エピソード1 頁13
討ち果たされた粘体がその内に隠し持っていたものは、あまりに多岐に渡った。
その多くは錆びて原型を留めていなかったり、折れたり欠けたりして使い物にはならなさそうであったが、しかし一方で呑み込まれてさほど日が経っていないのか比較的保存状態の良い物も幾つかあった。
「この防具は呑み込まれたばかりのようだな。頭巾や外套はなんの変哲もない布製で、すでに腐蝕が始まっているが……手袋と長靴はそれなりに上等な革製だ。軽く洗浄すれば使えそうだな。ふむ――手袋はシバ、長靴はチワが使うと良いだろう」
しゃがみ込んで、戦果を物色していくハル。後ろから覗き込む四人にひとつひとつ持ち上げて見せていく。穴が開いた布製防具や錆びた金属製の棒状のなにか、湿気た木片、黒く変色した槍の穂先のようなもの――見るからに価値のなさそうなものは片端から横へ投げ捨てていく。その中で原型を留めていたふたつの防具を肩越しに差し出してくる。
それを受け取ったふたりは複雑そうな顔で摘まみ上げると、互いに顔を見合わせた。
「そう嫌そうな顔をするな。【暗黒地帯】内で魔物の体内に長時間滞留して無事だった装備や道具は、稀に不可思議な力を秘めていることがある。おまえたちのこれからの冒険を大いに助けてくれるかもしれんぞ?」
次々と持ち上げては、選別していくハルの手つきに迷いは一切ない。もしかしたら彼が幾つも持つ不可思議な道具の数々も、似た様な由縁のものたちなのかもしれないと、フードルは思った。
「この両刃剣はまだ使える。やや大ぶりだが、使い勝手はおそらくフードル――おまえが使っていた片手剣に近いだろう」
続いて差し出されたのは2.5フィートほどの丈幅の刀剣だ。特徴的な鍔の形状をしており、柄を握る手を保護するような役割を担えそうだ。
「これは……す、すごい……。なんというか、こんな立派な剣、ラルト伯爵様以外で持っている人を見たことがない、かも……」
「元の持ち主もそれなりの立場の人間だったのかもな。いずれにせよこんな魔物の体内や湿地帯で朽ちていくだけよりも、新たな持ち主の下で使われた方が剣にとっても良いだろう」
「い、いいんでしょうか……?」
「遠慮するな。しかし……手入れは必要だろう。帰還したら一度、街の鍛冶師に相談するといい。もしもアテがなければ、こちらでひとり安く見てくれそうな職人を紹介しよう」
「ありがとうございます!」
フードルは受け取った刀剣を手に持ち、掲げる。その刀身は魔物の体内に取り込まれてなお、研ぎ澄まされているように見える。不思議と手に馴染む感覚があり、まるでずっと使っていたかのような錯覚さえ覚える。
「ふむ、こいつは……」
冷刃に心を奪われていたフードルに背を向け、ハルは小さな宝珠を手に目を見開いていた。
なめらかな楕円に整えられた朱色の宝珠は、決して大きくはないが非常に精緻な加工をされており、それだけで十二分に目を惹くものがある。装飾品のあしらいとして用いればポンド金貨数十枚から下手すれば百数十枚という価値がつきそうだ。
しかしハルの目を奪ったのは、その内側に渦巻く奔流のような模様。嵐を前に層を成す厚い雲のように重なり、たなびくかのようなその模様は、一目でその宝珠の持つ特異な神秘を窺わせた。
「ライカ」
「あァ?」
「こいつはおまえが持ってろ」
ハルが投げた宝珠を器用に掴んだライカは、手元で鳴動するかの如き妖しき深紅の輝きを見て、眉を顰める。
「どういう風の吹き回しだ? 価値のあるモンならアンタがガメりゃいいじゃねーか。それともコイツはなんかしら曰く付きなのか?」
ライカの細くちいさな指で摘まんで持ち上げられた宝珠を、アーモンドのような吊り上がった瞳が見つめる。
その精緻な楕円の内は見る者を絡め取るように渦巻いており、ライカの胸裏をいたずらに騒がせる。――それは宝珠とは無関係に、出会ってからずっとハル・ヴァール・ヴィーダルに対して募らせていた根拠のない不信感が沸々と騒めくだけかもしれないが。
「これはおまえたちの『依頼』の内だ。そしておまえたちの装備を調達しにきての『結果』でもある。そいつは俺の見立てでは、有事の際に広く戦況を見渡して判断し動けるおまえが持つのがいいだろう。もし使い物にならなければ商会で売りさばくなり好きにすればいい」
「……そこまで言うなら。もう返さねーぞ」
「――いや、急に惜しく思えてきたな。やはり返してくれ」
「いやだね! もうアタシのもんだ、触んじゃねー!」
目を吊り上げ吠えるライカを前に、ハルは呆れ半分に微笑む。
戦果は上々に思えた。あとは一度アストリドへ帰還し、体勢を整えたら本題の”絹糸集め”だ。
ハルを含めた五人はそう思っていた。だが、霧深い地はそう容易くは来訪者を帰さない。その場にいる五人はまだ、霧がより深く立ち込め始めているのに気付いてはいなかった。
◇◆◇
【フォワードタグ】の道標を頼りに来た道を引き返し、【沼地】を離脱した五人は、復路にて――。
「……どうしたものか」
往路ですぐ横を通り過ぎた廃村の手前、村落道をしばらく行ったところで立ち往生していた。
枯れ木の根元で身を隠しながら前方を観察する。
最初に異変に気付いたのは、偵察のために先行するチワだった。
往路では周囲をはっきりと見渡せた場所が、同様の地点から一寸先も見えないほどに霧が深くなっていることに気付いたのだ。それをハルに伝えると、現在地が間もなく村落道に入ることを確認し、目立たないよう枯れ木の影へと身を寄せたのだった。
「たしかに、霧が深すぎて全然見えませんね……」
「でも、あとすこし行けば【街道沿い】だろ? 霧が深くても注意深く進めば大丈夫じゃないか? どっちかといえば、こんなところで立ち止まっている方がまずいような」
フードルの意見も一理ある。だがそれとは別に、経験則から言ってこういった際は想定外を考慮すべきというのがハルの判断だった。
「チワ。さらに先行して偵察を頼めるか? 村落道から街道に合流するまでの間に廃村があったはずだが――もしかすると、最悪な状況になっているかもしれん」
「はい!」
「……いや。やはり俺も一緒にいこう。フードル、先刻渡した【静寂の吹枝】はまだ持っているな?」
「もちろんです!」
「先ほどの吹き方はなかなか見事だった。あれなら半マイル*先でも聴こえるかもな。また何かあればすぐ吹いてくれ」
力強く頷くフードルの背中をひとつ叩くと、少し離れたところで待つチワを率いて、ハルはゆっくりと警戒しながら前進を始めた。
村落道はでこぼこした砂利道で雑草が繁茂しており、足場がよいとは世辞にも言えない。しかし先ほどまでぐずつく湿地帯を、即席の蓮製撥水長靴で歩き回っていたことを考えれば、確かな大地を踏みしめられる喜びに場所を弁えず小躍りし始めそうなほどだ。
小石が擦れる音にさえ用心しながら進むほど間もなく、往路では左手側に見えていた廃村が、今度は右手側に見えてくる。小さな風車の残骸が幾つか立ち並び、十数戸の簡素な建物が寂れている様子が見えていた。
往路と復路で決定的に違っていたのは、活気の有無。往路では動く者の気配が一切しなかった。しかし深霧のなかでも村の様子が見える位置まで近づいたハルとチワは、その村のなかを徘徊する複数の人影に気が付く。
霧のなかで生き延びた村人が残っていたのだろうか。日が頭上を過ぎ、傾き始めてから活動を開始したのだろうか。――否。
動き回るシルエットは、決して人間ではありえない悍ましい形状をしていた。
枯れ枝のような細く血管の浮き出た腕は見間違いでなければ、四本ある。
それぞれがその先端に鋭利な爪を持ち、指先は血とも泥ともつかない汚れがべったりとこびりついている。
脚は人間のようで二本、大地を踏みしめ自立していた。
頭部から肩と腰回りに襤褸を纏い、その隙間から覗くのはまさしく異形と呼ぶに相応しい形相。
頭部の中心には血走った眼が生者を求めてぎょろぎょろとあちこち動いてる。そのすぐ下には頭部を横に大きく裂く悍ましい亀裂が走り、涎にまみれたその口腔では何本にも枝分かれした管状の器官を備えた舌が蠢いている。
そして何より目を惹くのは、その胸部。
かろうじて掌に収まるほどの大きさの小袋のようなもの――それは本来生物の体内に収まるべき中枢器官。臓器と呼ばれる器官のなかで特に重要なそれは、一定の規律に従って不気味に拍動する血袋。――いわゆる心の臓が、あろうことかその胸部で、完全に露出する形で脈動していた。
異形はまるで人間が社会を形成するように、何体も群れを作るように集まっていた。
それぞれが管轄している区画をくまなく何かを探すかのように歩き回り、文字通り血眼になっている。
「”血啜りの殻”――それもなんて夥しい数だ」
そう呟くハルの顔を、チワはふと見上げる。
そこには、これまでどんなことが起きても、何が目前に現れても表情ひとつ変えずに対処してきた歴戦の強者然としたその強面に、たしかな焦りを微かに感じさせた。
頬を流れ顎を伝う一筋の汗を拭うのも忘れて周囲を観察するその様子が、チワに対して間接的に現在がどういった状況かを明白に理解させた。
「一匹二匹ならなんとかやり過ごせるかもしれないが……この数じゃ横を通り過ぎるのも危険すぎる。それに、あれを見ろ」
ハルが指差す先に、ひと際大柄な異形が座していた。
居並ぶ家屋のなかでも比較的大きな建物の、崩壊した屋上を根城のようにして座るその個体は、隆起した四本の腕に憐れな獲物を抱いていた。
「”牡鹿”……?」
「枝角が無惨に折られ、首はあられもない向きに折られてはいるが……間違いないだろう。ああなってはもはややつらの食糧だ」
"牡鹿"の生気を失った虚ろな双眸はチワたちを見つめている。その肩口に突き立てられた牙が皮を突き破り、噴き出した血が舌の先端で蠢く器官に吸い取られ、余すことなく怪物の体内へと取り込まれていく。
喉が上下し、嚥下するたびに胸部の中枢器官が深紅に輝き、妖しく鳴動する。
その光景は、まさしく血肉の饗宴。絶望的なまでに悍ましい捕食の様子は、チワに怖気とともに吐き気を催させた。
「状況は把握できた。速やかに三人と合流するぞ」
「……はい」
その場を離れる際に、チワは背後が気になって仕方がなかった。
今にも死角からあの蠢く舌先が首筋を這ってきそうで、背筋が粟立ってしまっていたのだ。
*1マイル…約1.6km




