第9章 2 火中の狐
迅への返信を終えた美咲は椅子に座ったまま、
足で押してくるくると椅子を回す。
「……なんか、暇だな」
デバイスを展開し、何気なくアイドルのライブ映像を流す。
そのまま、SNSを流し見ながら指を動かす。
でも、頭の中では全く入らない。
流れてくる情報はどれも見覚えがあって、
文章が目の上を滑っていく。
美咲は小さく息を吐き、首を振った。
そして、勢いよく立ち上がる。
「よし」
考えるより先に、身体が動いていた。
――仮想世界へ。
とにかく歩いた。
新しく解放された月の都市。
イベント中は見れなかった景色が、広がっている。
空はどこまでも開けていて、
まるで宇宙に放り出されたみたいな感覚。
現実じゃない。
そう分かっているのに、妙に心地いい。
歩いていると、ふと足が止まる。
見覚えのある場所。
リリカたちと撮影した場所だった。
あの時の空気を思い出して、
少しだけ笑う。
――でも、すぐに目を逸らした。
そのまま歩き続ける。
辿り着いたのは、上層の展望台。
観光に来たプレイヤーたちのざわめき。
その輪から少し離れて、
柵に身体を預ける。
視線の先。
青く澄んだ惑星が、静かに浮かんでいた。
「……これから、何しよっかな」
誰に聞くでもなく、呟く。
ふと、フレンド欄を開く。
迅の名前が、一番上にあった。
指が、自然とそこへ伸びる。
――止まる。
ほんのわずかに、躊躇する。
唇をきゅっと結び目を瞑りながら
少しずつ、指先が離れていく。
(……今連絡したら迷惑だよね)
デバイスを閉じる。
代わりに、視線を上げる。
広がる景色。
その中で――
美咲は伸ばしかけた指を、そのままストレージへと滑らせる。
何もない空間が、静かに裂ける。
白いボディ。
そして――一太刀。
明鏡止水が現れる。
「……こんな所に呼び出して、どういうつもりだ」
刀を腰に携え、美咲の前に立つ。
「せっかく自由に動けるように調整してあげたんだからさ」
美咲はいたずらっぽく笑う。
「少しくらい、話し相手になってくれてもいいんじゃない?」
「ふん……」
短く鼻を鳴らす。
「さてはあの小僧に、何かあったのか」
腕を組み、静かに問う。
「別にそんなんじゃないよ」
美咲は肩をすくめる。
「ただ遊ぶ相手がいなくて、退屈なだけ」
「なら、代わりを探せばいい」
その瞬間――
明鏡止水の目が、わずかに光る。
「な……」
美咲の展開していたウインドウが拡張される。
情報が流れ込む。
高速で処理されていくデータ。
「何勝手に――」
美咲が声を上げる。
だが、明鏡止水は止めない。
「貴様も感じていたはずだ」
低く、淡々と告げる。
「あの中での違和感を」
「……違和感?」
「イベントで勝てたことへの、違和感だ」
処理が止まる。
一つの映像が、浮かび上がる。
イベント中の記録。
そこに映るのは観客席の中――フードを被る男。
ゆっくりと動く、その手。
まるで何かを操るように。
その動きに呼応するように――
翻弄される葵時雨。
「……これ」
「イベントの勝敗は誰かに操作されてたって事…?何のために…」
美咲の視線が、釘付けになる。
呼吸を忘れる。
「まさか…気づかなかったのか?」
明鏡止水が静かに言う。
その言葉に、美咲は答えない。
ただ――
映像から目を離せなかった。




