第8章 32 冬フェス ヴァーチャルリンク開催
上層でリリカチームが活躍する中、
中層――東エリア。
ヴィクトリアチームは、汐花チームの影を追っていた。
西のライブ会場とは対照的に、
このエリアは青々とした森が広がっている。
木漏れ日が差し込み、静かな空気が流れていた。
その中を――
風を裂くように駆け抜ける影。
汐花を抱えた葵時雨が、
木々の間を縫うように疾走していく。
「……何と素早い」
ヴィクトリアが目を細める。
「まるで――こちらの進路を読んでいるかのようですわね」
その背を追いながら、
口元にわずかな笑みを浮かべる。
「ですが――負けるわけにはいきませんわ」
次の瞬間、加速。
まるで陸上選手のような、無駄のない美しいフォーム。
その走りに、
サポートメンバーたちが必死に食らいついていく。
「なんでそんな速いんだよ……!
ネタでもお嬢様キャラだろアンタ!?」
息を切らしながらの叫び。
ヴィクトリアは一瞥し、涼しい顔で言い放つ。
「質実剛健」
「令嬢を名乗る以上、
日々の鍛錬は当然の嗜みですわ」
さらに一歩、加速。
「あなた方も、もう少し華麗に走りなさいな」
「そんな余裕あるかっ!!」
即座に返るツッコミ。
だが、誰一人として足は止めない。
前方では、
葵時雨がわずかに振り返る。
その視線が、ヴィクトリアを捉える。
距離は――まだある。
だが、確実に詰めている。
両チームは、
東エリアの大ブロックを目指し、
森の奥へと駆け抜けていった。
森を抜けた先――
地形が大きく窪み、その底に、さらに広大な樹海が広がっていた。
機械の樹が蠢く樹海。
大ブロックに指定されたそのエリアは、
自然と機械が完全に融合した異質な空間だった。
幹には金属の光沢が走り、
枝葉の合間には配線のような脈が巡っている。
中央の咲き誇る花々や輝く木々は、
まるでランタンのように柔らかな光を灯し、
樹海全体を淡く照らしていた。
――幻想的で、どこか不気味な光景。
その縁に立つ、汐花と葵時雨。
背後からは、ヴィクトリアチームが迫っている。
数歩進めば、その先は崖。
端からは、崩れた土が静かに落ちていく。
この樹海へ進むには――
この崖を降りるしかない。
汐花は、臆さずただ静かにその景色を見つめていた。
どこを切り取るか。
どの瞬間が、最も美しいか。
その思考以外、すべてを切り捨てたような眼差し。
それを見て――
葵時雨は、迷いなく動いた。
神珍鉄を構える。
狙いを定め、
一切の躊躇なく振り抜いた。
伸びる。
鋼の軌跡が、斜めに崖下へと走る。
葵時雨は振り返り、汐花へ手を差し出した。
「大丈夫――私を信じて」
汐花は、一瞬も迷わない。
静かに頷き、
その手を取った。
次の瞬間――加速。
神珍鉄を滑るように駆け下りる。
まるで重力を無視するかのような速度で、
二人は一気に崖下へと降下していった。
光る樹海が、眼前へと迫る。
後から到着したヴィクトリアは、崖下へと降りていく汐花たちの姿を見下ろした。
「……先ほどの狼は、もう出せませんの?」
振り返りもせず、淡々と問う。
「む、無理ですって!
あのアイテム、遺跡探索で手に入れた希少品なもんで……一回限りなんだよ……!」
サポートメンバーの一人が、慌てて両手を振る。
「そう……残念ですわね」
一瞬の間。
だが、すぐに切り替える。
「では、このまま崖を降りましょう、何か手はありますかしら?」
「じゃあ今度は俺の番だな」
前に出たのは、剛腕のプレイヤー。
足場へと手をかざす。
――変化が起きる。
崖の岩肌に、
無数の剣山が突き出すように現れた。
だが、それは無秩序ではない。
段差を刻むように、
崖の下まで規則正しく並んでいる。
さらに力が込められる。
剣山がうねり、
互いに接続し合い――
一つの“道”へと変わっていく。
崖に這うように形成された、
即席のスロープ。
「……突貫工事としては、悪くありませんわね」
ヴィクトリアが、わずかに口元を上げる。
「行きますわよ!」
躊躇なく、踏み込む。
スロープへと飛び移り――そのまま加速。
滑るように、
一気に崖下へと降下していく。
ドレスが翻り、風を切る。
その背を見て、
サポートメンバーたちが一瞬固まる。
「ちょっ……速っ!?」
「置いてくなって……!」
慌てて後を追う。
最後尾のプレイヤーが、小さく笑った。
「……へっ、大した度胸だ、ほんとによ」
剣のスロープを駆け下りながら、
ヴィクトリアチームもまた、
樹海へと突入していく。
崖下――着地直前。
葵時雨は神珍鉄を一瞬だけ伸ばした。
一瞬の伸縮が減速の支点となり速度が削がれ、
そのまま滑らかに着地。
伸びた神珍鉄は、ストレージへと戻された。
視線の先――
機械樹の樹海が広がっている。
「行くよ」
ヴィクトリアチームとの差を広げるため、
葵時雨は汐花の手を引き、そのまま踏み込む。
――その瞬間。
足元が、揺れた。
低く、鈍い振動。
周囲を見渡す。
樹海が――動いている。
木々がしなり、
根が地中を這い、
地形そのものが再構築されていく。
「……これは」
足場が崩れる。
葵時雨は一瞬で判断し、跳躍。
崩壊の連鎖から離脱し、
まだ安定している足場へと着地する。
視線を落とすと、
裂けた地面の奥に、人工的な床が覗いていた。
自然ではない。
この樹海そのものが、
“構造物”として動いている。
「そう簡単には進ませてくれないってわけ⋯」
その時――
背後から気配。
ヴィクトリアチームが迫っていた。
揺れ動く地形の中、
サポートメンバーが剣山を展開し、
崩れる足場を強引に接続していく。
即席の道。
力技の適応。
「ようやく追いつきましたわ」
ヴィクトリアの声が響く。
その先――
機械樹の樹海の中心。
光り輝く木々と、
ランタンのように灯る花畑。
二つのチームの視線が、
同時にそこへ向けられる。
次の瞬間――動く。
ヴィクトリアチームは、
剣山で足場を繋ぎながら前進。
対する汐花チームは、
神珍鉄の推進力を利用し、
空を駆けるように進んでいく。
「――すごい……!」
実況が思わず息を呑む。
「両チームとも、
この変化する樹海を……攻略している!」
動く地形。
崩れる足場。
それでも止まらない。
異なる方法で、
同じ目的地へと迫る。
そして――
二つの影が、同時に到達する。
光り輝く、
機械樹の中心へ。
到着したヴィクトリアチーム。
「ワタクシの輝きを讃えるかのような光――素晴らしいですわ」
機械樹の中心、
光に満ちるそのエリアを見つめる。
ヴィクトリアはゆっくりと一歩、前へ出る。
「さぁ――撮影を」
ドレスが、光を受けてきらめく。
ひときわ豪奢な衣装へと瞬時に切り替わり、
その場の空気すら支配するかのように、
ヴィクトリアはポーズを取る。
「……あの、少し光量を抑えないと、
これ……ボケてます……」
サポートメンバーが、
気まずそうに口を挟む。
「……あら?」
一瞬の沈黙。
「仕方ありませんわね」
指先が、わずかに動く。
ヴィクトリアから発する輝きが、
従うように、静かに抑えられていく。
「それ、調整できるのかよ……」
呆れた声が漏れる中――
シャッターが切られる。
その一枚。
輝く木々に囲まれ、
中心に立つヴィクトリア。
無数の光に包まれながら、
ただ一人、際立つ存在。
それはまるで――
満天の星の中に浮かぶ、
ただ一つの“月”。
「……ふふ」
ヴィクトリアは満足げに微笑む。
「まさしく、ワタクシに相応しい一枚ですわね」
迷いなく、登録。
――そのすぐ隣。
同じ花畑に立つ、汐花。
舞う花びらが、
光を帯びながら、空へと昇っていく。
汐花は、何も語らない。
ただ、そっと手を差し伸べる。
掴むでもなく、
止めるでもなく――
触れようとする、その一瞬。
その背後で。
葵時雨は、静かにデバイスを構えていた。
一切の指示も確認もない。
ただ、“分かっている”。
どの瞬間を求めているのか。
呼吸が、合う。
風が、揺れる。
――その一瞬。
迷いなく、シャッターを切る。
切り取られた一枚。
背を向けた汐花。
主役は、彼女ではない。
光に溶ける花びら。
広がる空間。
そして――その中に“いる”存在。
月のない星空。
だがそれは、
まるで“月の側”から見た景色のようだった。
葵時雨は、何も言わない。
ただ、画面を一度だけ確認する。
そして、汐花を見る。
汐花は、わずかに頷く。
それだけで十分だった。
登録。
二つの作品が、
同時に受理される。
――次の瞬間。
視界が切り替わる。
《投票バトル》
「……これは……!」
実況が息を呑む。
「凄まじいクオリティ……!
両チーム、まったく異なる方向性ですが――」
「投票の伸びが、異常です!」
数値が、跳ね上がる。
互いに譲らない。
拮抗。
せめぎ合う。
「どちらがこの大ブロックを制するのか……!」
歓声が、膨れ上がる。
光と静寂。
対極の美が、ぶつかり合う。




