第9章 8 火中の狐
「ちょっと待って……いったい何の話をしてるの…」
「この世界って、ただのゲームなんじゃ……」
美咲は言いかけた言葉を途中で飲み込む。
冷静さを欠いた思考が指先を震わせる。
しかし、その動揺とは裏腹に口角がわずかに上がった。
美咲は、噛み合わなかった最後のピースの正体を知覚しつつあった。
この世界は既にゲームではなく、新たな第二の現実世界として構築されつつある。
祖之は空気を喰らうように深呼吸すると、再び明鏡止水へ近づく。
「やっぱりおかしいよな、お前……」
「市場のデータ、プレイヤーの動向、果てはこの仮想世界の実情までも分析し、答えへ辿り着くその知性」
「なぜ、たかだか仮想世界のアイテムに内包されたAIがこれほどの権限を有している?」
「いや、自己学習型のAIか」
祖之は問いかけるような眼差しを明鏡止水へ向ける。
しかし明鏡止水は沈黙を貫く。
美咲は祖之の追及に戦慄する。
今までの情報だけで、明鏡止水の正体が刀であること、さらに自己学習型のAIであることまで看破していたからだ。
美咲のその表情を、答え合わせをするように祖之は眺める。
「どうやら正解…って顔してるな」
「行動パターンをみればこれぐらい想定できるぜ」
「極めつけは、この武器へ圧縮された情報密度」
「外部グラフィックに至るまで緻密に構築されている。これは俺でも再現不可能だ」
「おそらく、開発側が贋作を作られないよう意図的に設計している」
「――さしずめ、噂の英雄具って奴か?」
祖之は顎をさすりながら呟いた。明鏡止水は刀を鞘ごと腰から抜き、祖之へ差し出す。
「他者からの情報なく、私を認知したのは貴様で二人目だ」
「指摘通り、私は点在する百の英雄具、その一つ」
「名は明鏡止水」
「私も貴様の分析能力、そしてこの地下市場へ精通するその知識に興味が湧いた」
「私の情報と引き換えに、この都市についての情報提供を求める」
祖之は迷いなく、明鏡止水の差し出した刀へ拳を合わせる。
「いいぜ。引き続き情報交換といこうじゃねぇか」
「盛り上がってるところ悪いけど、私を無視して勝手に話進めないでもらっていいかな……?」
美咲はこめかみを指で掻きながら近づく。
そして、そっと明鏡止水の柄へ手を添えた。
「そんな面白そうな話、私抜きで進めないでよね……!」
美咲はにやりと笑う。
「同じエンジニア同士よろしく!」
美咲は無理やり祖之の手を取り握手を交わした。
美咲と明鏡止水はイベントの一部始終を含め祖之に共有した。
「……なるほど。そのフードの男を特定する為に、都市の情報が欲しいってわけか」
「っても一ヶ月前の取引以来地下市場でも見かけねぇし工房にも来てないぞ」
「都市の何の情報がいるんだ?」
祖之は机へ腰掛けながら問い返す。
明鏡止水と美咲は顔を見合わせた。
「全部……!」
「は……?」
祖之は思わず訝しげな視線を向ける。
美咲は真っ直ぐ祖之を見つめた。
「全部って、お前ら何時間ここに居座る気だ……?」
祖之は怪訝そうに言う。
「だって都市のどこにフードの男の情報が関係しているのか分からないし、絶対この都市に関わりがあるプレイヤーだと思うのよね〜」
美咲はあっさりと返す。
「それに、仮想世界のことをもっと知らなくちゃ!私もエンジニアとして負けてらんないし……!」
「おい……フードの男の正体とやらはどうでもよくて、アバターの技術指南が目的じゃないだろうな?」
「言っとくが、教えてやる義理もねぇし、そのつもりもねぇぞ」
祖之は腕を組みながら美咲を睨む。
「あはは……」
「そ、そういえばあのフードの男…どこかで会ったこともある気がして、気になってるんだよね〜」
白々しく話す美咲に、祖之は肩を震わせる。
「は〜、下手くそな誤魔化ししやがって……」
「引き受けたのが間違いだったか…」
「俺も暇じゃねぇから、二度は言わねぇぞ」
祖之はデバイスを展開する。
「まずこの都市の最近の状況からだ」
「この都市は、絶対的な強者である九尾の晩餐の影響によって歪に発展してきた」
「九尾の晩餐の躍進以降、主に市場の流通と遺跡探索の開拓によって、これだけの規模まで大きくなった」
「だが、膨れ上がった市場も、開拓が進んだ遺跡探索も、今の九尾の晩餐にとって芳しい状況とは言えない」
「理由は……?」
美咲は訊ねる。
祖之はデバイスを二つ追加で展開した。
「市場にも、遺跡探索にも、九尾の晩餐に対抗しうるギルドが台頭してきたからだ」
表示された画面には燃え盛る炎の中に龍が佇む紋章と帆船が雲をかき分けている紋章が表示された。
どちらも精巧に形取られている。
「まずは、この地下市場へ一番大きな影響を与えているギルド――白波貿易船団についてだ」
祖之は帆船の紋章を指差す。
「このギルドは、三つの商業ギルドが合併してできた大型ギルドでな。この地下市場を作った中心ギルドとも言われている」
「外の都市から希少アイテムを流す独自ルートをいくつも持ってる。俺も何度か取引したことがあるが、比較的自由の利く取引が多い」
「九尾とはまさに商売敵、白波貿易船団が牛耳っている市場では九尾の晩餐に商品を卸さない店も多いな」
次に祖之は、龍の紋章を指差した。
「そして、遺跡探索で九尾の晩餐を最も押してるのが、ここ――火竜兵衆だ」
「総数は百人程度の中型ギルドだが、とにかく攻略特化で有名」
「所属しているプレイヤーは、どいつも他ギルドなら主力を張れる連中ばかりだ」
「遺跡探索でのPvPは無敗。九尾の晩餐とも何度もやり合ってる」
「つい先日も、幹部を含めた九尾の遺跡攻略部隊を壊滅させた」
祖之は口角をわずかに歪める。
「こいつらは装備に糸目をつけねぇ」
「地下市場でも、遺跡で回収したアイテムを供給してるし、金払いもいい。地下ではかなり歓迎されてる」
「ちなみに、さっきの酒場にも何人かいたぜ」
「ちょうど明日、火竜兵衆に武器を届ける約束になってるがお前らも来るか?」
美咲と明鏡止水は頷いた。




