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修は昼休みに葵と過ごしながら、放課後になると東の悪行について事細かく調べる生活を送り修の心に潤いを与えていた。葵の笑顔は日に日に増して美しく輝いているように思われた。それが自分の錯覚なのかも遂に分からなかった。
「京谷くんは孤児院にいて辛いこととかないの?」同情するように尋ねた。
「基本的には楽しいし、みんないい人ばかりだよ。辛いことがあるとすれば……」あまりに生々しい話になるので飲み込んだ。「……まあ、特にないかな」
「なにかありそうだったけど」ふふッと笑った。
「流石に同年代でみんなで暮らしてるとね。ちょっとくらいはね」照れ隠しに笑い返した。「でも、子供たちは懐いてくれてそれが一番嬉しいね」
「一緒に遊んであげてるんだっけ?」
「そう、一番小さいヒデって坊やがいるんだけどこれが生意気でね、でも可愛くてついつい甘やかしちゃうんだよ。一緒に絵を描いたり、キャッチボールとかしてさ」
「良いパパになりそうだね」何気なくそう言った。
修は忘れ去ろうとしていた、いや、そんなことは決してできない自らの父親を眼前に立たされたような心持ちになった。修の顔からは先ほどまでの笑顔は泡沫のように消え失せて自分にのしかかる罪の重さと、中学の頃に恋焦がれていたあの美しい少女の悍ましい瞳が修を捉えて離さなかった。
「あっ、ごめん……。配慮が足りてなかったね」
「違うんだよ。自分が人の親になる姿ってのが全く想像できなくてね。……室生さんはやっぱり将来のそういう展望はあるの?」
「どうだろう……私も全く想像がつかないや。今のことで精一杯だし」
「そうだよね」今のその負担を少しでも軽くしてあげよう。と、心に決めた。それで葵が修との展望を考え始めるわけでもないのに……。
放課後になって、葵から聞いていた清水という気の弱そうな男に会いに行った。
葵が言うように清水は見るからに気弱そうでいかにもいじめられっ子という感じだった。修はこっそり後をつけた。清水と接触したという事実を誰にも知られたくなかったからであり、それはひとえに清水のためであった。
「よっ」なんて気安く人気のないところで声をかけた。
清水はあからさまに驚いていた。それでも彼は冷静さを失っていなかったようで、修が東と相対したという噂は聞いていたし、最近の東の態度は誰の目にも敗北を示していたし、味方ではないにせよ彼は敵の敵であり利用価値があることは確かであると十分に理解していた。
「俺のこと知ってる? ちょっと話があるんだけどいいかな、君にも悪い話ではないと思うけど」
「……知ってますよ。話というのは東のことでしょう?」怯えながらも修の瞳をしっかりと見返していた。
「ああ、ちょっとあいつを懲らしめてやろうと思ってね。万引き、酒、煙草、バイクあたりは証拠を押さえたんだが、まだ足りないだろう。清水君はあいつに何をされてるんだ?」修はスマートフォンの写真を見せつけた。
「……ちょっと人目につかないところで話しましょうか」周囲を見渡していた。
「ああ、そうしよう」
二人は近場のカラオケボックスに移動した。隣からは下手くそなビートルズが響いていた。暗く翳った清水の表情には困憊と、修に対する僅かな希望が現れていた。
「……東たちに恐喝されているんです。罠にかかって」
「罠か……」低く響いた。
「恥ずかしい話ですが……色仕掛けです。清野さんに誘惑されて、彼女はひどく嫌がっていたんですけどそれは演技だって最初はそう言ってたんです。そういうものなのかと思って続けていたら、あの東がニヤニヤしながら動画を撮って出てきたんです。確かにその動画だけをみれば僕は強姦しようとしてるように見えるでしょう」清野楓、つまりはあのリーダー格の女だった。
「そういうことか……」あのリーダー格の女がなぁ……。と、修は訝しんだ。
「それからは毎月強請られて、そのためにバイトを始めて……」
「その時の証拠は押さえてないか?」
「あいつら意外と抜け目なくて、その時は携帯も回収されるし荷物も取られるんです。そんな事をしようとしていることがバレたら、すぐにあの映像をばら撒きされますよ」
「いつもの廃工場でか?」
「……は、はい」
「分かった。その時に事前に俺が小型のボイスレコーダーを仕掛けておくよ。あのソファーの隙間に仕舞えばバレやしないからな」
「分かりました。大体僕の給料日になると呼び出されるんで、二十五日か、土日だったらその前の金曜日になります」
「ああ、承知した。あと、絶対に俺とこうやって合ってることはくれぐれも誰にも言わないでくれよ」
「もちろん。分かっていますよ」大きく頷いた。
「他にあいつの弱みがあるようだったら、噂でもいいから教えてくれ。これ俺のメアドね」と、どうでもいいようなメールアドレスが書かれた紙切れを手渡した。
清水は頷いた。
それから二人は時間を置いてバラバラに出た。修は清水との会話の中で重大な違和感を覚えていた。清水を刺して捉える刃は、同時に自身すらも貫いているようだった。しかし、その刃の正体が愚かな修にはどうしてもわからなかった。修は自分だけは特別な存在なんだと、驕り高ぶっていた。
そして、東さえ打ちのめしてしてやれば、清水や葵の、延いては自分自身の幸福に繋がると信じて疑わなかった。
修には葵の幸福があればそれだけで十分だった。そう自分に言い聞かせた。
清野楓は自身が京谷修の持つ力を随分過小評価していたことに気がついて、それを分析していた。楓から見れば、修なんて少し顔がおっかないだけの普通の高校生に思える。それどころか彼は人一倍の苦難を背負いながらも、それでも他人のために戦える優しい男のように思えた。
調べた情報にバイアスがかかりすぎていたのかしら。子供達に好かれているって言われるとどうにも悪人には思えなくなる。実際は彼を相手にしてくれるのが、何も知らない子供だけっていうオチなんでしょうけど……。
それにしても東は随分と弱っていたみたいだけど、彼のことは随分過大に評価していたみたいね。彼の評価に関しては、結衣の方がよほど当てになる。
東は周りが恐ろしくて震えてるだけの子悪党で、それでも頑張ってイキがっていたら上手く物事が運び、そしてそれが東の自恃になっていた。そんな子悪党が本物の悪党に出会ったんじゃ、あれだけ震えて縮こまるのも当然ね。
どうにか彼を上手く利用しないといけないけど、私は嫌われてるから余計なことはしない方がいいかしら。それとも……
「お前も本当は心の中で俺のことを笑ってるんだろ!」
空き教室の中からはプライドを傷つけられた男の悲痛な叫びが聞こえてくる。
「そんなことないよ。大丈夫だよ」結衣の艶かしい肯定の声は東には届いていないようだった。
結衣は硬く汚れた廃教室の床に押し倒されて、東の歪んだ性欲を一身に受け止めていた。歪んだ結衣も弱い男がどうしようもなく愛おしかった。特に惨めな敗残者が必死に強がっている様子に彼女の性欲は掻き立てられた。彼女は幼い頃にチワワが必死にゴールデン・レトリバーに向かって吠えている様子をドギマギしながら眺めてムズムズとした。
結衣の歪んだ性欲から、本当は東が修にその存在の格の違いを見せつけられて、惨めに震えている姿を見て興奮して濡れてしまったことを打ち明けてしまおうかとも思った。そうすればどれだけ東が打ちのめされて、わあわあと泣き喚いて必死に暴力的に振る舞うだろうと想像して胸の奥をギュッと摘まれたような気持ちになった。なんとかそれを抑え込み、結衣は自らの豊満な肉体を存分に使って男の身体を余すことなく愛撫した。それでも遂には心を慰めることができないとはっきりと感じながら。
東も狂乱を忘れて大人しくなり、結衣はすっかり満足して東の乱れた服を直してやった。結衣はそれから自分の体につけられた痣や傷を愛おしそうに眺めていた。
「ホント歪んだ関係ね……」見張をしていた楓は小さな声で呆れたように呟いた。
彼女は一人で修について想いを巡らせていた。




