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アストリド・フロントライン  作者: ことり
Episode 1."Silver-Line"

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18/30

エピソード1 頁13

 討ち果たされた粘体《ねんたい》がその内《うち》に隠し持っていたものは、あまりに多岐(たき)に渡った。


 その多くは錆《さ》びて原型を留(とど)めていなかったり、折れたり欠けたりして使い物にはならなさそうであったが、しかし一方で呑み込まれてさほど日が経っていないのか比較的保存状態の良い物も幾《いく》つかあった。


「この防具は呑み込まれたばかりのようだな。頭巾《フード》や外套《マント》はなんの変哲もない布製で、すでに腐蝕《ふしょく》が始まっているが……手袋《グローブ》と長靴《ブーツ》はそれなりに上等な革製だ。軽く洗浄すれば使えそうだな。ふむ――手袋《グローブ》はシバ、長靴《ブーツ》はチワが使うと良いだろう」


 しゃがみ込んで、戦果(せんか)を物色していくハル。後ろから覗き込む四人にひとつひとつ持ち上げて見せていく。穴が開いた布製防具や錆(さ)びた金属製の棒状のなにか、湿気《しけ》た木片、黒く変色した槍の穂先(ほさき)のようなもの――見るからに価値のなさそうなものは片端から横へ投げ捨てていく。その中で原型を留(とど)めていたふたつの防具を肩越しに差し出してくる。


 それを受け取ったふたりは複雑そうな顔で摘《つ》まみ上げると、互いに顔を見合わせた。


「そう嫌そうな顔をするな。【暗黒地帯】内で魔物の体内に長時間滞留(たいりゅう)して無事だった装備や道具は、稀《まれ》に不可思議な力を秘めていることがある。おまえたちのこれからの冒険を大いに助けてくれるかもしれんぞ?」


 次々と持ち上げては、選別していくハルの手つきに迷いは一切ない。もしかしたら彼が幾《いく》つも持つ不可思議な道具の数々も、似た様な由縁《ゆえん》のものたちなのかもしれないと、フードルは思った。


「この両刃剣《ブロードソード》はまだ使える。やや大ぶりだが、使い勝手はおそらくフードル――おまえが使っていた片手剣《ショートソード》に近いだろう」


 続いて差し出されたのは2.5フィートほどの丈幅《たけはば》の刀剣だ。特徴的な鍔《ガード》の形状をしており、柄《え》を握る手を保護するような役割を担えそうだ。


「これは……す、すごい……。なんというか、こんな立派な剣、ラルト伯爵(はくしゃく)様以外で持っている人を見たことがない、かも……」


「元の持ち主もそれなりの立場の人間だったのかもな。いずれにせよこんな魔物の体内や湿地帯で朽(く)ちていくだけよりも、新たな持ち主の下《もと》で使われた方が剣にとっても良いだろう」


「い、いいんでしょうか……?」


「遠慮するな。しかし……手入れは必要だろう。帰還したら一度、街の鍛冶師《かじし》に相談するといい。もしもアテがなければ、こちらでひとり安く見てくれそうな職人を紹介しよう」


「ありがとうございます!」


 フードルは受け取った刀剣を手に持ち、掲《かか》げる。その刀身は魔物の体内に取り込まれてなお、研ぎ澄まされているように見える。不思議と手に馴染(なじ)む感覚があり、まるでずっと使っていたかのような錯覚さえ覚える。


「ふむ、こいつは……」


 冷刃《れいじん》に心を奪われていたフードルに背を向け、ハルは小さな宝珠(ほうじゅ)を手に目を見開いていた。


 なめらかな楕円(だえん)に整えられた朱色《しゅいろ》の宝珠(ほうじゅ)は、決して大きくはないが非常に精緻《せいち》な加工をされており、それだけで十二分(じゅうにぶん)に目を惹《ひ》くものがある。装飾品《アクセサリー》のあしらいとして用いればポンド金貨数十枚から下手すれば百数十枚という価値がつきそうだ。


 しかしハルの目を奪ったのは、その内側に渦巻(うずま)く奔流《ほんりゅう》のような模様。嵐を前に層を成す厚い雲のように重なり、たなびくかのようなその模様は、一目(ひとめ)でその宝珠(ほうじゅ)の持つ特異な神秘(しんぴ)を窺(うかが)わせた。


「ライカ」


「あァ?」


「こいつはおまえが持ってろ」


 ハルが投げた宝珠(ほうじゅ)を器用に掴んだライカは、手元で鳴動するかの如(ごと)き妖(あや)しき深紅(しんく)の輝きを見て、眉を顰《ひそ》める。


「どういう風の吹き回しだ? 価値のあるモンならアンタがガメりゃいいじゃねーか。それともコイツはなんかしら曰く付きなのか?」


 ライカの細くちいさな指で摘《つ》まんで持ち上げられた宝珠(ほうじゅ)を、アーモンドのような吊り上がった瞳が見つめる。


 その精緻《せいち》な楕円の内は見る者を絡め取るように渦巻(うずま)いており、ライカの胸裏《きょうり》をいたずらに騒がせる。――それは宝珠(ほうじゅ)とは無関係に、出会ってからずっとハル・ヴァール・ヴィーダルに対して募《つの》らせていた根拠のない不信感が沸々(ふつふつ)と騒《ざわ》めくだけかもしれないが。


「これはおまえたちの『依頼』の内だ。そしておまえたちの装備を調達しにきての『結果』でもある。そいつは俺の見立てでは、有事の際に広く戦況を見渡して判断し動けるおまえが持つのがいいだろう。もし使い物にならなければ商会で売りさばくなり好きにすればいい」


「……そこまで言うなら。もう返さねーぞ」


「――いや、急に惜しく思えてきたな。やはり返してくれ」


「いやだね! もうアタシのもんだ、触んじゃねー!」


 目を吊り上げ吠えるライカを前に、ハルは呆れ半分に微笑む。


 戦果は上々に思えた。あとは一度アストリドへ帰還し、体勢を整えたら本題の”絹糸集め”だ。

 ハルを含めた五人はそう思っていた。だが、霧深い地はそう容易(たやす)くは来訪者を帰さない。その場にいる五人はまだ、霧がより深く立ち込め始めているのに気付いてはいなかった。


 ◇◆◇


 【フォワードタグ】の道標《みちしるべ》を頼りに来た道を引き返し、【沼地】を離脱した五人は、復路《ふくろ》にて――。


「……どうしたものか」


 往路《おうろ》ですぐ横を通り過ぎた廃村の手前、村落道《そんらくどう》をしばらく行ったところで立ち往生《おうじょう》していた。

 枯れ木の根元で身を隠しながら前方を観察する。


 最初に異変に気付いたのは、偵察のために先行するチワだった。

 往路(おうろ)では周囲をはっきりと見渡せた場所が、同様の地点から一寸先も見えないほどに霧が深くなっていることに気付いたのだ。それをハルに伝えると、現在地が間もなく村落道(そんらくどう)に入ることを確認し、目立たないよう枯れ木の影へと身を寄せたのだった。


「たしかに、霧が深すぎて全然見えませんね……」


「でも、あとすこし行けば【街道沿い】だろ? 霧が深くても注意深く進めば大丈夫じゃないか? どっちかといえば、こんなところで立ち止まっている方がまずいような」


 フードルの意見も一理ある。だがそれとは別に、経験則から言ってこういった際は想定外《イレギュラー》を考慮すべきというのがハルの判断だった。


「チワ。さらに先行して偵察を頼めるか? 村落道(そんらくどう)から街道に合流するまでの間に廃村があったはずだが――もしかすると、最悪な状況になっているかもしれん」


「はい!」


「……いや。やはり俺も一緒にいこう。フードル、先刻渡した【静寂《しじま》の吹枝《ふえ》】はまだ持っているな?」


「もちろんです!」


「先ほどの吹き方はなかなか見事だった。あれなら半マイル*先でも聴こえるかもな。また何かあればすぐ吹いてくれ」


 力強く頷くフードルの背中をひとつ叩くと、少し離れたところで待つチワを率いて、ハルはゆっくりと警戒しながら前進を始めた。


 村落道(そんらくどう)はでこぼこした砂利道(じゃりみち)で雑草が繁茂しており、足場がよいとは世辞(せじ)にも言えない。しかし先ほどまでぐずつく湿地帯を、即席の蓮《ロータス》製撥水(はっすい)長靴《ブーツ》で歩き回っていたことを考えれば、確かな大地を踏みしめられる喜びに場所を弁(わきま)えず小躍《こどり》りし始めそうなほどだ。


 小石が擦れる音にさえ用心しながら進むほど間もなく、往路(おうろ)では左手側に見えていた廃村が、今度は右手側に見えてくる。小さな風車の残骸(ざんがい)が幾(いく)つか立ち並び、十数戸《じゅうすうこ》の簡素な建物が寂《さび》れている様子が見えていた。


 往路(おうろ)と復路(ふくろ)で決定的に違っていたのは、活気の有無。往路(おうろ)では動く者の気配が一切しなかった。しかし深霧《しんむ》のなかでも村の様子が見える位置まで近づいたハルとチワは、その村のなかを徘徊(はいかい)する複数の人影に気が付く。


 霧のなかで生き延びた村人が残っていたのだろうか。日が頭上を過ぎ、傾き始めてから活動を開始したのだろうか。――否《いや》。


 動き回るシルエットは、決して人間ではありえない悍《おぞ》ましい形状をしていた。


 枯れ枝のような細く血管の浮き出た腕は見間違いでなければ、四本ある。

 それぞれがその先端に鋭利な爪を持ち、指先は血とも泥ともつかない汚れがべったりとこびりついている。

 脚は人間(ヒト)のようで二本、大地を踏みしめ自立していた。


 頭部から肩と腰回りに襤褸《ぼろ》を纏(まと)い、その隙間から覗くのはまさしく異形(いぎょう)と呼ぶに相応(ふさわ)しい形相《ぎょうそう》。

 頭部の中心には血走った眼《まなこ》が生者(せいじゃ)を求めてぎょろぎょろとあちこち動いてる。そのすぐ下には頭部を横に大きく裂く悍《おぞ》ましい亀裂(きれつ)が走り、涎《よだれ》にまみれたその口腔(こうくう)では何本にも枝分かれした管《くだ》状の器官を備えた舌が蠢《うごめ》いている。


 そして何より目を惹《ひ》くのは、その胸部。

 かろうじて掌《てのひら》に収まるほどの大きさの小袋のようなもの――それは本来生物の体内に収まるべき中枢器官(ちゅうすうきかん)。臓器(ぞうき)と呼ばれる器官(きかん)のなかで特に重要なそれは、一定の規律に従って不気味に拍動(はくどう)する血袋(ちぶくろ)。――いわゆる心の臓が、あろうことかその胸部で、完全に露出する形で脈動(みゃくどう)していた。


 異形(いぎょう)はまるで人間が社会を形成するように、何体も群れを作るように集まっていた。

 それぞれが管轄している区画をくまなく何かを探すかのように歩き回り、文字通り血眼(ちまなこ)になっている。


「”血啜りの殻(ストリゴイ)”――それもなんて夥《おびただ》しい数だ」


 そう呟くハルの顔を、チワはふと見上げる。

 そこには、これまでどんなことが起きても、何が目前(もくぜん)に現れても表情ひとつ変えずに対処してきた歴戦の強者然(ぜん)としたその強面《こわおもて》に、たしかな焦りを微(かす)かに感じさせた。

 頬《ほほ》を流れ顎《あご》を伝(つた)う一筋(ひとすじ)の汗を拭(ぬぐ)うのも忘れて周囲を観察するその様子が、チワに対して間接的に現在がどういった状況かを明白に理解させた。


「一匹二匹ならなんとかやり過ごせるかもしれないが……この数じゃ横を通り過ぎるのも危険すぎる。それに、あ(・)れ(・)を見ろ」


 ハルが指差す先に、ひと際大柄(おおがら)な異形(いぎょう)が座《ざ》していた。

 居並(いなら)ぶ家屋《かおく》のなかでも比較的大きな建物の、崩壊した屋上を根城(ねじろ)のようにして座るその個体は、隆起(りゅうき)した四本の腕《かいな》に憐(あわ)れな獲物(えもの)を抱《いだ》いていた。


「”牡鹿《ヘオロット》”……?」


「枝角《えだつの》が無惨に折られ、首はあられもない向きに折られてはいるが……間違いないだろう。ああなってはもはややつらの食糧(エサ)だ」


 "牡鹿(ヘオロット)"の生気を失った虚《うつ》ろな双眸《そうぼう》はチワたちを見つめている。その肩口に突き立てられた牙が皮を突き破り、噴(ふ)き出(だ)した血が舌の先端で蠢《うごめ》く器官(きかん)に吸い取られ、余すことなく怪物《ストリゴイ》の体内へと取り込まれていく。

 喉が上下し、嚥下《えんげ》するたびに胸部の中枢器官(ちゅうすうきかん)が深紅《しんく》に輝き、妖《あや》しく鳴動する。


 その光景は、まさしく血肉(けつにく)の饗宴《きょうえん》。絶望的なまでに悍《おぞ》ましい捕食の様子は、チワに怖気(おぞけ)とともに吐き気を催《もよお》させた。


「状況は把握できた。速やかに三人と合流するぞ」


「……はい」


 その場を離れる際に、チワは背後が気になって仕方がなかった。

 今にも死角からあの蠢《うごめ》く舌先が首筋を這(は)ってきそうで、背筋(せすじ)が粟立《あわだ》ってしまっていたのだ。




*1マイル…約1.6km


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