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修は昼休みに昼食を食べようと鞄から弁当を取り出した。
「ねえ、ほら、あの子がやったんだよ。朝に来て」隣の女生徒が窓を指さして修に言った。
修は言葉が出なかった。窓の外には葵がちょこんと佇んでいた。そして普通クラスの男どもは可愛い女を放って置かないようで、三人の男に囲まれて一方的に話しかけられていた。
多分、俺に用があって来たんだよな。自惚れ過ぎか? これで行ってみて全然違ったら恥ずかしいじゃ済まないな。いやでも、こんなとこに普段来てなかったよな。
「行ってみたら、京谷に会いに来たんじゃないの?」
隣からそう聞こえて、席を立った。困惑していた葵も席を立って自分の方へ向かってくる修を見て、男の間を割って出て、修の方へ歩いた。
「なんだよ、京谷の知り合いか」葵を囲っていた男の一人が投げ捨てるように言った。
「まあ、一応ね」
「なんか弱みでも握ってんのか?」三人で笑っていた。
京谷は冗談めかして人差し指を口の前に立て、図星だから黙っとけというようなジェスチャーをした。三人は肩をすくめて教室へ戻った。
「どうしたの?」優しくたずねた。
「……あの、ちょっとここじゃあ」言いながら教室の中に視線をやった。
教室の殆どが二人のことを奇異の目で注視していた。
「そうだね、ちょっと場所を移そうか」
「お昼ご飯ってどうしてる? もう食べた?」
「弁当を持って来ててまだ食べてないよ」
「じゃあ、それも持って来たほうがいいかも」要領を得ない言い方であった。
修は頷いて教室へ入って弁当を取った。
昼飯に誘われてるってことでいいんだよな……あの子も弁当箱を持ってたし。もしかして、その間にあいつらが来て毒でも仕込むのか? 流石にそれはないか……。考えはやまなかった。
「おいおい、そういう関係かよ」さっきの連中が大きい声で騒いでいたが、修は急いで教室を出た。
「中庭でいい?」葵は尋ね、修は頷いた。
「……ごめんね」階段を降りながら、震える声で呟いた。
「仕方ないよ。脅されてやったんだろう?」努めて憐憫を込めた。
葵はゆっくり小さく頷いた。
「俺は本当に君のことを助けたいと思っているんだ。どんな手段を取ってでもね」自分で言ってよく赤面もせずにこんなことが言えたな。と、不思議に思った。しかし恥ずかしさとは裏腹に彼女はただ黙っていた。「俺なんかじゃ、頼りないかもしれないけどさ」
「ううん、ありがとう。でも、無理はしないでね」まだ声は震えていた。
「あぁ」
二人は階段を降りて中庭に出た。葵は日陰になっているベンチに座り、修も逡巡してから隣に座った。
「それで、やっぱりなんかあったの?」修は彼女の身を案じて深刻そうに尋ねた。
「あ、えっと、一緒にお昼ご飯食べようと思って……迷惑だった?」申し訳なさそうに。
「そんなことないって、凄い嬉しいよ。ありがとう」
彼女の優しさに触れ、修は本気で戦わねばならないと、再び決意した。
二人は静かに食事をし始めた。修は何を話していいのかわからなかった。年頃の女の子に対して気の利いた話題などはなく、女児相手であれば孤児院の子供たち同様に、プリピュアの曲を一緒に歌って踊ればいいだけであるので簡単だったのだが、いいや、もちろんそれだけで済むことはなかったが……。
緊張しながら、彼女の横顔を見た。溜め息を吐きたくなるほど美しかった。彼女を見ているとリストのため息が頭の中で勝手に流れて鳴り止まなかった。
物憂げな表情と翳りは彼女の知的さと薄幸さを引き立て、触れたら壊れてしまいそうであった。
眼鏡の中で揺れ動く瞳や睫毛、白くきめ細かい肌と繊細そうで柔らかく瑞々しい唇を、あきもせずにじっと眺めていた。
彼女の美しさによって自身の欲望をはっきりと自覚させられ、それを増幅させられた。
「……どうかした?」流石にその露骨な視線に気がついて、目を伏せながら呟いた。
「そういえば、君の名前を知らなかったなって。俺は京谷修ね、まあ、悪名高いから知ってるとは思うけど」自嘲しながら誤魔化すように言った。自己を紹介する前から彼女は自身の名前を知ってたのだから。
「室生葵です」
「室生さん」なんとなく、口に出して呼んでみたく思った。
「……はい」小さく返事した。
「あぁ、ちょっと確認で」笑って誤魔化した。
「京谷さん」透き通る声で呼んだ。
「はい」修はその声に対して返事ができることを嬉しく思った。
「確認です」葵もふふッと笑った。
これはちょっと、どうにもまずいことになったなぁ。
修はその笑顔に壊されてしまった。鋭い切れ長の瞳が笑ってクシャッと細まっていて、普段とは異なる葵の魅力に脳は著しい損傷を受けた。
修には葵が自分を信用していないことが直感で理解できていた。彼女の怯えた様子や、笑顔のぎこちなさ、随分と言葉を選んだ喋り方などからはっきりとした。それはちょっとやそっとで変わるものではなかった。彼女の心が自分を見向きもしないのに、彼女のためになにふり構わず助けようとしている。これは一体どういうことだろうか。修は自身が既に持っている答えをわざわざ確認してみなければ気が済まない性分であった。
あぁ、わかってるよ、わかってる。どうせ端から誰にも相手にされちゃいないんだ。やるだけやって、ダメなら惨めに泣き喚こう。
修は弁当を食べながら、隣に美しい女性がいる幸福を味わった。ゴミを机にぶち撒けられるだけでこんなにいい思いができていいのだろうかと思い悩み、葵に申し訳なく思った。
「……室生さん」
「確認ですか?」ちょっと意地の悪いような笑みだった。
「いえ、これからも彼らに脅されて、俺に何かをしなければならないことが多くあると思うけど、気にせずに、自身のことを第一に考えてそれを実行してほしいんだ」
「……で、でも」
「仕方ないよ、室生さんは弱みを握られて脅迫されている立場でしょ? けど俺はまったくそうじゃない。室生さんの身代わりになれるのが嬉しいくらいだよ」
葵は俯いて黙った。
「その代わりと言ってはなんだけど、またこうやって一緒に食事をしたいんだ……。教室で一人で食べるのはどうにも味気なくてね」
葵は顔を上げて修の顔を真正面から捉えて、一度目を逸らしてから、ゆっくり大きく頷いた。
修は自分が自分ではないような高揚感に囚われていた。




