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修は彼女の肉体的な接触にどのような意図があったのかを考えた。あの行為わざとじゃないとは考えにくかった。彼女が自身に好意的な感情を抱いているだろうか、なんとなく、それはないような気がした。ただ、悪い感情を向けられていないことも事実のようであるように思われた。
彼女の柔さや匂いが自身に粘着し、その感触は拭ってみても剥がれ落ちなかった。未だに彼女の肉に触れているような感覚だけが残っていた。それが表面からじわじわと修の中に侵食していくようだった。
俺が美人だと言ったからだろうか。しかし、そんな単純な性格をしているようにも思えないけどなぁ。
彼女の本意はどこにあるのだろうか? 自身に向けられていればこの上ない喜びだ。しかしどうだろう、あの不良に対するカードとして利用価値があると判断してのことだろうか。そうだとすれば、なんとしてでも彼女の気持ちに応えたかった。それとも、彼女は罪悪感から自身の肉体を使って自身に懺悔しているのではないか? 修は最終的にこの結論に辿り着いた。
「はい、これ。本当にごめんね」
会計を済ませてビニール袋を手渡した。弁償という形であれ、葵から形のある物を受け取るのは特別のように感じて嬉しかった。
「ありがとう。大事にするよ」震える手で受け取った。なかなか合わせられなかった視線をようやく合わせた。
葵は頷いた。彼女もまだ少し頬が紅潮していた。修は葵とのつながりをもっと強固なものにしたいと思う欲求が強く渦巻いていた。このまま、はいさようならと、葵と別れて互いの帰路に着くのはあまりに残酷で悲しい気がした。もっと彼女の側に居たい、もっとその笑顔を見ていたい、もっと話をしたい。そして同じことを葵も願っていてほしいと……。
「……室生さんって通学に電車使ってる?」
「使ってるけど、なんで?」
「……駅まで一緒に帰っていいかな?」葵の迷惑になるかもしれないと考えたが、ありもしない好意で自身をその気にさせたのだから、彼女にもその責任の一端はあると考えた。弱みに付け入るようで不本意だが、本当に嫌なら断るはずだろう。
「……うん、いいよ」眼を逸らして小さく頷いた。
二人は並んで歩いた。
修は葵に対して逢瀬の申し込みをしようと心に決めて、思い悩んだ。年頃の女子と遊びに出掛けた経験などなく、更には葵の趣味や嗜好も今日初めてその表面に触れたばかりだった。しかし修は、なんとなく気が合うのではないかと淡い希望を抱いていた。
修が必死に思い悩み、苦悩している傍ら葵は黙って俯いて歩いていた。彼女にも彼女にしか知り得ない苦悩があった。
「……室生さんは、他にも趣味はあるの? 音楽とか絵を観たりとか」
「絵ではないんだけど、最近彫刻を観に行って凄い面白かったなぁって」葵は携帯を取り出して写真を見せた。
「へえ、面白いね。これは木材なの?」誰と観に行ったんだろうか。この前の一緒に下校していた友達とだろうか。不安になった。
「そう、楠なんだって」
「SFというかファンタジーというか、面白い世界観だね」
「それで結構大きくてね、実際に見ると迫力もあって訴えかけてくるものがあるんだよね」
「今度さあ、そういう展示に一緒に行きたいなって思ってるんだけど……ダメかな?」緊張して上擦った声が出た。それが自分のものだとはとても思えなかった。
「えっ……」修に見せていた携帯の画面は下がり、呆気に取られているようだった。
「嫌だったら聞かなかったことにして」震える声でそのまま続けて言った。
葵は何もなかったかのように黙って携帯に向き直り操作し始めた。修の心はズタズタに引き裂かれたようだった。血の気が引き、足取りは岩を繋がれたように重くなった。葵は修のことなど気にせずに携帯を操作し続けている。
そりゃあ、そうだよな。いきなり過ぎたか……。いや、そんな話じゃないな。俺は後先考えずに行動する性癖があるなぁ。こんな奇妙な関係性でどうにか成り立っているだけなんだ、どう考えたって、普通なら俺たちが釣り合うような訳がないのに……。
二人は二、三分ほど並んで歩いた。葵はふと携帯の画面を修に向けた。そこには来月の日付と彫刻作品の展示の内容のポスターが表示されていた。
「今度、ちょっと遠いんだけど彫刻の展示があって」葵は嬉しそうに言った。
「へえ、それも面白そうだね。よかったら観てきた感想聞かせてよ」声には一切の抑揚がなかった。
「……え? 一緒に行くんじゃないの?」眉を顰めて困ったような表情をした。
「一緒に行ってくれるの?」
「誘われたと思ってたんだけど……私は」困惑から眼は泳いでいた。
「あぁ、何も言ってくれないから断られたと思ってさ」
「ご、ごめんなさい。そういえば展示あったなって反射的に調べちゃった」その切れ長の瞳を大きく広げ、片手で口元を隠した。
「そっかぁ、よかったぁ。血の気が引いたよ、一瞬で」
「ごめんね、ホントに」笑いながら大袈裟に肩を落として見せる修の背中を撫でて言った。
「室生さんと観に行けるなんて本当に嬉しいよ。ありがとう」
「うん、私も楽しみ。この人の作品は繊細で美しいから京谷くんも楽しめると思うよ」
あくまで作品が楽しみってことかな。なんて、修は自分を嘲笑った。オマケだとしても一緒に観に行けることには変わらないんだ。別にいいじゃねえか、と。
二人はその日の計画をざっくりと話し合いながら駅に向かった。何時の電車に乗って特急電車に乗り換えるだとか、美術館の近くにある洋食屋が美味しいと有名だからここで食事をしようなど、舵を取っていたのは葵であり、修は次々に決まってゆく自身の幸福な未来の味を先に味わっていた。
「じゃあね、また明日。送ってくれてありがとう」胸の前で小さく手を振った。
「あぁ、また明日」手を上げて応えた。
また明日……修にはどれだけ甘美な言葉に聞こえただろうか。その声は頭の中で何度の反復されていた。踊る心持ちで孤児院へ帰った。




