第六話 いい顔して近づいてくるやつにはだいたい裏があるから気をつけろ
この話の登場人物をまとめます
心春:主人公
ゼル:かつて「滅国の炎竜」と恐れられたドラゴン
ガルド:農園の主
アルト・ラグナード:どこに行っても知られている有名な勇者
――ガキンッ
硬い音が響く
「……え」
ゆっくりと目を開ける
目の前には
一本の剣
月明かりに照らされて
刃が静かに光っている
きらりと反射するその輝きが
振り下ろされたツタを受け止めていた
「……危ないですよ」
低く 落ち着いた声
その背中が 視界に入る
長いマントが夜風に揺れている
月明かりの中に立つその姿は
どこか現実離れして見えた
「……誰?」
かすれた声が漏れる
男は振り返らない
そのまま 一歩踏み出す
「下がっていてください」
短く言い放つと 次の瞬間
剣が走る
――一閃
ツタが音もなく切り裂かれ 地面に落ちる
男はさらに踏み込む
迷いのない動き
一直線に魔物へ向かう
根がうねり 地面から突き上がる
だが
「遅い」
小さくつぶやく
そのまま高く跳び
迷いなく剣を振り下ろす
空気ごと断ち切るような一撃
次の瞬間
魔物の体が 大きく裂け動きが止まる
静寂
そして巨体が崩れ落ちる
土煙が舞う
すべてが 一瞬だった
「……あ」
声が出ない
何が起きたのか分からない
ただ 目の前の男が
とんでもない強さだということだけは分かる
男が剣を払う
血も土も 何も付いていない
静かに鞘に収める
そして ようやくこちらを見る
整った顔立ち 落ち着いた瞳
「怪我は」
短く問いかける
「え あ だ 大丈夫です」
思わず背筋が伸びる
(なにこの人……強い……)
ゼルが肩の上で小さく鳴く
男がちらりと視線を向ける
一瞬だけ 目が細くなる
「……その竜」
何か言いかけてやめる
そして 小さく呟く
「まぁ いいでしょう」
視線を戻す
「無事なら何よりです」
それだけ言う
沈黙
風の音だけが流れる
「……あの」
恐る恐る声をかける
「あなたは」
少し間
男は視線を逸らす
「……通りすがりの旅人です」
「危ないところを助けていただいてありがとうございました」
頭を下げる
ふと顔を上げると
空が少し明るくなっている
「……あ、朝日だ」
気がつけば朝日が昇り始めていた
長い夜が終わる
そのとき
「おおい 大丈夫か!」
畑の奥から声がする
ガルドが駆けてくる
荒れた畑
倒れている魔物の残骸
そして
そこに立つ男の姿を見て 足を止めた
「……まさか」
目を見開く
「あなたは……勇者 アルト・レグナード様ではないでしょうか」
恐る恐る問いかける
「もしかして この魔物を……」
男は静かに首を振る
「いいえ 大したことはありませんよ」
淡々と答える
「この魔物はルートグラトンです」
視線を畑へ向ける
「本来はそこまで手強い相手ではありませんが」
「栄養のある作物を食い続けて 大きくなりすぎたようですね」
ガルドは深く頭を下げる
「ありがとうございます」
「なんとお礼をしたら良いのか……」
勇者はさらりとこたえる
「お礼など必要ありません」
「当然のことをしたまでです」
静かに言い切る
そのやり取りを横で聞きながら
心春は固まっていた
(ん?勇者?今 勇者って言った?)
(勇者ってよく〇〇クエストとかに出てくるような?え……実在するんだ……さすが異世界)
しばらく言葉が出ない ただ 圧倒されていた
こんなにも強くて
こんなにもあっさりと
魔物を倒してしまう存在がいるなんて
――けれど ふと 我に返る
頭の中に 別の考えが浮かぶ
(あ……あれ……?)
(私の報酬は……?)
視線を泳がせる
(たしかに魔物を倒したのはこの人で……)
(私 なんもしてないな……うん……)
(こんな危ない目にあって結局収入なしかぁ〜)
あからさまに落ち込む心春
その様子を見て ガルドがふっと表情を緩める
「君にも礼を言わなければな」
心春の方を見る
「勇者様と出会えたのも 君のおかげかもしれない」
そう言って
収穫した野菜を抱えてくる
トマト きゅうり いちごにりんご
そして見たことのない作物も
たくさん差し出される
「ありがとう これはほんの気持ちだ」
「この畑の野菜は いつでも好きな時に取りに来るといい」
「歓迎するよ」
その言葉を聞いた瞬間
胸がぱっと明るくなる
思わず顔がほころぶ
「……あ ありがとうございます!」
声が少し弾む
(やった……!)
(これでしばらく食べ物には困らない……!)
ぎゅっと拳を握る
少し落ち着くと
自分の姿が目に入る
服はところどころ破れ 汚れている
「……あ」
思わず固まる
(ボロボロだ……)
そのとき
「名前は 心春といったかな」
声がかかる
顔を上げると勇者がこちらを見ていた
「一緒に街へ行きましょう」
自然な流れで言う
「え あ はい」
流されるまま うなずく
⸻
再び訪れた街
先ほどとは違う感覚
隣には 勇者アルト・レグナード
歩いているだけで 視線が集まる
「アルト様!」
「こちらへどうぞ!」
あちこちから声が飛ぶ
「ぜひ うちのパンを持っていってください!」
「今日は特別に安くしますよ!」
次々と人が集まる
気づけば
パンや肉 果物に飲み物
両手いっぱいに渡されていた
「いつもありがとうございます」
アルトは穏やかに微笑む
(こ これが勇者の信頼と実績の力か……)
(すごいな……)
圧倒される
少し歩いた先
一軒の洋服屋の前で足が止まる
アルトが中へ入る
「店主」
落ち着いた声で呼ぶ
「この娘に似合う服を」
さらりと言う
「お任せください」
店主は目を輝かせる
いくつかの服を選び 心春に差し出す
「こちらなどいかがでしょう」
渡された服は
淡い色合いのワンピースだった
柔らかな生地でできていて
光を受けるとほんのりと優しく揺れる
「……わぁ」
思わず見惚れる
(可愛い……)
しばらくうっとりと眺めて
はっとする
「……あの」
恐る恐る口を開く
「私 お金が……」
アルトは軽く首を振る
「必要ありません」
「気にしないでください」
当たり前のように言う
(な なんでここまでしてくれるんだろう……)
胸が少しだけ高鳴る
⸻
気がつけば
たくさんの食料と新しい服
両手いっぱいに抱えていた
(野菜もあるし 食べ物もあるし)
(服も新しくなったし)
(……なんだか今日すごくいい日)
自然と足取りが軽くなる
そのまま家へ向かう
――が
(……あれ?)
ふと気づく
(勇者様 どこまでついてくるんだろう)
ちらっと横を見る
当然のように隣を歩いている
そのまま 家に到着し 扉を開ける
「ただいま〜」
軽くつぶやき中へ入る
その後ろから
当然のように入ってくるアルト
(え)
止める間もなくスタスタと進む
ソファーにどかっと座り
足を伸ばしてくつろいでいる
そして
大きく息を吐く
「はぁーーーーーー」
間
「つっかれたーー」
さらに続ける
「あ、お茶とか何もない?」
「俺めっちゃ疲れてんだけど ちょっと休憩」
空気が止まる
(……あれ?)
(さっきまでの勇者様と雰囲気 変わった?)
心春は無言で動く
さっきもらったりんごを取り出し
例の果物ナイフで皮をむく
水と一緒に差し出す
「ごめんなさい……水しかなくて……」
アルトは寝転んだまま受け取り
しゃくしゃくと音を立てて食べる
満足そうに一息つく
「いい家だね」
軽く天井を見上げる
「俺 しばらくここに住むから」
「え!? あ あのー……」
思わず声が裏返る
アルトはちらりと視線を向ける
「え なに まさか文句あんの?」
だるそうに言う
「魔物から助けてあげたし」
「新しい服だって買ってあげたし?」
りんごをかじりながら続ける
「文句言われる筋合いないと思うんだけどなー」
(もしかして これが狙いだったのか?)
嫌な予感がよぎる
アルトは続ける
「まぁ 嫌なら?」
「その食べ物も服も全部返してくれて問題ないでーす」
「俺 勇者だからどこに行っても歓迎されるしね〜」
あっさり言い切る
(え 誰だこいつ)
(さっきまでの紳士的な勇者様はどこへ?)
(自分の立場を利用する すごく嫌なやつになってるんですけど……)
言い返そうとするが言葉が出ない
ぐっと口を閉じる 悔しいが
結局 何も言えなかった
こうして
不服にも勇者が仲間に加わった




