エピソード1 頁9
最前線の街アストリドには、東西に伸びる大通り沿いに主要な施設が揃っている。
大酒場、高級宿場、冒険者組合本部、大商会等々。一方で、小路にひとつ入れば、そこには様々な店や施設が千々として雑多に軒を連ねている。
個人経営の薬屋や武具屋、工房、食堂、骨董店、怪しい露天商や非合法な闇市なども場所によっては存在した。
フードルらと行動を共にするハル・ヴァール・ヴィーダルは、商会の息のかかったそれなりの規模の武具屋へと足を運んでいた。
「おまえたちの装備は前回の魔物との戦いで随分ガタがきていると聞いた」
「僕たち、といいますか……。主にフードルの装備がですね……」
ハルの言葉に対して応えたシバの言葉はかなり歯切れが悪い。一行の視線は自然とフードルへと集まった。
「フードル、おまえは普段どのような装備なんだ?」
「えーと。片手に盾、片手に振り回しやすい大きさの剣って感じ、なんですが……」
フードルもまたシバに倣うように歯切れが悪い。盾も剣も、しっかり手に馴染んだものというわけではなかった。剣は村を出る時に用意した安物だったし、盾にいたってはお手製だった。
口の中でもごもごと言葉を転がすフードルを横目に、ハルは棚や武具立てに飾られた売り物の剣を眺める。
「おまえくらいの体格だと刃幅が広く刃渡りの長過ぎないものが良いだろう」
ハルが手で示したあたりをひとしきり眺めて、フードルは短くうめいた。どうも値札を見て、懊悩しているようであった。
「ここに並んでいるものは品質的にはそこそこ、といったところだな。天下の【アグダ商会】が扱う商品だ、決して安くはないが品質は担保されている。――が、その様子を見るに、予算的に厳しいようだな。となると……”調達場所”は考える必要があるか」
歴とした商会で用立てできなければ、あとはおおっぴらにはできない”場所”――闇市などを想定するしかない。
ハルが顎に手を添え考えこんでいると、展示された商品を冷やかすのに飽きたのか、後頭部で両手を組んだライカがやってきた。
「『買えない』ってなら、アタシがちょっくら”用立て”てやろーか?」
その口ぶりに、ライカの至って変哲のない少女のようなナリで、実のところ裕福なのかと内心訝しむハルだったが、不敵に口の端を歪めるその不遜な様子を見るにつけどうやらそのような常識的な発言でもなさそうだと気付く。
同様に察しがついたのか、フードルも周囲を気にしながら慌てた様子でライカを諫めた。
「だっ、だめだ! こんなことでライカが危ないことをする必要なんてない」
「アタシがヘマ踏むって? ジョーダンだろ。こいつが余計なことでもしなきゃー、バレる方がムズいって」
ちらとハルを睨むライカの様子に、『こいつ』呼ばわりの当の本人は肩をすくめるしかなかった。依頼人と揉めてもメリットはないが、敵愾心剥き出しで接されるのも立つ瀬がない。
「とにかくだめ!」
「……ちぇ」
「お金のことなら僕も出すよ」
ふてくされた様子のライカの横にシバが並んだ。その手にはほのかに膨らんだ巾着を持っている。
「仲間のためだ。ちゃんとしたものを用意しなきゃね」
「それはありがたい、けど……それもだめだ」
「気にしないでよ。気が引けるって言うなら後で薬草採集でも付き合ってくれればいいよ」
「薬草採集くらい、友達なんだからいつでも付き合うさ。そのお金は、シバがじいちゃんに楽させるために貯めているお金だろ?」
「それは……」
言い淀むシバに頑として譲らない様子のフードルは、意地の光を瞳に宿している。
「仲間の手を汚させたり、お金を当て目にしたりするのは絶対にいやなんだ」
手を握りこみ、その拳を見つめながら一人ごちるフードルの様子を見て、腕を組んだハルは目を伏せ、喉元まで上がってきた野次とも賛辞ともつかない言葉をその胸中にしまい込んだ。――歳若いのに高潔なことだ、と。
その代わりでもないが、解決に向けて遅々として進んでいない話の本題へと舵を取り直すことにした。
「困った時に頼れるのも信頼できる仲間であるからこそ、だと思うがな。まあ、おまえたちの考え方はおまえたちだけのものだ。いま問題なのは装備をどうするか、だが――どうやら一筋縄ではいかないようだ。そこで俺に”妙案”がある」
◇◆◇
ハルの言う”妙案”に乗せられ、フードル一行とハルは装備もそのままに再び【暗黒地帯】へと赴いていた。
そんな一行が歩く風化しつつある街道は、元々行商が往来する、大陸の東西を結ぶ主要交通路だったものだ。
【暗黒大陸】は周辺国家のなかでもとりわけノルリス小王国が調査の急先鋒に立ち、その踏査のなかで様々な環境・地帯に区分けされてきた。
鬱蒼とした森林地帯・【ウシュト大森林】、立ち入る者を呑み込む陰鬱な沼地・【ダウザミール沼沢】、多くの冒険者が消息を絶った蒙霧の峡谷・【グレムセル狭】、【暗黒地帯】の中心であり濃霧に包まれし血錆の古戦場・【ガメルグルン】、かつての牧歌的で長閑な風景が失われた迷霧の荒れ野・【ショデスヴィッダ高地】などなど。
そのいずれもが例外なく危険な魔物が出没する危険地帯ではあったが、一方で【街道沿い】など魔物が比較的少ない立地もあった。
「実際、怪我の具合はどうなんだ? 話には聞いたが、使い物になるか?」
【街道沿い】を行進する一行。その体躯に負けないほど大きな荷物を背負ったハルは、おもむろに横を歩くフードルへ問いかけた。
その問いにフードルは左手を掲げるように少しだけ上げる。その細く引き締まった上腕には、痛ましく砕けた手甲の残骸とその下の包帯が巻かれた腕が見えた。
「一級品の薬屋で治療を受けられたからか、かなり具合は良いです。まだ少し痛みはするんですがなんとか」
「そうか」
強がっている可能性も考慮するが、憶測で過剰な配慮をしても栓無きことだ。ビジネスパートナーとして互いの利益のために助力は惜しまないつもりだが、余計な世話を焼くつもりはハルにはなかった。
「……ところでアレはなんなんだ?」
「あ、アレは……すみません。決して邪魔にはならないと思うので、好きにやらせてやってください」
呆れ気味に嘆息したハルが何を指して『アレ』と言っているのか理解しているフードルは、あまりの後ろめたさに内心で目をそらした。
件の『アレ』――薬師の青年シバは、少し進むたびにあちらこちらと身体をふらふらさせ、その場で屈みこんでは雑草を引っ掴んで引っこ抜いていた。次から次へと背負った薬籠に手際よく放り込んでいく。
彼が動き回るたび、風に乗って青臭い匂いが周囲を漂う。
不思議なことに、そんな奇行を繰り返していても、容赦なく行進する一行から離れることなくしっかりついてこれているところがまたハルにとって(そして比較的付き合いの長いフードルたちにとっても)理解の及ばないところだった。
「遅れさえしなければなんでもいい。ただ、【街道沿い】のような比較的安全な場所にも”狂叫の塊根”のような植物系の魔物や小ぶりな”地蝕の土竜”のような厄介な魔物がいることもある。なるべく面倒にならないよう気を付けてくれ」
「そのあたりは大丈夫かと。……以前、まさにそのマンドレイクに文字通り泡を食わされたことがあって。それから本人もずいぶんと懲りていたようなので」
「……その話を聞いて余計に心配になったぞ。どうも懲りているようには見えない」
怪訝そうな様子のハルの横顔を見上げ、フードルは「はは……」と乾いた苦笑を堪えきれなかった。前を行くふたりの様子を知らないシバだけが嬉々として野草採取に精を出していた。
「ところで、その……妙案、についてですが。――”現地調達”とおっしゃっていましたが、その」
「気になるか」
「は、はい。【暗黒地帯】で装備を整えるっていうのは、なんというか。実際どうするのか想像も及ばなくて」
フードルが想像力を最大限働かせて思い浮かべられたのは、子ども向けの冒険譚で語られるような秘境の奥地に伝説的な剣が大岩に突き刺さっているとか、その程度のものだった。もちろん、都合よくそんなものがあるとも思えない。
そんなフードルの疑問に答えるように、ハルが人差し指を立て、
「【暗黒地帯】が過酷な環境だからこそ生まれる”武器庫”が、これから向かう【沼地】にある。……品質は保証できないがな」




