5
修は校舎のトイレの小窓から外の景色を監視していた。ちょうどその小窓からは校門と裏門の両方が見える位置にあった。
修はあの眩い笑顔を思い浮かべながら、トイレの中で悪辣な連中が出てくるのを待ち構えていた。
最初に出てきたのは葵だった。しかしあの下品で下劣な二人組を連れているわけではなく、普通の友達と帰宅しているようだった。
室生さんにもあんなに笑顔で話せる友達がいるんだな。と、修は少しホッとした。しかしそれと同時に自身に向けられた笑顔が緊張して硬直した笑顔なこともわかった。そりゃあ、当然だろ。殆ど初対面の男でしかもこんなに歪んだ関係なんだから。むしろ、心からの笑顔をそんな簡単に向ける方がおかしいだろ。そう自分を慰め納得させた。いつかはその笑顔が自分に向けられるようになればいいなと淡い希望を抱きながら。
そして次に現れたのはリーダー格の楓だった。彼女も違う友人と共に一緒に帰宅していた。やはり楓も輝かしい笑顔を持って級友たちと接していた。修はつい見惚れてしまった。彼女の美しさはその均整にあると言えただろう。パーツの一つをとって美しい人は数多くいても、福笑い同様それが正しく配置されていなければ意味がなかった。そういう意味で言えば、彼女のここが特段美しいと言い切ることは難しかったが、百人に聞いても百人が彼女を美しいと答えるであろうことは明白だった。そして肩まで伸ばした髪を後ろで一つに纏めている。その髪型がよく似合い、彼女をもう一段高い、何か崇高じみた段階へ格をあげさせていた。それだけでなく、身体の均整も取れていて身長も高く、都会に行けばその日の内にモデルかアイドルか何かにでもなれただろう。修は目で追い続けてハッと我に帰り目的を思い出した。
抜け目のなさそうな女だ。そう簡単にボロを出す性格じゃないだろう。狙うのはまだ今じゃなくていい。でも、それにしたって美人だな。おまけに特進クラスで頭もいいときた、にも関わらずどうして自分の価値を貶めるようなことをするんだろうな。彼女は知的そうだし、脅すことだって脅される条件になるのはわかってるはずだ。それとも、俺が直接脅しに行くか? でもあんまり意味はないだろうな。彼女が一人でやってるならそれでも良さそうだが、問題はあの男だろうな。頭の悪い男はなにをしでかすかわからない。あいつを懲らしめるだけなら簡単でいくらでもやりようはあるが、今回の肝は室生さんを救うこと、あいつらを脅せるだけの材料を揃えてから相対する。それが俺の悪い頭で考えられる最善手だが、もっといい手はないものか。警察は……やっぱりダメだろうな。室生さんが脅されて悪事に加担でもさせられてたら、きっとそれも発覚してしまうだろう。いっそ……いっそあいつらを一箇所に集めて殺してしまうか……。できないことを考えても意味はないな。
それから一時間ほど経つとタクヤと結衣が一緒に裏門から歩いてきた。結衣はタクヤの腕を組み甘えた様子だった。
なるほど、お前らはそういう関係ね。だいぶやりやすくなったかもな。トイレから出て廊下の窓から外に出てすぐに後を追った。二人は学校から歩いて十分ほど離れた廃工場の跡地に入って行った。中に入っていく二人を追いかけるか迷い、今回はとりあえず茂みに隠れて様子を見ることにした。結果その判断は功を奏した。ぶろろとエンジンが始動する音が鳴り響いた。修は携帯を構えて撮影の準備をした。二人は小型のスクーターに二人乗りしてすぐに出て行った。茂みに隠れてその二人を撮影した。
二人は着替えていたので制服から学校を特定することも難しかったし、顔も明瞭ではなかった。
バイクの免許の取得は校則で禁じられているが、精々停学ってところだろうな。あまり有利な交渉材料にはなりそうもないな。
修は茂みから出てきてその廃工場に近づいて行った。そこが奴らの溜まり場となっている可能性を疑ったからだ。
監視カメラとかももしかしたら仕掛けてるかもな。
修は着替えてパーカーを深く被りマスクをしてその工場に入ろうとした。しかしその門扉の貫禄には似合わない新しい南京錠で施錠されていた。
やっぱり、あいつらがやったのか。
ゆっくり外周を見渡した。廃工場の周りには大したものはなく、空き地が広がっているだけだった。少し離れたところに他の工場があるくらいで寂れていた。そしてその工場はブロックの外壁で覆われていて、外からは中が見辛くなっていた。外壁の内側は廃工場そのものであったり、ここを溜まり場にすれば人通りもなく、周りからも見えないため奴らにとっていい条件が揃っているように感じられた。
外周を回っている時、少し高い場所に小窓を発見した。流石にジャンプしてみても手が届かなかったので、投げ捨てられていた五段脚立を用意してその中をのぞいた。監視カメラと呼べるようなものはなかった。それもそうだろう、既に電気も通っていないのだから。
電池で動くのを準備しておくか? それも面倒だろう。行くしかないか……。
小窓には鍵がかかってなく、簡単に開いた。入るのはいいが、出る時はどうしようか。そんなことを考えながら窓を覗いた。修の考えは当たっていて、その工場は古臭い建物ではあったが、中は案外綺麗にされて低く長いテーブルとパイプ椅子、古いソファには流石に躊躇われたのか新しい布がかけられてあった。
入るのはいいが出る時に痕跡を残さずにするのが難しいと感じた。もう一度歩き回って何か落ちてないかを探した。太く長いワイヤーロープが落ちていた。修は手に取って確かめた。強度も長さも十分だった。
修は小窓の近くにある柱にワイヤーロープをがっしりと巻きつけ、それを小窓の中へ放り込んだ。これを登ってくれば帰ってこられるという魂胆である。
修は脚立を登って小窓から工場へ闖入した。それから主に屯されるために使われているであろう、低いテーブルへと足を運んだ。
テーブルには灰皿が置いてあり、それは三人掛けソファの真ん中の席の前にあった。
あの不良が偉そうに座って、ここで煙草を吸っているのか。
それから一箇所に集められたアルコール飲料の空き缶や、ライターやそのオイル、電気がないために使っているであろう蝋燭や、ランタン型の照明などが置いてあった。
それらを一応写真で証拠として残しながら、机の下を確認した。
物々しい黒く小さい箱が蹲っていた。修はそれを引き抜き蓋を開けた。
現れたのは大量のアダルトグッズであった。男性向け女性向け問わず、どちらも幅広く入っていた。そのほかにもコスプレの衣装や手錠や足枷などの拘束具も入っていた。
もしかしてたら室生さんも……
考えるとゾッとしてすぐに怒りが込み上げてきた。それを撮影でもしてさらに脅しの道具として使っているとしたら……。一般的な考えを持った人間なら、それじゃあ脅しにならないだろう。自らの罪も作っているようなものなのだから。そう言いたくなるところだろうが、修の最も身近な人物が愚かな人間はそんなことを考えられないと証明していた。すなわちそれは修の父親だった。
憎む父親とその血を引く自分と、あの不良男が重なって見えてドロドロに溶けて合わさっていくような感覚があった。
修は箱を元の場所に戻し、ワイヤーロープを伝って脱出した。
修はまだ決まったわけじゃない。と自分に言い聞かせながらも、自身が別人であるような憤怒を覚えてその工場から立ち去った。




