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楓は修のことが気になって祝日にわざわざ孤児院まで出向いていた。自分でも何をしているのだろうと、馬鹿らしく思いながらもその足は考えるよりも先に動いていた。
葵から聞いた話では祝日になると決まって幼い子供たちと公園に遊びに行くそうで、彼女はサングラスにストローハット被ってその長い髪を帽子にしまい込み変装して修を待ち構えていた。
しばらくすると修は大勢の子供達を連れて孤児院から出てきた。高校のジャージを着て何が入っているのかはわからないが大きなずた袋を肩に下げ、空いた片手で一番幼い子の手を握っていた。
楓はその光景がなんだか滑稽に思えたが、むしろ喜ばしい感じさえするのだった。
彼らが向かう公園の前には個人経営の小さなカフェがあったので、楓はアイスコーヒを頼んでテラス席に座って彼らを眺めた。
公園の真ん中でずた袋を落とすと、沢山の遊び道具が出てきた。小さな男の子がボールを持って藤村へトコトコ歩いて行った。
藤村はボールを高く放り投げた。それは本当に高く、子供たちはボールの行方を追いかけた。子供たちは高く舞い上がるボールを追いかけるのが楽しいらしく、みんなで追いかけてはキャッチして修に投げ返し、修は再び放り投げた。それを飽きることなく何度も何度も繰り返していた。
まるで犬みたいね。
楓はボールを追いかける子供達をみて、微笑ましい気持ちになった。
女の子はみんなで集まって追いかけっこをしていた。
ようやくボール遊びが終わったかと思ったら、子供たちはもう一度ずた袋に集まった。
子供たちは修に色々訴えかけているようだった。
修は笑顔で頷いた。
「シャボン玉する人ー」と大きな声で言った。
すると追いかけっこをしていた女の子たちもわあわあと集まってきた。
修は子供達に紙コップを配り、持参したシャボン液を紙コップに注ぎ、ストローやワイヤーを工作して作った物をみんなに渡した。
子供たちは各々シャボン玉を作って遊んでいた。
「ヒデはこっちね」ワイヤーを丸く曲げて持ち手を作ったものを渡した。
「ヒデばっかりずるい!」ヒデより少し大きい子供が大きな声で言った。
「ヒデにストローの方を渡してシャボン液を飲んじゃったら大変だろ?」優しく諭した。「まだそういうこともわからないんだからさ」
少年は不貞腐れながら頷いてストローを咥えて、修に向かってシャボン玉をぷくぷく飛ばした。
ヒデはそんなことを気にも留めずにシャボン玉を飛ばして遊んでいた。
ヒデが使っていたワイヤーだと大きいシャボン玉を作ることができたので、他の子は飛んでくる大きなシャボン玉を両手で叩いて割っていた。ちょうど最近トトロを観たせいだろう。まっくろくろすけと喜んでいた。
ヒデは自分が作ったシャボン玉が破られるのが悲しくて、泣きそうになっていた。
修はそれを見て割っている少年たちも悪気があってやっているのでないことはわかっていたので、どうしたのもかと思いハッとした。
「ほらヒデ、シャボン攻撃だ」残っていたストローを全部口に咥えて一気にシャボン玉を吐き出した。
ヒデもそのシャボンの量に喜び、更には攻撃と言ったことで、破られることすらも一瞬でゲームに変えてしまい、ヒデは喜んでシャボン玉を破る少年に吹きかけた。
楓はチーズケーキを口に運び込みながら彼らの笑顔を眺めた。彼女には修が善良な心を持つ普通の人にしか見えなかった。むしろこの優しさがひっくり返るからこそ恐ろしく悍ましいのだろうと納得した。普通はそのような二面性を持つことは難しいのだが、彼はそれを処世として身につけざるを得なかったのだろうと想像すると、あまりに悲しいような気がした。
彼を慕ってくれるのは無垢な心を持った子供たちしかいなんだ。
他には誰にも相手にされない、自身が身を挺して守っている女にさえも……。
楓はフッと笑った。あまりに修が哀れだったからか、それとも、だからと言って自分自身が修を救おうなどとはこれっぽっちも思ってないことにだろうか。
楓は修の強みと弱点がそのまま同一であることを見抜いていた。彼を利用するならば、自身の弱さを曝け出すことが最も簡単であると結論付けた。よく考えれば、葵が無意識にやっていることであった。
後はどのタイミングで修に接触するべきかどうかを図っていた。
子供たちといるほうがいいのか、一対一であったほうがいいのか。それはどうにもわからないし、どちらでもいいような気がした。
お代わりした珈琲を味わいながら、始まった隠れ増え鬼を見物した。
「よし、じゃあ片付けた人から隠れていいぞ。最後の子が片付けて十数えたら始めるからね。公園の外には出ちゃダメだからな」ずた袋を広げた修が大きい声で言った。
子供たちは余ったシャボン液を戻して紙コップを重ねてストローと一緒にずた袋に入れるとスタスタ走って逃げ隠れた。
「ヒデは俺と一緒に鬼から始める?」
ヒデはその小さい身体から見たら大きな頭を縦に振って返事をした。
二人は一緒に数字を数え始めた。
すると子供たちの中では年長の女の子が楓の方に向かってこっそりと走ってきた。
彼女はバルコニーの外側から楓をじっと睨め付けた。
「あなた、修くんのなに? ストーカー?」と、言い放ったのは修に好意を寄せているミサキだった。
「修くん? なんのことかしら?」と白を切ってから悪手だったかと逡巡した。
「とぼけないで、さっきから修くんのことチラチラ見てたでしょ?」
「悪い子ね。公園から出ちゃいけないんじゃなかったの?」
「ふざけないで。あなた、修くんの敵なの?」
「敵ではないわ」味方でもないけどね。とは言わないでおいた。
「そう、ならいいけど。だけど修くんに何かあったらただじゃおかないから」鋭く言った。
それを聞いて楓はついくすくすと笑ってしまった。
「何がおかしいの?」
「いえ、これだけ彼のことを思ってくれている女の子がいるなんてね。彼も随分喜ぶと思うわ」
ミサキはその余裕そうな態度に面食らって立ち竦んだ。
「早く公園に戻りなさい。あなたが私と会っていることを知ったら京谷は悲しむと思うから」
ミサキは訳が分からなかったが、ただ、楓が言うように修の敵ではないことは本当のように思われたので、大人しく公園に戻った。
修はみんなが楽しめるように、最初は幼い子たちを全員捕まえて、それから幼い子供たちを主体にして年長の子を追いかけさせた。
そうするとバランスが良く、小さい子たちも頭を使い、回り込んだり挟み込んだりして工夫して追いかけ回した。
ミサキは運動神経が良く足も速いため最後まで残っていた。そして砂場のフェンスをヒョイと飛び越えた。他の子供たちにはまだできない大技だった。
「アレずるい!」一人の女の子が言った。
「わかったわかった。俺が先に砂場の中に入っておくよ。入ってきたら捕まえるからみんなは追いかけて」と、修はフェンスに入って突っ立った。休憩するのにも丁度いい口実だった。
修はぼうっと葵のことを考えた。彼女のために身を粉にして働き、その対価は何もいらないと自分自身に言い聞かせている修だったが、やはり欲求は膨張していた。見返りが欲しかった、受け入れてほしかった、認めてほしかった。
そんな欲求が顔を覗かせるたびに腹の奥底へ押し込んだ。しかしそれは昇華されたわけでも、どこかに消えてしまったわけでもなかった。
腹の底で自分自身を嗤い、どこまでも増え続けている。修は自分がいつか葵を傷つけてしまうのではないかと恐れていた。彼女があの悪辣な東から解放されたとして、自身との繋がりは一体どこに残っているというのだろうか。
それは修をゾッとさせた。
室生さんはきっと受け入れてくれるはず、いや、そんなことを求めてはならない。そんな優越した立場から彼女を求めても、それじゃあ東とやっていることは同じじゃないか。
彼は常に自分の欲求と戦っていた。もう既に東など彼の眼中には収まっていなかった。
「修くん捕まえてぇー」他の女の子の叫び声が聞こえて修はハッとした。
「なにぼうっとしてるの!」いきなりミサキが叫びながら、砂場のフェンスに向かって突撃していた。
驚いて飛んでくるミサキに目を向けた。彼女は鬼から逃れるつもりなどなく、むしろ修に向かって飛び掛かった。
修は飛んでくるミサキを抱き留めてバランスを崩し、クルッと横に一回転しながら自分を下にして砂場に倒れ込んだ。
「つかまえた」修を押し倒したような体勢でミサキは薄く紅く笑って見せた。
「なんでだよ」呆れたように笑った。
「ぼおっとしてるから逆に捕まえてあげようと思って。これもう私の勝ちでしょ?」
「そうだな。勝ちだから早く退いてくれ」
「勝ったんだからご褒美があってもいいよね」
「あんまり困らない範疇で頼むよ」
ミサキはその時少年のように笑って立ち上がり、修の手を引いて立ち上がらせた。
修はジャージを脱いで砂を払い除けた。ヒデも砂場に入ってきて修の尻をペチペチ叩いていた。




