エピソード1 頁8
夜が明け、フードルとチワはシバ・ライカと合流し、【オズワルド薬店】の裏手で昨夜の出来事を共有していた。
フードルとシバは勝手口横の壁に並んでもたれかかり、チワは石段に腰かけている。ライカはすぐ横の出窓の天辺に腰をかけ、足をぶらつかせていた。出窓は開け放たれており、室内で薬草や薬用素材を紐で縛って室内干しする作業中の店主マスティフ・オズワルドの姿が見える。
「なるほど……傭兵。聞いたことがあります。冒険者組合を通して依頼主から依頼を受ける冒険者、その冒険者から依頼を受けて同行する即席戦力」
シバは腕を組み、唸りながら「その手があったか」と呟いていた。フードルもその呟きに呼応して鷹揚に頷く。
それに対してライカの表情は大いに不服そうだ。
「よく知りもしねーやつと本当にヤレんのかよ? 命を預けなきゃなんねーかもしんねーんだ、アタシは反対だね」
「僕は賛成です。もちろん、これからその”伝説の傭兵”何某が本当に腕利きなのかを見定めてからにはなりますが。僕たちにいままさに不足している【暗黒地帯】での経験不足を補ってくれる戦力が増えるのなら」
「……チッ、ブツブツうっせーンだよ!」
「あダぁ!」
ライカの靴がシバの側頭部へと直撃、痛みに悶えシバはうずくまってしまう。いつものやりとりにチワは呆れ気味に笑いながら、「だいじょうぶ? シバくん」と声をかけている。
「盛り上がっているところ悪いんだがよ。本当にそんな凄腕の助っ人なら、こっちの方も当然かかるんじゃあねえか?」
孫たちが作戦会議しているところに、窓から腕と頭だけ出してマスティフ・オズワルド――先述の通りオズワルド薬店の店主であり、シバの祖父でもある――は人差し指と親指で輪っかを作った。要するに金銭的な報酬の話だろう。
「たっ、たしかに……。こういうのって、報酬後払いって可能なのか……?」
「昨日は全然そこまで気が付かなかったね。このあと冒険者組合本部にいったら聞かなきゃ」
「ちなみにそいつぁどんな風体のやつだったんだ?」
フードルが頭を抱えていると、マスティフの疑問が向けられる。フードルとチワは昨夜のことを思い返しながら、互いの印象を語り始めた。
「すげえ体格で、鍛え抜かれた身体だった。たとえるなら分厚い鉄板みたいな……。トマスさんとか、戦闘中のビョルンさんに近いかも」
「すっごいどっしりとしていて、おっきい木みたいな……?」
ふたりから思い思いに飛び出す感想を横目に、マスティフは思案顔で白髪まじりの髭をふさりと撫でた。
「……”伝説の傭兵”、か」
「お祖父ちゃん、知ってるのかい?」
「さあな。とかくすげえ冒険者やら傭兵やらはこの街にゃ多すぎる。ツラでも拝めりゃ、見覚えのある顔だったりするかもな」
マスティフの呟きになにやら含みを感じたシバだったが、問いかけてもはぐらかされてしまい、肩をすくめた。
「考えても埒が明かない。みんな準備はいいか? あの人が待つ組合本部にいくぞ……!」
◇◆◇
――冒険者組合。その歴史は深く、ノルリスにおける冒険者の歴史と共に歩んできた組織だ。
かつて【暗黒地帯】が広がりを見せ始め、ノルリスの大地をも蝕もうとしている事実に気づいた勇士たちは、アストリドを最前線と定め、防衛線を張ると共に【暗黒地帯】の調査へと乗り出した。その勇士たちが後に築いた組織こそが冒険者組合だった。
近隣に派遣されていた憲兵団、地元のあらくれ、【暗黒地帯】に呑み込まれた故郷から命からがら逃れてきた者たち……様々な出自の者たちが肩を並べて、身命を賭して築き上げた礎のうえに今日のアストリドがあった。
冒険者組合はその敷居をまたぐと、正面に大きなカウンターが見える。
様々な事情を抱え冒険者になろうと志す者や、逆に冒険者を引退しようとする者が立ち寄る場所だ。
その端には依頼の確認窓口や依頼掲出ボードなども兼ね備えている。
瀟洒な内装のフロアは奥まっており、奥へ入っていくと手入れの行き届いた上等そうな革張りのソファと木目調の卓がある。
冒険者同士、あるいは冒険者と依頼人の会合・歓談スペースだ。
フードルたちが奥まったスペースを覗き込むと、何席か埋まったその最奥に、昨夜見た大きな背中が見えた。
四人は顔を見合わせ、頷くとその席まで真っ直ぐ向かった。
「来たか」
昨夜と同じ素振りでその大柄な男は四人の姿を認めると、顎をしゃくって対面の席へ座るよう促した。
四人と向かい合うその男は、前日同様巌のような無表情で、フードルたちを順番に見回した。
「勢ぞろいのようだな。改めて自己紹介しよう。俺の名前はハル・ヴァール・ヴィーダル。雇われで冒険者の片棒を担ぐ生業をやっている。おまえらの意向次第で、今回のビジネスパートナーとなる」
「ハル・ヴァール・ヴィーダル……」
「……聞いたことはありませんね」
思わず口を突いて出たフードルの呟きに、シバの返答が囁かれた。
フードルに耳打ちした程度の声量だったが、対面の相手にもしっかりと聞こえていたのか、
「おまえたち冒険者と違って、名誉や栄光とは程遠い存在だからな」
「す、すみません。そのようなつもりで言ったわけでは」
「気にしないさ。ただの事実だ」
男――ハル・ヴァール・ヴィーダルは実際気に掛ける素振りも見せずに、懐から一枚の羊皮紙を取り出し、四人の眼前に広げた。
「こちらから提示する条件はこれに記載の通りだ」
使い古された羊皮紙の表面には黒いインクが滲み、文字が綴られ文章を成している。
フードルはそれを矯めつ眇めつ上に下に眺めまわしたはいいものの、簡単な部分しか理解できなかった。この時ほど文字の読み書きが満足にできないことを恥ずかしく思ったことはなかったであろう。
やがてお手上げという風に顔を顰めて、隣から覗き込むシバへ羊皮紙を手渡し、「読み上げてくれ」と頼み入った。
「どれどれ……。『ひとつ、当方は貴方の受任した依頼に同行し、これを助ける役割を担うものである。その期間に関しては原則依頼単位とする――』」
曰く。傭兵として、依頼の達成を助ける。
曰く。自主的に働き、状況によって雑務もこなす。
曰く。戦闘に関しては与えられた役割を果たすが、過度な期待は厳禁。足手まといになるようなら見捨てろ。
曰く。報酬は依頼達成時の報酬から受け取る。分け前は相談で決める。
読み上げられた文面は持って回った言い回しが多く、フードルには内容を理解するだけでも苦労したが、勘違いでなければそのような内容に聞こえた。
その内容は、あまりに。あまりにも――。
「ンだそりゃ。都合よすぎだろ。こっちに、よ」
フードルの胸中に芽生えていた疑問を言葉にして出したのは、この場の誰より偉そうにふんぞり返って脚を組んだライカだった。
あまりにも唐突で歯に衣着せぬ物言いに、フードルはもちろんチワもシバも、誰もライカを止めることができなかった。
「なにを企んでる? ガキ四人くらいならうまいこと騙くらかして身ぐるみ剥いでやろうってか? それともこの後お仲間でも出てくるのかな?」
見るからに敵意剥き出しでハルを睨めつけるライカ。
フードルはなんと言って止めていいやら考えあぐねていると、敵意をぶつけられた本人が間髪入れずに応酬した。
「冒険者組合の膝元で、”ヴォクテル憲兵団”も目を光らせている街中でか? そんな愚かなことをして俺になんのメリットがある? 用心深いことは良いことだが、少しは考えてから発言しろ」
そう言い返されて、顔には出さずにやり過ごしてはいたが、見るからにライカは口を噤んでいた。
普段はシバ相手であれば言いくるめられそうになっても悪態だけは吐くのを忘れないライカだったが、さすがに初めて会ったばかりの相手に正論で返されて逆上するような真似はしないだけの良識はあるようだった。
「別に、おまえたちが訝しむ分には勝手にするといい。約款に同意できないようであれば残念だがこの話はナシだ。だが逆に、疑問に思うこともあろうがこの内容を呑み込めるというのなら、俺はおまえたちの力になろう」
ハルは抑揚もなくただ事実を述べるような平坦な口調で、そう言い切った。
それに対してフードルの頭のなかは、ぐるぐると思考が渦を巻いて寄せては返していた。
願ってもいない内容。しかし、ライカの言う通り「なぜ?」という思いが消えない。
一分にも一時間にも感じられた沈黙のなかで、フードルの腕を横からつつく白い指が視界の隅で踊る。
「……フードルが、こうだ、と思うようにしたらいいよ」
幼馴染の、耳に心地よい声音。いつも、フードルが迷うときはそうやって、背中を押してくれた声だ。
視線を横に向けなくてもわかる。またいつものように、目が合うとくしゃっと笑うに違いない。
ちらとシバの方に目を向けると、穏やかな笑みでこちらを見ていた。その向こうでライカはそっぽを向いていた。
どうすべきか、悩んでいるのは自分だけみたいだ。フードルはまた少しだけ恥ずかしさに頬が熱を帯びるのを感じながら、改めて正面に座る男の顔を見上げた。
『――わかっています。無茶なのも無謀なのも。それがどれだけ困難なことなのかも。だけど……それは困難であっても、不可能じゃないとそう思っています』
『――困難は、不可能ではない、か。なるほど、それがおまえの答えだな』
不意に、昨夜のやりとりが思い出された。あの時、ハルはその無表情を崩し、すこしだけ満足そうに笑っていた。
それは嘲笑や冷笑などではない。フードルにとっては、自分の生意気な意見を認めてもらえたようなそんな感覚さえ覚える純粋な微笑みだった。
その感覚を、フードルは信じることにした。
「お願いします。ヴィーダルさん。オレたちに力を貸してください!」
ごち、と。下げた頭がテーブルにぶつかる。いまは額に広がる冷たささえ忘れて、目の前の力を貸してくれる人物へ誠意を見せたかった。
「契約成立だな」
深く響くその声は、フードルの耳朶を心地よく打った。




