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二人は学生用の洋品店へ入った。
部屋は古めかしく昭和の香りが未だに残っているようで、トルソーには学生服とセーラー服が着せられていて、更には今はもう誰も被っていない学生帽が斜めにトルソーの頭に被せられていた。
店主の傘寿は超えているであろう老婆は、大谷の活躍を眺めながら時間の流れが異なるかのようにゆっくりと二人に向き直った。
「いらっしゃい」嗄れた声は案外はっきりとしていた。
「上履きを買いにきたんで、試着させてもらっていいですか?」葵は柔らかい声で尋ねた。
店主の女性が静かに指を差した先には上履きの見本がサイズごとにずらりと並んでいた。そして座ってくださいと言わんばかりの古びた鉄パイプの椅子が置いてあった。
「一応二十六から履いてみる?」葵は背伸びして手を伸ばして言った。
「そうだね、一応」
修は椅子に腰を下ろして葵から上履きを受け取ろうとしたが葵はそれを渡さずに、修の目の前に屈んだ。それから修のコインローファーに手を伸ばした。
「いいよ、自分でやるって」焦って制止した。
「いいの、やらせて」上目遣いでじっと見つめた。
修は何も言えなかった。
葵は修の足首を掴んでローファーを脱がせ、上履きに履き替えさせた。修は言葉にならない胸のざわめきを感じながら、その楚々とした葵の仕草を上から眺めていた。
跪かせ、靴を履き替えさせる。修はしてはいけないようなことをしている気分だった。邪なことを考えないように視線を逸らしてみても、自身の意思に反してすぐに引き寄せられて効果はなかった。
葵の手は小さく柔らかく繊細で温かい熱が伝わってきた。その手は修から離れた後も、感触を残していった。修は心臓まで掴まれているような心持ちだった。手を伸ばして頬か髪にでも触れてみたかった。彼女はきっとその表情をいつにも増して強張らせながら、罪悪感から黙ってされるがままにするだろう。修はゆっくり手を伸ばした。
「ちょっと立ってみて」ふと顔を上げた。
「……はい」どうしようもない罪悪感に駆られた。
修は言われた通り立ち上がり、自身の気が動転していることを自覚した。罪悪感という相手の弱みに漬け込んで彼女を好き勝手にしようとするのは、アイツらと変わりやしないじゃないか。
「やっぱりギチギチだね。もう一個上のサイズ履いてみよっか。痛いでしょ」
「ちょっとね」
「じゃあもう一回座って」
「はい」
葵はもう一度修の上履きを脱がせて立ち上がり、その見本の上履きを元の棚に戻そうとした。修が座ってる後ろに棚があり、葵は修の横に立って棚に手を伸ばした。すると葵の身体が修へ密着し、修は顔を逸らしたが濃く甘い香りは修を包み込んだ。修はクラクラした。退こうかと思ったが、葵は修の肩に捕まっており、動くこともままならなかった。ようやく一つ大きなサイズを持ってきて跪いた。
「やっぱり、すごい申し訳ないよ。なんか悪いことをしてる気分だ」
「じゃあ申し訳なく思っておいて」揶揄うように微笑みながら、修の腿の上に手を置いた。
葵は修の腿の付け根をすりすりと優しく撫でた。修はそのくすぐったい快楽を味わった。思考は快楽に奪われ、彼女の手がもう少し横にずれてくれたらどうなってしまうのだろう。と、その手の行く末をジッと見詰めていた。彼女は一体何を考えているのだろうと、拙い思考は結果を出さなかった。ただ、脳は痺れ、熱と血液が一箇所に集まってゆく感覚を人生の中で最もはっきりと感じていた。
ようやく葵の手は離れ、サイズの大きい靴を履かされたが、修はそれどころではなかった。
「じゃあ立ってみて」
「これ、サイズ丁度いいから大丈夫だよ」
「でも立ってみないと足下に体重が掛からないから、一回立ってみて」
立ってって言われてもなあ。
修は既に立ち上がっていたのだった。彼女の視線は修を急かした。こんな哀れな姿を見られたら一体どんなふうに思われるだろうか。
「ねえ、早く」
葵に急かされて仕方なく立ち上がった。葵は下を見ていたために修の異変には気が付かなかった。気付かれないうちにちょっとでも目立たないように移動させようとも思ったが、いじっている時に顔を上げられるのが一番の悪手のように思われた。修は漢の仁王立ちでやり過ごすことにした。この失態は完全に自分だけの責任とは言えず、目の前の葵にだってその一端を担って貰わなければならないのだから。
「丁度いいみたいだけど、また大きなくなるかもしれないからもう一つ上のサイズも履いてみる?」葵は顔を上げ、数秒の沈黙のあと顔を紅潮させて再び俯いた。修も耐え難く椅子に座った。
それから修の返事も聞かずに上履きを脱がせて立ち上がり修に密着する形で棚に上履きを戻した。先ほどよりも更に身体を押し当てた。修は葵の小さくともしっかりと膨らみがある控えめな胸の柔らかさを確かに頭で感じた。一概に肉といえどこんなにも違いがあるものかと修は思った。そのまま抱きしめて葵の全ての肉を堪能し味わい尽くしたいと願った。彼女の肉体と精神に腹の中で渦巻いているあらゆる欲望、肉欲を吐き出して、それを彼女が受け入れてくれるのならば、自分の貶められた心を癒すことができるのだろうか。この細く脆そうな身体を押し倒し、丸眼鏡の奥で潤む瞳などは気にせず、紺色のセーラー服を無理矢理脱がせ、彼女はきっと声も上げないだろう。黙って睨みつけるだけだ。そして彼女を穢して自分の欲望を好きかってに満たす。その眼に涙を浮かべながら、口を固く閉ざしている。こんなことをいくら考えたって意味がない。自ら傷つけるだけだ。ただもしも、彼女が両手を広げて修を慈愛を持って抱き寄せ、頭と頬を撫でるように優しく触れ、接吻を持って信頼を示し、繋がることを彼女から求めてくれるのなら修はそのために全て投げ打ってでも後悔しないだろう。
「あっ、ごめんね。ちょっと高いところにあって」申し訳なさそうに言った。下の棚には女子用の小さいサイズの上履きが並び、男子生徒用のはさらにその上にあった。
「大丈夫だよ」嘘をついた。
支えるという体裁で本当に腰に手を回そうか、いや流石に露骨すぎるか……。あぁ頭がどうにかなっちまいそうだ。
それからもう一つ大きいサイズの上履きを履かせた。例の通り修は立ち上がり、サイズを確認した。
「……大丈夫そうだね、こっちにしておく?」顔を上げてからの視線を今度は逸らすことなく、一箇所に集めていた。「サイズがまだ大きくなるかもしれないしね」何か違う意味を含んでいるようだった。
「……そうしようかな」修はその視線に気がついて、逃げ出したいような思いだった。
「じゃあ、お会計済ませてくるね」
恥ずかしさを誤魔化すような軽やかさで覆われた言葉と共に、店主の老婆の方へ上履きを持って歩いた。修はその後ろ姿を邪な気持ちを持って凝視した。やめようと思ってもやめられなかった。




