エピソード1 頁19
【森林地帯】からアストリドへ帰還したのは、フードルら四人にとってはこれで二度目だ。
一度目は苦い体験でしかなかったが、二度目の帰還となった此度はいわば勝利の凱旋だった。
”猟獣”の頭領、アルファ個体。その卓越した統率力を以て組織された群れの規模はもはや軍隊といっても過言ではなかった。
その首級を上げたフードルは、その証拠を組合へ提出したことによって、その報酬を受け取る形になった。
”猟獣の群体の討伐”は依頼掲出ボードにも掲出されていたようで、それを意図せずして成し遂げたフードルの下には大陸共同通貨にして金貨30枚もの大金が転がり込んでくる。(討伐依頼に関しては報酬の支払いのために、討伐の証明が必要となる。今回の場合はフードルがアルファ個体の首級と一本の前肢を提出したため、この証拠が検証されたのちに報酬が支払われる)
フードルたちは四人で相談し、その報酬の半分をハルに渡すことにした。だが、ハルはそれを固辞した。曰く、「俺が報酬を受け取るのは”絹糸採集依頼”の報酬のみだ。それはおまえたちで分けるといい」とのことだった。
冒険者組合本部での雑多な手続き類を済ませた後にアストリドの大通りに出て、ようやく解放感に大きく伸びをして、フードルは肺のなかに溜まっていた息苦しさの原因である空気を一度すべて吐き出した。
【森林地帯】の杣跡での死闘ののちにすこしの休憩を経て、夜明け前から帰路につき、冒険者組合まで辿り着いたのは日が頭上に登りきった時分。すでに日が傾きつつあることを考えれば随分な時間、あれこれと聴聞されていたことを考えればフードルの疲労も推して知るべし、といったところか。
「よし! ヴィーダルさん、これからオレたち【シャーピー・アロウ】で食事しようと思ってるんですけど、ぜひ一緒にどうでしょう?」
両の手を力強く握り、拳を作りながら問うフードル。その目は期待に輝いていた。また、その傍らに立ちおだやかに微笑むチワも賑やかな食事風景を期待しているのだろう。
少年少女の、まるで人懐っこい犬のような様子にハルはつられて笑みをこぼす。ハル自身も空腹を覚えていたためその誘いは抗いがたいある種の魔力を持っていた。
「それは非常に魅力的な誘いだ。シバ、おまえも行くのか?」
「僕ですか? いえ、僕は酒場はちょっと……。お気になさらず楽しんできてください」
唐突に水を向けられ困ったようにシバは笑った。ハルは内心で、『ごく少量の酒精を気付けに呷っただけで大変だったものな……』と、酒場を避けるシバの心境を察していた。
「そうだったのか。実は俺もこの後、少々野暮用があってな。悪いが祝杯はまた今度にしよう」
そう言って断りを入れると、目に見えてフードルの表情は残念そうに下を向いた。
「そ、そうですか……。あ、あの、ヴィーダルさん!」
すぐに表情を引き締め直したフードルは、何事か決意を秘めた眼差しでハルを見つめる。
「オレ、あなたからいろんなことを学ばせてもらってます。あなたはそれも仕事のうちだとおっしゃるかもしれませんが……それでもオレ、これからの目標としてあなたのように頼れる男になりたいと思ってます! ハルさん、とお呼びしてもいいですかっ!」
真摯に張り詰めたその声音を受け止めて、ハルはまるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたことだろう。
傭兵業をやっていると様々な冒険者と組むこともあるし、様々な依頼者と接する機会もある。冒険者たちは気安い者も多いし、依頼者も基本は表向き友好的なために距離感が近づくこともあるが、大体の場合短い付き合いになるため、ここまで直球で好意を伝えられることも稀だった。
ハルの記憶が揺り動かされるのは、似たような経験をしたのが傭兵業を始めるさらに以前まで遡るためだろうか――。
「……俺たちはビジネスパートナーだ。原則的に、俺とおまえたちは対等と思え。そう呼びたいのなら、好きにするといいさ」
過去を懐かしむ感情も数秒で区切りをつけ、ハルはフードルへ向き直ってそう返した。
その返答がよほど嬉しかったのか、フードルは飛び跳ねて「はいっ! この後の絹糸採集もよろしくお願いしますハルさん!」と喜んだ。大通りでのやり取りであったため、道行く人々からは怪訝な視線を向けられ、チワに窘められるところまでがフードルらしかった。
一頻りのやりとりを済ませ、【シャーピー・アロウ】へ向かうフードルとチワを見送った。
「それでは僕もここで」
「待ってくれ。実は俺の野暮用というのはシバ、おまえに頼み事があってな」
踵を返そうとしたシバの足が止まる。
振り向いたその瞳にはたしかな困惑の色が浮かんでいた。
「頼み事、ですか?」
「ああ。おまえの家は薬屋を営んでいるとの話だったな? 用立てて欲しいものがあるんだ」
「薬ですか? わかりました、ではご一緒に」
一旦は納得がいったのかひとつ頷き、シバは先導するようにフードルたちが向かった先とは反対方向へ歩き出した。
その背中を追うようにして、ハルもまた足を前へと進めた。




