第四話 人は見た目によらない
目を開ける
知らない天井――ではなく
ドラゴンの腹だった
「……ん?」
ぼんやりしたまま 視線を動かす
赤黒い鱗 ゆっくり上下する呼吸
規則正しい寝息のようなもの
「……あー」
昨日の出来事を思い出す
「……そのままか」
私はその場でごろんと転がる
「まぁ いっか」
特に驚きもなく 受け入れた
(そもそもコイツ 本当に滅国の炎竜なの?)
ちらっと横を見る
腹を見せてぐっすり寝ている巨大なドラゴン
(そんな大層な竜がこんな寝方することある?)
(ただのデカいトカゲ説あるな……)
「……まぁいいや」
お腹が鳴る
ぐぅ
「……あー お腹すいた」
思えば昨日から何も食べていない
体を起こして周りを見渡した
木々に囲まれた静かな場所
風も心地いい
「家もないしなぁ」
ぽりぽりと頭をかく
「まずは衣食住の確保か」
少し考える
「ここ いい場所だし」
「拠点にするのアリだな」
こくんとうなずく
(とりあえずテントでも張りたいな)
(……出せるか?)
じっと手を見る
「……やるだけやってみるか……」
両手を前に出し空に掲げる
「お願いテント出てきて!」
必死に願う
沈黙
次の瞬間――
ゴゴゴゴゴ……
地面が光る
(ここまではいつも通り)
光が広がる
そして
ドンッ
目の前に現れたのは――
一軒家だった
木でできた 温かみのある外観
小さな煙突
窓には可愛らしいカーテン
「……なるほどね?」
固まる
「いやいやいや」
(なんでよ!!)
(普通にテントでいいじゃん!!)
(こんな高望みしてないっつーの!!)
頭を抱える
でも
ちらっともう一度見る
可愛い
めちゃくちゃ可愛い
「……可愛い……」
ぼそっと呟きゆっくり近づく
「ちょっと……見るだけね?」
扉に手をかける
「おじゃましまーす」
中に入る
優しい木の香りがする
柔らかい光
テーブルも椅子も棚も
全部が温かみのあるデザイン
「……なにこれ」
目を輝かせながら部屋を見回す
「素敵……」
思わず頬が緩む
「こんな家 住んでみたかった」
しばらく見回してから満足げにうなずく
「……まぁ いいか」
腕を組む
「これも神様の贈り物ってことで」
「ここに住みなさいってことかもしれないし」
「ありがたく住まわせてもらいます」
そのとき
ギシッ
玄関の方から嫌な音がした
「ん?」
振り返るとそこには
起きたゼルカディア
そして――
普通に家に入ろうとしている
「いやいやいやいや!!」
慌てて駆け寄る
「どう考えても物理的に無理だろ!!」
ぐいっと押し返そうとする
びくともしない
「ちょっ 待って待って!!」
「壊れる!!」
「やめてぇぇぇ!!」
両手を広げて必死に阻止する
「マイドリームハウスがぁぁぁ!!」
「ほっほっほっほ」
どこからか笑い声が聞こえる
「……ん?」
声のする方を見る
そこに立っていたのは――
腰の曲がった老人だった
長い白髭
木の杖をつきながら
体は小さく
かなり歳を重ねているように見える
背は低くヨボヨボで
小刻みにぷるぷると震えている
(え、大丈夫かな……)
しばらくじっと見つめる
思わず口に出る
「……なにあれ……」
一瞬の間
「……死にかけの……ドワーフ?」
ピタッ
空気が止まる
次の瞬間
「誰が死にかけのドワーフじゃい!!」
老人がものすごい勢いでツッコんだ
さっきまでのヨボヨボはどこへやら
声だけはめちゃくちゃ元気
「あっ!ごめんなさい!声に出ちゃってました?」
思わずじっと見つめる
「おやおやおや」
おじいさんは楽しそうに笑う
「見かけない顔じゃのう」
ゆっくりとこちらへ歩いてくる
(えっ……そんなに歩いて大丈夫なの?)
老人がヨボヨボすぎて心配になる
「ここはワシのお気に入りの場所でな」
「久しぶりに来てみたら いつのまにか家が建っとるではないか」
家を見上げて ほっほっと笑う
…が
「ごほっ!!」
突然のむせ
「ごほっ ごほっ!!」
「げほっ……!!」
激しく咳き込む
体が前に折れ、すごく苦しそう
「え ちょっ!!」
思わず一歩近づく
(え さっきまで普通に笑ってたよね?)
「ごほっ……っ!!」
止まらない
「ちょっと!!大丈夫!?」
慌てて声をかける
(ここに家建てちゃったから!?)
(私のせい!?私のせいなの!?)
(このまま逝っちゃったりしないよね!?)
(大丈夫だよねぇ!?)
「ちょっと!!しっかりして!!」
手を伸ばそうとした その瞬間――
ピタッ
咳が止まる
「ふぅ……」
何事もなかったかのように顔を上げる
「誰かと思えば 昨日 騒ぎを起こしておった竜と娘じゃないか」
(え……なに……今のなかったことにする感じ?)
(そのまま続ける感じ?)
「あの……大丈夫ですか?」
一応聞いてみる
「さっき……死にそうになってましたよね?」
おじいさんはニコニコ笑ったまま
自分の話しを続けている
「これも何かの運命かのう」
(あっ……ダメだこの人)
(人の話 聞いてないや)
「ちょいとお邪魔するよ」
そう言って 勝手に家に入っていく
「え ちょっ」
慌てて追いかける
おじいさんは当然のように椅子に座る
完全にくつろいでいる
「水しかありませんが……」
とりあえずコップを差し出す
おじいさんはそれを受け取り
ごくごくと一気に飲み干す
「ぷはぁ」
満足そうに息をつく
「まぁまぁ、そんなに警戒せんでよい」
「ほれ そこに座りなさい」
促されるままに座る
「少し 話をしようかの」
優しい目でこちらを見る
「君はどこから来たんじゃ?」
「えっと……」
少し迷ってから答える
「狭いアパートです」
「信じてもらえるかわかりませんが……」
「嫌いな上司を異世界に召喚しようとしたら 光がわーってなって……気がついたら海岸にいました」
おじいさんは頷く
「うむ 信じるよ」
あっさりだった
「それで あの竜は?」
外の方を見る
「自転車ほしいなーって思って願ったら出てきました」
「そしたら滅国の炎竜 ゼルカディアとか言われて」
「攻撃されて……ここに逃げてきました」
「なるほどのう」
少し考える
「では 少し見せてもらおうか」
おじいさんは立ち上がり
すっと手を伸ばす
心春のおでこに触れる
「あったか……」
じんわりとした温もり
「ふむふむ」
目を閉じて何かを感じ取る
やがてゆっくりと目を開ける
「君は召喚士じゃな」
「召喚士!?」
思わず立ち上がる
「私が!?あの何でも出せる!?」
おじいさんはくすっと笑う
「うむ、じゃが 少し違う」
指を立てる
「通常の召喚士は 魔力と引き換えに物を呼び出す」
「使えば使うほど 魔力は減る」
「つまり 限界がある、しかし――」
心春を見る
「君にはそれがない」
「……え?」
「魔力が尽きることがない」
「つまり」
にやりと笑う
「何でも 無限に召喚できるということじゃ」
少し間を置いて続ける
「普通の召喚士であれば」
「滅国の炎竜や 一軒家など そのようなものを召喚することは まずできまい」
「え」
「えぇぇぇぇぇ!?」
頭が追いつかない
「が しかし」
おじいさんは続ける
「厄介なものもついておる」
「『召喚ミス』 じゃ」
「ワシも初めて聞くのう」
首をかしげる
「何か思い当たることはあるか?」
「あぁ……」
遠い目になる
「確かに 願ったものは一回も出てきてません」
おじいさんは楽しそうに笑う
「ほっほっほ」
そして 小さく呟く
「そして あの竜との絆ができたか」
外へ目を向ける
まだ玄関から入ろうとしているゼルカディア
「やれやれ」
おじいさんは人差し指をゼルカディアに向け
クルクルっと回す
するとふわりと光が舞う
次の瞬間
ゼルカディアの体がみるみる小さくなっていく
「えええええ!?」
気づけば
手のひらに乗るサイズになっていた
小さくなったゼルカディアは
ぽっと小さな炎を吐く
「……かわいい」
思わず呟く
おじいさんはそのゼルカディアを手に乗せる
「君も この方が生きやすかろう」
優しく話しかける
「昨日はすまなかったのぅ」
「いい娘を見つけたじゃないか」
ゼルカディアは静かに目を細める
おじいさんはその様子を見て ふっと笑う
「ここはの グランヴェル王国の外れにあたる場所じゃ」
「この辺りは 五つの国が隣り合っておってな」
「グランヴェルを含め それぞれが違う価値観で成り立っておる」
「ゆえに 争いもあれば 利も生まれる」
ちらりと心春を見る
「面白い場所じゃよ」
「この地で自由に暮らしてみると良い」
その言葉に 少しだけ考える
「でも……」
ぽつりとこぼす
「何をすればいいのか分からなくて……」
少しだけ視線を落とす
「職場でも 人の言いなりで」
「思ってることがあっても 言い出せなくて……」
小さく息を吐く
「……そういう 弱い人間なんです」
おじいさんは静かにうなずく
「自分の好きなように生きなさい」
「何か大切なものが見つかるかもしれないよ?」
ほっほっほっと笑う
そのとき
ぐぅぅぅ
心春のお腹が鳴る
「……あ」
少し気まずい
おじいさんは笑う
「腹が減っておるな」
軽く手を振る
すると
テーブルいっぱいに料理が現れる
「うわぁ……!」
目を輝かせる
そのとき 外から音がした
馬の足音
ドドドドド……
扉の外に 気配
「……迎えかの」
おじいさんは立ち上がる
外へ出るとそこには
馬に乗った兵士たち
昨日とは違う、どこか気品のある装い
「勝手に出歩かれては困ります」
低く落ち着いた声
おじいさんは苦笑する
「すまないね」
振り返る
「心春」
やわらかく笑う
「とても楽しい時間だったよ」
「ありがとう」
そして ふと思い出したように言う
「あぁ そうじゃ」
ゼルカディアを見る
「その子は 君が願えば元の大きさに戻れる」
「じゃが 普段はこのままがよい」
「平和に暮らすにはな」
にこっと笑う
「また会おう」
そう言って
兵士たちと共に去っていった
⸻
静かになる
「……なんだったんだろ」
ぽつりと呟く
そのとき
よじよじと小さなゼルカディアが登ってくる
肩のあたりで落ち着く
「……」
「かわいいな」
思わず笑ってしまう
家に入りテーブルを見る
ご馳走が並んでいる
「それより」
手を合わせる
「いただきます」
一口 食べる
「……おいしい」
思わず声が漏れる
一日ぶりのご飯は
体にしみるようだった
夢中で食べる
気づけば ほっと息をついていた
「はぁ……」
満足そうに背もたれに寄りかかる
そして ふと考える
(あのおじいさん……)
少し間があく
(只者じゃないよなぁ……)
小さく首をかしげる
「……まぁいいか」
「……この世界では自由に生きてみようかな」
ぽつりとつぶやく




