第七話 物事を決める時は慎重に
朝 目を覚ます
下へ降りると やっぱりいた
ソファーに寝転びながら
くつろいでいるアルトの姿
「……アルト」
少し呆れたように声をかける
「本当にここに住むんだ」
アルトはごろりと寝返りを打つ
「んー?」
気の抜けた声
「当たり前だろ 俺は嘘だけはつかない男だ」
一拍置いて にやっと笑う
「ていうかさー」
「昨日まで勇者様かっこいい♡って感じだったのに」「もうアルト呼び?」
「いや」
即答
「どこからどう見ても昨日の勇者様じゃないでしょ」
腕を組む
「最初の紳士はどこ行ったの?」
「変わりすぎにも程がある」
アルトは面倒くさそうに天井を見る
「まぁーどう思われてもいいけどさー」
ちらっとこちらを見る
「お前」
少しだけ真面目な声
「俺がいなくなったらどうやって生きてくつもり?」
「この辺のやつじゃないだろ」
ドキッとする
図星だった
(鋭い……)
ソファーでだらけているくせに
妙に勘がいい
それがまた腹立たしい
「わ 私は……」
言葉に詰まる
「ちょっとしたミスで」
「こっちの世界に来てしまったというか……」
「何というか……」
アルトは半目でこちらを見る
「こっちの世界?」
鼻で笑う
「夢見る少女ですかー?」
カチンとくる
「私だって!」
思わず声が大きくなる
「自分で生活くらいできるから!」
そのまま外へ出る
⸻
出たはいいものの 足が止まる
(……どうしよう)
アルトの言葉が頭に残る
たしかにアルトの言っていることは正しい
(正直アルトがいなかったら私……)
(あそこで死んでたよな〜)
初めての世界 知らないことだらけで
魔法 召喚士 勇者
ドラゴンに 魔物
おとぎ話の世界だと思っていたことばかり
何もかもが分からない
(どうやって生きていけばいいんだろう)
歩きながら考える
そのとき ふと思い出す
昨日の掲示板とガルドのこと
(……そうだ)
顔を上げ 掲示板の前へ向かう
近くにあった紙とペンを手に取り
勢いよく描く
【なんでもや始めます】
なんでもやる なんでもや
お困りごと なんでもお手伝いします
・荷物運び・畑仕事・魔物退治・話し相手でもOK
報酬:要相談
場所:森のはずれの小さな家
(地図あり)
※お気軽にどうぞ!
掲示板にぺたっと貼り一歩下がって眺める
「……よし」
小さくうなずく
(いいかも)
(なんでもやならスローライフ楽しめそうだし)
(ちょっと理想的じゃない?)
満足して家へ戻る
⸻
扉を開けるとやっぱりいる
ソファーに寝転んでいるアルト
「ねぇ!」
勢いよく声をかける
「なんでもや始めることにしたから!」
胸を張る
「もちろんアルトもね」
アルトは顔も向けずに答える
「はぁーー?」
だるそうな声
「なんでもや?何だよそれ」
即答
「俺はやらねーぞ」
「え なんで?」
素直に聞き返す
アルトは大きく伸びをする
「俺は今 勇者業を休憩中なんだよ」
「わかる?それなのに働くとかムリムリ」
その態度に少し考える
そして にやっとする
「でもさ」
ゆっくり言う
「ここに住むんでしょ?」
アルトがちらっと見る
「今日からここはなんでもやの事務所だから」
にっこり笑う
「嫌なら出て行っても構わないよ?」
さらに続ける
「あ もちろん」
指をさす
「そのソファーは私のだから置いていってね」
アルトの眉がぴくっと動く
「……は?」
ゆっくり起き上がる
そして少しの間
「はぁ……」
諦めたように言う
「はいはい わかりましたよー」
「なんでもややればいいんでしょー」
やる気のない声
「けどな」
指を向ける
「俺はあくまで手伝いだからな」
「基本はお前がやれよー」
再びソファーに沈み込む
(……勝った)
心の中で小さくガッツポーズ
どうやら思っていた以上に
このソファーが気に入っているらしい
⸻
しかし
待てど暮らせど 依頼はさっぱり来ない
掲示板に張り紙をしてから
もう五日が経っていた
(なぜ……?)
思わず天井を見上げる
(なんでもや いいアイディアだと思ったんだけどなぁ……)
肩を落とす
けれど そのおかげで
スローライフの方は順調だった
仕事が来ない分
驚くほどゆっくりできている
ガルドの畑とアルトの人気のおかげで
食べ物には困らない 時間はたっぷりある
(今までずっと仕事しかしてなかったから 時間に余裕があると何していいかわかんないなぁ)
「……ひまだ……」
ぽつりとつぶやく
静かな部屋に声が落ちる
ふと視線を向ける
ソファーにはいつも通りの光景
アルトが寝転がっている
片手をだらりと垂らし
完全にくつろぎきった姿
(この姿 街の人に見せてやりたいなほんと)
「……ねぇ」
反応はない
「アルト」
少し強めに呼ぶ
「んー……?」
やる気のない返事
目も開けない
「なんでこんなに依頼来ないと思う?」
アルトは少しだけ考える素振りを見せて
あっさり答える
「知らん」
間
「……はぁ」
ため息をつくと
アルトは片目だけ開ける
「……そもそも」
面倒くさそうに言う
「怪しいだろ」
「は?」
「どこの誰かもわからない奴が 森の中の家で なんでもやりますって」
「……」
言葉が詰まる
(たしかに……)
アルトは続ける
「あと字 汚かったぞ」
「うるさい!それは関係ないでしょ!」
少し間
「このまま誰も来なかったらどうしよう……」
ぽつりとつぶやく
「このままアルトのヒモとして生きていくしかないのか〜」
アルトは寝転んだまま答える
「そうなったら俺の家政婦としてこき使ってやるから安心しろよ」
(……それ……今とやってること変わらなくないか?)
じとっとした目を向ける
そんなやりとりをしていると
コンコンコン
扉を叩く音
(……誰だろう)
そっとドアを開ける
そこには
一人の男が立っていた
「掲示板で なんでもや っていうのを見て来たんですが」
「ここで合ってますか?」
(……え)
一瞬止まる
(もしかして……初依頼!?)
「はい!そうです!」
ぱっと表情が明るくなる
「ぜひ中へどうぞ!」
勢いよく招き入れる
⸻
ソファーでだらけきっていたせいで
勇者としての貫禄もオーラもすっかり消え失せ
完全にただのぐうたらな男と化していたアルトは
来客にも気づかれない
「実は」
男は少し申し訳なさそうに言う
「僕の仕事を手伝ってほしくて……」
「僕は妻と 預かり屋をやっているんですが」
「今 妻が実家に帰省していまして」
「人手が足りないんです」
(預かり屋……?)
首をかしげる
(どんな仕事なんだろう)
「わ わかりました」
「ちなみに仕事内容は?」
男は安心したように続ける
「主に小さい子たちのお世話です」
「ご飯をあげたり 一緒に遊んだり」
「普段の生活を手伝っていただければ」
「それで十分です」
(あっ保育園みたいな感じか!)
ぱっと顔が明るくなる
(それなら……)
ぐっと拳を握る
「任せてください!得意分野です!」
男はほっとしたように微笑む
「ちなみに報酬は 一日 銀貨三枚で 五日間お願いしたいのですが」
「かしこまりました!明日からお手伝いに行きます!」
即答する
「よろしくお願いします」
男は頭を下げて帰っていった
⸻
扉が閉まる
数秒の静寂
そして
「やったーーー!」
その場で小さく跳ねる
「初仕事決まっちゃったーー!」
顔が緩みっぱなし
その様子を見て
アルトがゆっくり体を起こす
「おい」
少し眉をひそめる
「大丈夫なのかよ」
腕を組む
「預かり屋ってのはな――」
説明しようとする
しかし
「いやー楽しみだなー!」
まったく聞いていない
「子どもたちと遊ぶの久しぶりかも!」
一人で盛り上がる様子を見て
アルトはしばらく黙る
そして 小さくため息をつく
「……あーあ」
ぼそっとつぶやく
「知らねーぞ」




