第8章 36 冬フェス ヴァーチャルリンク開催
空中で姿勢を縦にし、落下する迅。
空気抵抗を少しでも減らし、時間差で落ちていくサオリへ、少しでも近づこうとする。
はるか先を落ちていくサオリは、すでに全てを諦めてしまったように、力なく落下に身を任せている。
その姿に、迅の表情が曇る。
焦るな。
まだ距離はある。
この状況を打開する手段を、思考が巡る。
空中。
加速する手段は、ほぼない。
足場もない。
加速する為のカウンターを取る対象もいない。
――なにか、ないのか……!
思考を巡らせる中、
上層の地表の壁が過ぎ、
視界が一気に開ける。
同時に、中層からの風が吹き付ける。
体勢が崩れかける。
だが、食いしばりとどまる。
中層の景色が広がった。
未だ複数のチームが、ポイントを稼ぐために走り回っている。
その様子を、迅は上空から見下ろす。
空中からの視界は――まるで、他チームが壁を走っているようで……。
その瞬間、
思考が繋がる。
迅はストレージからアイテムを取り出す。
装着。
中層の地表の壁に到達した瞬間、
足に装着した装備、ウォールシューズが壁を捉える。
――加速。
落下速度が一気に跳ね上がる。
遺跡探索で得たアイテムが選択肢を広げた。
落雷のような速度で、距離を詰める。
サオリの肩を叩く。
「おい……起きろ!」
声に反応し、サオリが目を開く。
「なんで……あんたがここに!」
「いいから、手を出せ! 地上にぶつかるぞ!」
混乱するサオリの手を掴み、引き寄せる。
そのまま、抱え込む。
下層の地表が、徐々に迫ってくる。
迅はもう一つのアイテムを取り出し、握りしめる。
――黄昏の勾玉。
衝撃を和らげるアイテム。
どこまで耐えられるかは迅にも未知数であった。
それでも、迅は拳を構える。
「無理……こんな落下、受け止められるわけない……!」
サオリは諦め、再び目を閉じる。
「無理かどうか、やってみなきゃ分かんねぇだろ」
迅はサオリを強く抱き寄せ、
力のすべてを拳に集める。
そして――放つ。
地表へと激突。
爆発に似た炸裂音が響く。
土煙が舞い上がる。
サオリは下層の地面に投げ出され、自分の手を見つめ、起き上がる。
「なんとも⋯ない?」
土煙の中――
片腕を失った紫電の背中が、そこにあった。
「あんた……なんでそこまで……」
「おっと!!ここで展開が動きます!」
司会の声が下層まで響く。
そして下層のスクリーンに2チームが表示される。
中層、東エリア――
ヴィクトリアチームが中ブロックを制圧!
20ポイント獲得!
さらに――
上層、南エリアでも汐花チームが中ブロックを獲得!
同じく20ポイント追加!
順位が、塗り替わる――!
司会のコールと共に、スクリーンの表示が更新される。
1位 汐花チーム 160ポイント
2位 リリカチーム 140ポイント
3位 ヴィクトリアチーム 95ポイント
自身の名前が上位から消えて喪失感を覚えるサオリ。
その時――
地鳴りと共に空気が震える。
土煙の奥から、
下層を守護するゴーレムが姿を現す。
迅は、深く息を吸う。
まだ無事な左手を、回す。
まだ――動く。
視線は、逸らさない。
ゴーレムを捉えたまま、
踏み込み、走る。
片腕を失ったことで、バランスが崩れる。
いつもの速度は出ない。
だが――
わざと右に重心をずらし体を合わせる。
ゴーレムの腕が振り下ろされる。
その一撃にカウンターを――合わせる。
軌道をずらし、懐へ。
加速。
えぐるような連打を叩き込む。
拳が沈む。
何度も。
何度も。
気迫ごと、打ち込む。
ゴーレムの体が揺れて
――崩れる。
転倒。
そのまま、乗りかかる。
「……俺は、諦めない」
息を吐く。
振り抜く。
頭部――コアへ。
破壊。
ゴーレムが、停止する。
「……あいつらも!」
「おおっと!」
上層、北エリアでも動きあり!
混戦を抜け出し――
大ブロック、天文台通り制圧!
投票バトルを制したのはリリカチーム!
50ポイント獲得!
サオリが思わず顔を上げる。
その先に――
他チームを振り切り、
輝くリリカの姿。
スクリーンが更新される。
唖然とするサオリ。
1位 リリカチーム 190ポイント
2位 汐花チーム 160ポイント
3位 ヴィクトリアチーム 95ポイント
迅は、崩れ落ちるゴーレムから降りる。
一歩。
また一歩。
サオリへと近づく。
その足音は、下層の静寂の中で、まるで時計の針が刻むように響いた。
迅は、ただまっすぐサオリを見つめる。
サオリは思わず目をそらし、苦しそうな表情を笑いで誤魔化す。
「馬鹿みたい……リリカも、あんたも」
「こんなイベントに本気になって……たかが、ゲームでしょ……っ!」
しかし――
迅は何も言わない。
ただ、サオリを見る。
サオリは、自分の言葉から逃れられない。
(何を言ってるの……!)
(こんな、誤魔化すみたいな……言い訳みたいな罵倒を……)
サオリは顔を上げられない。
視線は、自分の落とした影へと落ちる。
暫くの沈黙。
それは、永遠のように長く感じられた。
ふと、サオリは気づく。
影の中に、紫電のボディを走る光が差し込んでいる。
ラインが、静かに脈打つ。
その光を辿る。
足元から、
胸へ。
脈動するように光るパーツ。
そして――顔へ。
ゆっくりと、サオリは顔を上げる。
そこにあったのは、
敵意でもない。
哀れみでもない。
ただ、揺るがない視線がサオリを見ている。
その瞬間――
サオリの内側から、声が響く。
――何に、納得していないの。
リリカの笑顔。
確執。
敗北。
イベント。
劣等感。
執念。
失敗。
言えなかった言葉。
飲み込んだ本音。
あらゆる感情が絡まり、
ほどけないまま、
ぐちゃぐちゃに混ざっていく。
――違う、何かじゃないー。
全部、全部納得できてないんだ。
負けることも。
今の自分も。
リリカへの感情も。
自分の気持ちから逃げたことも。
全部。
サオリの中で、何かが軋む。
崩れて壊れる。
抑えていたものが、弾ける。
声にならない叫び。
全部、吐き出す。
そして――
サオリは、目を開いた。




