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鈴木はぼんやりと修との間に何か問題があったのではないかと推察した。ただ自分の知る限りの修は弱いもの虐めを一番に嫌っていた。そのために上級生に立ち向かっていく修の背中を、鈴木はいつも後ろから眺めていた。隣に並び立ちたいという一心で、しかし鈴木の弱い心では遂にそれは叶わなかった。どれだけ心苦しかっただろうか。
修が葵を傷つけることはあり得ないと信じながらも、ただ泣きじゃくる葵を前にしては、疑念が浮かばないわけではなかった。
長い間に人の悪意に晒され続け、遂に修も悪に染まったのではないだろうか……。
葵に問い正してみたかったが、そんな心のないことはできなかった。ある駅で葵は鈴木から逃れるように降りたが、鈴木も放っておけるわけがなく葵を追いかけた。鈴木はその手を掴んだ
「ねえ、頼ってよ」困ったように美しく微笑んだ。
そのセリフを幼い頃の修に言われたことをふと思い出した。自分が上級生等に虐められて誰にも助けを求めることができなかった時、修は颯爽と現れて大立ち回りを演じて見せた。
上級生を追い払いはしたが、それは修の勝利と呼べるようなものではなくあくまで痛み分けのようなものだった。その時修は鈴木に手を差し伸べて「な、いつでも俺に頼ってくれよ」と、投げやりな笑みを浮かべて言った。
鈴木には修がどれだけ逞しく、美しく映ったか分からない。多くの人が自分の美しさを褒めそやすたびに、修の美しさを思い出し、みんなはほんとうの美しさを知らないんだろうと思った。
鈴木は成長して人を助けたり救う時は修ならどうするだろうか、なんと言うだろうかと考えた。
葵はその優しさの源流は同じところから流れているのにも関わらず、鈴木の優しさだけを尊く思った。決して修の優しさを蔑ろにしているわけではなかったが、修の優しさは生きるために泥水を啜らなければならなかったという受け取り方をされる一方で、鈴木は澄み渡った清流に身も心も洗い流されたというようなものである。泥水を啜らなければ生きられないのならそうするが、啜らなくてもいいならば啜りたくないのが人の性である。ただ、多くの人間は時間が経てば泥水を啜った経験が人生の糧になっていると気づくであろう。しかしそれには多くの時間を要するのだった。
葵は掴まれた腕を視線でなぞり美しい男の困ったような表情を見た。あまりの美しさに葵は息を呑んだ。鈴木は光り輝いていた。強い輝きは葵が今まで闇の中で得体の知れない化物に汚され続けたからそう見えるのだろうか。
「一緒に帰ってもいい? 送っていくよ」鈴木は優しく言った。
葵は泣き止み、赤面して俯きがちに頷いた。
二人は並んで歩いた。葵は鈴木の服の袖をちんまりと摘んでいた。美しい男はそのくらいのことでは動じなかった。彼にとって女性に甘えられることは日常茶飯事だったので、女ってのは甘えん坊が多いんだなぁ、くらいに考えていた。彼は自分の美しさを大して評価してなかった。その飾らなさが彼を一層美しく見せていたことは言うまでもない。
「室生さん、大丈夫? 俺本当に心配だよ」
「うん、鈴木くんのおかげで大丈夫」
「俺は何もしてないよ」
「そんなことないよ」葵は掴んでいた袖を離して手を握った。「ありがとう、そばに居てくれて」
「……室生さん、言いたくなければ言わなくていいんだけど、どうして泣いていたの? もしかして、修に何かされたんじゃ……」
「違うの……京谷くんは誰に対して親切で優しくて、もちろん私に対しても」
「じゃあ……なんで?」
「なんでって? なんでだろうね」葵は遠くを見た。鈴木は困惑し葵の表情をじっと見つめた。葵も顔を上げて鈴木の美しい視線を浴びて見つめあった。「そんなに知りたい?」少し意地悪く笑った。
「あぁ、知りたいよ、室生さんのこと。困ってるなら少しでも助けになりたいし」
「……じゃあ、キスしてくれたら教えてあげる」甘く囁いた。
「え、何を言ってるの?」さらに困ったような表情だった。「揶揄ってるの?」
「そうなるでしょう普通、ただそれだけのことなの……」意味深に呟いた。
鈴木は葵のことが何もかもわからなかった。そのまま黙って並んで歩いた。
「送ってくれてありがとう。じゃあ、また学校で」葵は握っていた手を離した。
「ごめん、なんの役にも立たなくて」
「ううん、鈴木くんのお陰で今日あった辛いことや苦しいことや悲しいことが全部吹き飛んだ気がする」
「そっか、なら良かったよ」最後にもう一度困ったような笑顔を浮かべた。
葵は手を振って家へと帰って行った。鈴木も手を振って見送った。
鈴木は帰り道に修のことを考えた。自身が想像する敬愛する修の姿が揺らいでいた。修は自分の知る修ではなくなってしまったのではないかと思った。しかしそうなった原因は最初に受けた恩を返さずに彼を見捨てた自身に責任があるように思えた。
トボトボと帰路に着いた。




