第8章 39 冬フェス ヴァーチャルリンク開催
目標地点が見えてくる。
その先に――リリカ達がいた。
迅に気づき、美咲とキャットが大きく手を振る。
その後ろで、紗良が静かにこちらを見ていた。
少し落ち着いた様子。
その姿を確認して、迅は小さく息を吐く。
(……無事でよかった)
胸の奥の緊張が、ほどける。
その隣で――
サオリは、ほんの半歩だけ後ろに下がる。
迅の影に隠れるようにして歩く。
距離が近づくにつれて、
隠しきれない身体を、無意識に縮こませていく。
視線を上げられない。
逃げ場を探すように、わずかに足取りが鈍る。
「随分無茶したね〜」
美咲が軽い調子で声をかける。
視線は、紫電の右肩へ。
失われた右腕の接続部を、興味深そうに覗き込む。
「その状態でまだ動けるんだ……やっぱり面白いな、それ」
悪びれもなく言う。
迅は軽く肩をすくめる。
「まぁな、まだ動く」
短く返す。
迅の身体の向きが変わった、その拍子に――
リリカとサオリの目が合う。
一瞬。
サオリは反射的に視線を逸らす。
だが――
次の瞬間、リリカが息をつく間もなく駆け出していた。
距離が一気に詰まる。
そして、そのまま――
抱きしめられる。
「えっ……」
唐突な衝撃に、サオリは目を見開く。
腕の中で、リリカの身体が震えている。
押し殺していたものが漏れるように、嗚咽がこぼれる。
「無事で……よかった……」
途切れ途切れの声。
その言葉が、まっすぐ胸に落ちる。
サオリの視界が、滲む。
どうしていいか分からないまま、
ぎこちなく、リリカの背中に手を当てる。
少しだけ、迷う。
それでも――
そっと、引き寄せる。
強く。
抱き返す。
触れているはずなのに、
実感も、感触も、温もりもない。
それでも――
確かに。
胸の奥で、何かがほどけていく。
張り詰めていたものが、
音もなく、崩れていく。
サオリは大きく息を吸う。
まるで、今まで呼吸をしていなかったみたいに。
そして――
この瞬間を刻み込むように、
静かに目を閉じた。
「……仮想世界なんだから、大丈夫に決まってんじゃん……」
サオリはそう言いながら、
リリカの背中を、優しく撫でる。
安心させるように。
言い聞かせるように。
「――あの、二人とも」
少し遠慮がちに、天藤が口を開く。
「まだイベント中なんで…終わってからにしてもらっていいですか?」
その一言で、空気が現実に引き戻される。
「……っ」
サオリはハッとしたように顔を上げる。
慌てて、リリカの肩を掴み――
そっと、引き離す。
少しだけ距離ができる。
「……あ」
リリカが、小さく声を漏らす。
ほんの少しだけ、寂しそうに目を伏せる。
その表情を見ていられず、
サオリは視線を逸らす。
逃げるように。
そのまま、天藤と神崎の方へ歩み寄る。
マップを開く。
「……コホン」
わざとらしく咳払いをひとつ。
「じゃあ、私たちは東エリアに行くから」
「あんた達はそのまま南エリアで頑張りなさいよ」
何事もなかったかのように言う。
背中を向けたまま。
「サオリ……」
リリカの呼びかけ。
その声に、サオリの足が一瞬だけ止まる。
苦しそうに、顔を歪める。
それでも――振り向かない。
「……もう!」
声を張る。
「イベント終わったら、好きなだけ話してあげるから!」
「今は――イベントに集中しなさいよ!」
言い切ると同時に、
その場から駆け出す。
逃げるように。
振り返らずに。
その横で、
神崎が、じっと迅を睨む。
「……次こそは、決着をつける」
低く言い残す。
天藤が、思わず吹き出す。
「はは、まだ気にしてたんだ、それ」
「この前カッコつけて去り際に言ってたやつだろ?」
神崎は無言で圧をかける。
「……やべ」
天藤は慌てて顔を逸らし、
そのままサオリの後を追う。
サオリはもう迷っていなかった。
「おっと――!下層エリアで動きがありました!」
司会の声が響く。
「ヴィクトリアチーム、下層の北エリアにて大ブロックを制圧! 50ポイント獲得です!」
会場がどよめく。
「しかしこれは……周囲のモンスターを意図的に集め、汐花チームの進行を妨害した上での強引な制圧!」
「まさしく――豪胆という言葉が相応しい戦術です!」
ヴィクトリアは、わずかに憂いを帯びた表情でスクリーンを見つめる。
表示が更新される。
第一位 リリカチーム 190ポイント
第二位 ヴィクトリアチーム 185ポイント
第三位 汐花チーム 180ポイント
――その頃。
汐花チームは、集まったモンスターの群れに囲まれていた。
じりじりと、包囲が狭まっていく。
葵時雨が前に出る。
蹴りで、拳で、モンスターを薙ぎ払う。
だが――
倒したはずの空間を埋めるように、次の影が現れる。
奥から、奥から、尽きることなく湧いてくる。
まるで戦闘そのものに引き寄せられているかのように。
その外周。
大きく円を描くように、ヴィクトリアチームのサポートメンバーが走っていた。
挑発。
誘導。
引き寄せる。
「はははっ、こんなうまく行くとは思わなかったぜ。このまま成功すりゃあ大出世だぜ!」
「おい、あんまり大声ではしゃぐな、せっかくの作戦が台無しになったらお前消されるぞ?」
一人のメンバーが凍てつくような視線を向ける。
その表情にはしゃいでいたメンバーは緊張に顔を強張らせながらも挑発を続けた。
集まったモンスターの群れが壁となり、汐花チームの退路を断つ。
プレイヤー同士の直接戦闘が禁止されているこのイベントにおいて、
モンスターの挙動操作は、最も効果的な妨害手段だった。
徹底された妨害。
その光景に、観客席からブーイングが巻き起こる。
「こんな戦術ありなのかよ運営!」
「私たちはアイドルの写真が見たいの! こんな妨害、見たくない!」
怒号が飛び交う。
その中で――
ヴィクトリアは、小さく眉を寄せる。
「……少し、やりすぎではないかしら……」
戸惑いを滲ませる。
その言葉に、サポートの一人が振り向く。
表情は、動いている。
だが――どこか緩んでいる。
作られたような笑み。
ヴィクトリアの脳裏に、ふと「ゾンビ」という言葉が浮かぶ。
「何言ってるんですか?」
声が、妙に軽い。
「勝ち方にまでケチつけるんですか?」
「今、あの汐花チームに勝ててるんですよ?」
一歩、近づく。
「ヴィクトリアさんが選んでくれた僕らのおかげなんですよ」
「……何か、文句でも?」
その視線に、温度がない。
ヴィクトリアの背筋に、冷たいものが走る。
(……おかしい、今までの彼等とまるで様子が⋯)
喉の奥で引っかかるような明確な違和感。
だが――その言葉は
「……文句なんて、ないわ」
違う言葉として、先に出てしまう。
半ば押し込まれるように。
「なんだー、よかった!」
声色が一転する。
「僕ら、ヴィクトリアさんの味方ですからね!」
明るく笑う。
だが――
目だけが、笑っていない。
じっと、監視するようにヴィクトリアを捉えている。
観客の怒りが渦巻く中――
一人の男が、フードを被りお経のように呟く。
その気味悪さに周りのプレイヤーは離れていく。
そのフードの黒い眼の先は苦戦する葵時雨をただじっと見つめていた。
「……ずっと」
低い声。
「ずっと、お前のことが嫌いだった」
毒素を吐き出すように苦しそうに喋る。
「いい顔して、モデル気取りで」
「ギルドの顔として褒められる毎日は……誇らしかったか?」
「もっと困れ」
「もっと苦しめ」
「もっと足掻け」
「……足りない」
「こんなんじゃ足りないんだよ……!」
黒い瞳が、じわりと赤く染まっていく。
「お前も――こっち側に堕ちてこい」
「葵時雨」
フードの奥で、
黒い炎が、静かに揺らめいた。




