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二人は並んでお菓子の置いてある棚の前を歩いた。
「室生さんは好きなお菓子ないの?」
「当然お酒は飲まないんだけど、おつまみ系のスナックが好きなんだよね」
「気持ちはよく分かるけど、おつまみ系は高いから手が伸びないんだよなぁ」
「そうなの。だから私はこれが好きなんだよね」と、おやつカルパスを一つ手に取った。
「このくらいいっちゃおうよ」箱へ手を伸ばし鷲掴みにしてカゴに入れた。
「豪快だね」ふふッと笑った。
「ちょっと俺、気が大きくなってるかも」葵とのデートのせいだと暗に伝えていた。
「そうなんだ」面白がっていた。
「甘い物も買いましょうか!」
「確かに今日はテンションが高いね」
「そりゃあね、一緒に彫刻を見に行けるなんて思っても見なかったからね。人生の転機って言えばいいのかな?」
「やっぱり大袈裟だな。ちょっと嘘くさいよ」わざとらしくその目を細めた。
「本当なんだから仕方がない」
二人はスナックをカゴに放り込み、飲み物も放り込んだ。そのあと、雑誌が置いてある通りを歩いていたが、グラビア誌の水着の女性を葵はいきなり指差した。
「やっぱり男の子はえっちな本とか買うわけ?」修の腕を掴んで行った。
「お、俺は買ったことないけど、そういうのに興味があったり、応援してる人が出てる時は買ったりするんじゃないの?」いきなり何を言うんだと面食らった。気が大きくなっているのは別に俺だけじゃないのかもな、と。
「本当に?」
「だってさ、俺の場合買っても隠す場所がないだろ? 小さい子に見られても悪影響だしさ」
「だとしたら……でも大変じゃない、部屋も相部屋で個室じゃないんでしょ? みんなどうしてるの?」
「どうしてるって……何を?」生唾を飲み込んだ。
「……私に言わせたいんだ」伏せ目がちに呟いた。
今日の葵はあまりに積極的すぎると修はクラクラした。デートに一緒に来てくれるってことは、そういうことなのか? 誘ったのは俺だけど色々予定を立ててくれたのは室生さんだし、いくら観に行きたい作品があったと言えど、わざわざ特急電車に乗って行くような気合いの入ったプランだしな。と、頭をフル回転させて考えた。最近はボディタッチやスキンシップも増えてきた気がするし、本当にそういうことでいいんだよなぁ。葵! と、心の中で目の前の美しい女の名前を叫んだ。彼の頭はもう爆発してしまいそうだった。
「えっとその、性的な欲求をどうやって処理してるかってことだよね?」
「……うん、随分遠回しに言ったね」小馬鹿にするように頷いた。
「……一応黙認されてるヤリ部屋みたいなのがあって、みんなはそこでしてるみたい」声は少し掠れた。
「えっ、そんなのがあるんだ」目を見開いた。「……みんなってことは京谷くんはどうしてるの?」
「俺には……そんなことしてくれる相手がいないよ。恥ずかしながら」縋った目付きを葵に向けた。
「それは……辛いだろうね」
「まあ、いや……うん、結構辛いね」素直に白状する気になった。
「京谷くんならそのうち本当にいい人が現れるよ」優しく励ました。
「……そうかな、そうだといいな」
しかしその慰めは修にとっては逆効果だった。彼の心は白けて沈んだ。
「うん、絶対現れるよ」
修はふと自分の右手を見た。本気で絵を描きたいと強く思った。なぜだろうか、自分でもわからなかった。
「そこのお二人さん、ちょっと教えて欲しいんだけど」ATMの前に居座っていた老婆が二人に声をかけた。
「ええ、構いませんよ」と、表面的な明るい表情を作り返事をしたのは修だった。
「なんかさっき税金の滞納があるから今すぐ振り込んで欲しいって、役所から電話があってね。この口座に振り込みたいんだけどどうしたらいいかしら?」チラシの空きスペースに書いた番号と、茶封筒に包まれた現金を取り出した。
「おばあちゃん年金以外にお給料とかもらってるの?」
「いいやぁ、貰ってないよぉ」大きく首を横に振った。
「おばあちゃん、それ絶対詐欺だよ」修は背の低い老婆のために屈んで視線を合わせて言った。
「でも役所から電話があったんだよぉ?」修の言葉を信じていない様子だった。
修は年寄りの権威に対する信仰をよく知っていた。そして自分が何かを言ってもなんの意味を持たないことも分かっていた。つまり修がすべきことはさらなる権威を擁して、腰の曲がった老婆に対することだけだった。
「じゃあ、おばあちゃん、今からお巡りさんに電話して聞いてあげるね」
「いいや、警察に電話すると大ごとになるって言ってたんだよ。黙っててあげるから早く振り込んでくれって」
「俺がかけるんだから大丈夫だよ、おばあちゃん」
そして老人には強引に押し通すことが大事だと実感していた。
修は携帯を取り出して電話をかけた。修は警察にはこういった時の相談窓口があることを頭の片隅に覚えていた。そして、老婆にその権威を届けるために、スピーカーにすることも忘れなかった。
電話の声というのは早口でボソボソとどうにも聞き取りにくかったが、総合相談センターとか言っていたように修には聞こえた。
「すみません、今ATMの前でおばあちゃんから話しかけられて、話を聞いてみるとですね、未納してる税金を振り込んでくれって電話があったらしくて、なんかどうにも怪しくて相談させてもらったんですけど」修は丁寧に言った。「警察にも相談するなと釘を刺されていたみたいでして」
電話の相手は修に色々と矢継ぎ早に尋ねた。それから、修の意図を汲んで老婆にそれは詐欺であると伝えた。
修はほっと安心した。老婆は目を見開いて修の腕にしがみ付いていた。
しかし、話はそれだけでは終わらず、現地に最寄りの警察官を派遣するからATMには触らず、そこから修たち含めて離れないように言われた。
「ごめん、なんか大事になっちゃった。もう間に合わないかも」申し訳なさそうに、葵の耳に小声で呟いた。特急電車の時間には間に合わなそうだった。
「ううん、大丈夫だよ。都急券は予約しないで現地で買おうって決めてて正解だったね。また今度改めて行こっか」
天使のような微笑みで、しょぼくれた修の手を両手で包み込んだ。
単純な修はすぐに嬉しくなって、白けた心にも色が戻ってきた。
しばらく待つと警察官がやってきた。既に特急電車は出発していた。
修はその時の状況を警察官に話した。老婆は興奮してかかってきた電話の内容を何度も繰り返した。しかし繰り返すたびに、どこか筋書きが違っていた。
そのせいで余計に時間がかかった。
修たちも名前や学校を控えられ、また何かあったら連絡すると言い残してようやく警察官らは立ち去って行った。
「やっぱりどうにも怪しい気がしてたんだよねえ。最初からそう思ってたんだけど」老婆は何度も口にしていた。
「世の中には悪い奴が多いですからね。被害に遭わなきてよかったですよ」
老婆は修が持っていたカゴをふんだくるとレジに持って行って会計をしようとした。
修は申し訳ないと遠慮していたが、これも美味しいから食べろだとか、もっと栄養のつくモノだとか言って精力剤をカゴに入れる老婆ジョークを披露して二人を苦笑いさせると、ようやく満足してレジへ向かい会計を済ませた。
修はパンパンに膨らんだレジ袋を持って、駅前の広場のベンチに並んで座った。
「このあとどうしよっか?」
葵の口から放たれて修は安心した。もう帰ろうなんて言われては、立ち直れなかった。
「……全然有名な人じゃないんだけどさ台湾人の画家が個展を開いててさ、比較的近いからよかったら観にいかない?」ミサキには悪いとは思いつつも、彼女のために考えたデートプランを転用することにした。
「うん、リードしてね」いたずらっこのように笑って立ち上がり、修の手を握って立ち上がらせた。




