなかったのではないか。
獲物に届かず地面に着地した胴体から伸びる四肢は余勢を駆り数歩歩くと、そこで糸が切れた人形のように、力なく頽れるのであった。
その様子を盾とフードルの身体の隙間から垣間見たもう一体の”猟獣”の瞳には、様々な色が混じって見えた。
当惑、驚愕、不可解。それらが入り混じり織りなす色は――純粋な恐怖。
身が竦んだ獣の顔に差す影。
振り上げられた凶刃が、これまでは他者へと容赦なく突き立ててきた命を奪う鋭利さが、いま自身へと無慈悲に振り下ろされるのを待つことしかできない。
刃は果たして振り下ろされ、あまりに流れるような軽快さに獣は断末魔をあげる間もなく絶命した。
◇◆◇
――初めはいつものように一方的な狩猟のつもりだった。
獲物を甚振り、脆い命を弄ぶ。そうすることで見られる獲物の諦念と絶望が綯い交ぜになった感情に触れた時に、自身という存在が満たされていくのだ。
諦めは肉を醸成させ、絶望は血を極上の味へと昇華させる。それこそが狩りの醍醐味。
それはまさしく、猟獣としての信念にも似たものだ。
――だが、それがいまはどうだ?
遣わせた先槍はことごとく打倒されていく。これまで築き上げてきた群れが、群体としての戦力が見る間に削ぎ落されていく。まるで一本また一本と腕を捥がれていく羽虫のようではないか?
復讐を果たす筈ではなかったのか? 左の眼を奪われた雪辱を雪ぐために追い立てていたのではなかったのか?
今宵の狩場において、”脆弱な筈の存在”に狩られるのは”猟獣”だったのか?
原初に刻み込まれたその本能は、闘争心か、それとも――。
震えを自覚した”猟獣”の頭領は、知れず後ずさる四肢を、逆巻く尾を、もはや自身では制御できなくなっていた。
◇◆◇
がらん――。
場違いにも思える鐘の音が響く。
それまで統率の取れた動きで、うねる大きな生物のように連係して襲い掛かってきていた”猟獣”たちの規律が乱れを見せる。
フードルに向けられた敵意の多くが、ハルの方へと向き直っていた。
一際体躯の大きな個体もまたハルの一挙手一投足を窺い、いまにも襲い掛からんとしている。
その個体の背後、霧のなかから音もなくちいさな人影がゆらりと現れた。
低い姿勢から前肢の腱と、首筋を掻き切るように明確な殺意を持って煌めく二挺の小短剣。
しかしその軌道が”猟獣”の精鋭を捉えることはなかった。
その他大勢の個体と比べてはるかに洗練された身のこなしで翻ったその屈強な肢体は、獣の本能とでもいえる恐るべき直感によってライカの不意打ちを回避せしめた。
不発に終わったライカもまた霧に紛れて退こうと試みるも、霧を纏って背後に回るのはなにも彼女だけの独擅場というわけではない。
攻勢に回るため、一瞬の隙を晒したライカの首筋に、折しも一匹の獣の牙が迫っていた。
回避は間に合わない。ライカの唖然とした表情。フードルは事態に気が付き、しかし無我に至っていた思考の空白に、回避行動を促す言葉さえ紡ぐことが叶わない。
これまで戦況を巧みに繋ぎ留めていた要が、失われてしまう――。
その運命を左右したのは、思いがけず振り下ろされた鈍器だった。
破砕に特化すべく角ばった先端が伸びる、その武器は鎚矛。
面に生真面目な表情を張りつけ、青年は鈍器をかざしていた。
「間に合ってよかった。無事でしたか、ライカ」
「~~~~~っ! バカッ、バカシバ、おっせーんだよバーカ! 心配かけさせやがってこの大バカ!」
「すみません! こんな事態に眠りこけてしまっていたなんて……はずかしい限りです」
フードルも叫びだしそうになった。シバの目が醒めた。そのことを喜ぶのもそうだが、もっと違う部分で声を上げそうになる。いや、無意識に叫んでいたかもしれない。
肩を並べたシバとライカに向けて、回避体勢から身を翻した精鋭個体が、敵意を纏って躍りかかろうとしていたのだ。
あの隆起した体躯は、かつてフードルの片手剣による剣撃を受けてなお刃が立たなかった。
ライカの小短剣では動きを止められるだけの深手を負わせるのは難しいだろう。シバの打撃は破壊力こそあれど”猟獣”の軽やかな身のこなしを真正面から捉えられるかどうかわからない。
いまだ最悪の未来は手ぐすねを引いて待ち受けている。それを弾き返せるとしたら――。
フードルは心の奥底で、たとえ戦いに没頭し無我に至っていたとしても無意識の片隅で、信じていた。いまにも彼女の目が醒めることを。
ぴゅうと矢羽が風切る音が響き、精確無比な射撃が精鋭個体の肩口に突き刺さる。
「チワ……っ!」
振り向くと、そこにはしゃがみ姿勢のまま弓を構え、次ぐの矢を番えるチワの姿があった。
「ごめんね、おまたせ」
チワが引き絞った弓矢を放つと、射出された矢弾は再び空を裂き、今度はフードル目掛けて飛びかかろうとしていた”猟獣”の眉間を貫いた。
「ようやくだな」
【ヒードベル】によって引きつけた”猟獣”の群れを十把一絡げに巨盾の押し込みで薙ぎ倒し、ハルが呟いた。
その言葉はまさにというところで、まったく同じ言葉がフードルの胸を撫でおろさせていた。
ようやく、ようやく形勢は建て直せた。
昏睡していたチワとシバは目覚め、ハルの破竹の勢いを筆頭に”猟獣”の群れをことごとく迎撃せしめ、傍に侍る精鋭個体までも手傷を負わせ、ようやく因縁の相手に手が届くところまできた。
あの時は『来い』と、隙の糸口を晒して手の届くところまで出て来いと念じていたが、今度はこちらから向かって行ける。
仲間の無事に胸を撫でおろすのもほんの一瞬だけだ。
再びフードルは意識を戦闘に向ける。いま、ここに因縁が向かい合う。
隊列が疎らになった”猟獣”たちの群れを裂いて、フードルは一歩前へと進み出た。
霧さえ道を明け渡すかのように、二者の間に遮るものはなにもない。その傷痕によって閉じられた左目を震わせる”猟獣”の頭領を正面に見据える。
おそらく、勝負は一瞬で決する。どうしようもなくそう予感していた。
息を整える。先ほどまで滝のように流れ出ていた汗さえも止まったかのように思える。
いまこの瞬間に。待ち侘びたその時がきた。
紙一重を掴み取れ。この瞬間にすべてを賭けろ――。
「――行くぞッ!」
フードルが叫ぶ。
その咆哮に、相対する獣は何を想うのか。振りかざした剣を迎え撃つかのように、凶悪な顎をこれでもかとかっぴらく。
喉の奥から憎しみの呪詛にも似た低い唸りが轟き、血肉を求めて涎が滴る。
左手に掲げた小円盾を差し出す。少年は盾越しに、相対する相手の挙動を確と見据えた。
その盾を避けるように足運びを変える獣。牽制として擦れ違い様に、そのあまりに鋭利な鉤爪が盾の表面を掠める。
それだけで盾を持つ腕の骨身にまで衝撃が伝わる。だがこれだけでは終わらない。
横合いに襲い来る噛みつきに、身体を引き再度盾を構える――否、それだと間に合わない。ならば――。
身体を捻り、脇腹の隙間から両刃剣を突き出す。その刃は肩口を嚙み千切ろうとするその口に吸い込まれていく。
顎を受け止めた冷刃が、鋭い牙とぶつかり合いガチンと不快な音を立てた。そのまま嚙み砕こうとする”猟獣”の渾身が、刃を伝って感じ取れる。その目論見を、そのまま通させるつもりはフードルにはなかった。
あらん限りの力を振り絞って、両刃剣の柄を握り締め、引き切る。
まるで万力に固定されているかのように重いが、こめかみに浮かんだ血管が切れそうになるほどの渾身で以て応酬する。
果たして両刃剣は所々で詰まりながらも引き切り、”猟獣”の口の端を切り裂くことに成功した。
激痛に呻く獣の、その死角となる左目側――フードルの右手から、両刃剣の切っ先を狙い定めて――突き刺す。
ずぶっ―――。
肉を裂き、貫いた感触が掌に伝わってくる。
間違いなく、急所に決まった。
今度こそ、今度こそは、完全なる勝利の確信だ。
間違いなく仕留めた手応えをその手に感じていた。
前回は根本から折れた剣だったが、今度は間違いなくその頭部を完全に穿っていた。
「オレのっ、――勝ちだ!」
その獣の右目は驚愕に見開かれ、戦慄のままに色を失う。魔物の命を摘み取った実感だけが、その手に残る。
力なく頽れた群れの統率者を前に、残された精鋭個体の太く響く遠吠えが、群れの撤退を指示しているようだった。
霧のなかへと消えていく敗残兵を見送りながら、息も絶え絶えに額の汗を拭う。
剣を握る手も、掲げた刃も血まみれだ。
全身の節々に鈍く響く痛みを自覚した時に、ようやく雑多な思考が戻ってくる。
疲弊しきった全身を大地に投げうちたくなる欲望を搔き集めた意思で抑え込んでいると、肩にぽんと大きな手が置かれた。
「やったな」
フードルが見上げると、そこには満足げに頷くハルの顔があった。
「……はい! やりました、オレ!」
どこまでも霧が深まるその夜に、ひとつの大きな因縁に決着がついた。




