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第9章 7 火中の狐

祖之が入り口をくぐると、自動で明かりが灯る。


灰色の床には傷が垣間見えるが、手入れが行き届いているのか、磨かれており、わずかに光を反射していた。


足音が工房に響く。


祖之は、少し自慢げに壁に並べられたアバターへ視線を向ける。


その態度に美咲はわずかに目を細めるが、すぐに興味深そうに工房の様子を眺めた。


アバターは近接型、遠距離型を問わず陳列されていた。


流線型のタイプもあれば、重厚で頑丈そうな機体もある。


祖之の調整の幅の広さがうかがえた。


そして、どのアバターにも主要なパーツには赤い線が刻まれている。


酒場にいたプレイヤーたちが、祖之の作ったアバターの持ち主であることは明白だった。


「呆れた。やっぱりさっきの連中、アンタの手先じゃん」


「的外れな指摘だな。仮にそうだとしてもお前らにそれを話す義理はない」


祖之はわざとらしく視線を逸らす。


「で、お前らの聞きたい話はそれか?」


祖之の問いかけに、美咲は少し迷いながらデバイスを展開する。


祖之の問いは、まったく的外れとも言い難かったからだ。


映し出されたのは、フードの男。


手先を拡大した画像も表示される。


「それは……」


祖之は考え込むように顎へ手を当て、食い入るように画像を見る。


「アンタの顧客でしょ。色は入ってないけど、線の入ったパーツ……市場にも出回ってない特注品」


「それに、アバターの調整だって、いかにもそれっぽいけど……」


「その様子じゃ、お前らも知らないみたいだな」


美咲は首をかしげる。


祖之は溜息混じりに歩きながら、調整用の工具が置かれた机へ手をかける。


そして、首だけをわずかに横へ向けた。


「そのアバターを設計したのは俺で間違いないが……残念だったな。中のプレイヤーについては知らない」


祖之はあっさりと告白した。


「だが……そいつが俺の作製したパーツを買い付けてから、奇妙なことが起きた」


「名だたる中国都市の強者共が、俺のアバターを買い付けに押し寄せてきた。火竜兵衆、白波貿易船団……他にもな」


「つまり、フードの男が来てから、こんなに大きな工房を持つエンジニアになったわけ?」


「身も蓋もないが、そういうこった」


祖之は屈託なく笑いながら頷いた。


「おかげでデカい工房を手に入れたし、アバターの試作にも困らねぇだけの資金が入るようになった」


「俺からしたら、その男が何者だろうがどうでもいいって話だ」


美咲は思考を一段深く落とし込む。


市場で聞いた情報。

酒場のプレイヤー達。

祖之の周辺で起きた現象。


繋ぎ合わせようとするが、どこかまだ噛み合わない。


何か重要な情報が欠けている気がした。


「ねぇ、この都市に来てからずっと感じてるけど、このピリピリした空気はいつからなの?」


「ちょうどひと月前くらいからだな」


「発端はどこかの店で、とんでもない金額で商品を買い漁るプレイヤーが現れたことだったか」


「……? アイテムを買うくらい普通のことじゃない?」


「現金取引《リアルマネートレードだ》」


「そこから仮想通貨を下地に、マーケットが生き物みてぇに動き始めた」


「それって規約違反なんじゃー!!」


美咲は思わず声を荒げる。


「規約では、犯罪防止のために金銭の受理を不当に行うことが禁じられている」


「だが、仮想世界で定められた通貨に則って公正に取引を行う限り、それは合法だ」


明鏡止水が規約の条文を噛み砕くように補足する。


「そんな……じゃあ、ここの人たちが血相変えてるのって……」


美咲は思わず明鏡止水に問い返す。


「仮想世界で得る収入に、多くの人間が依存しているからだろう」


「この世界の物の価値は、既に現実世界の金銭として取引するに十分に値している」


明鏡止水は市場価値の乱高下をデバイスへ表示する。


「現在、bsに接続している総人口は約一億人」


「その内、戦闘行為へ積極的に参加しているユーザーは四割未満。残る六割は観光、商業、配信、交流、創作活動を主目的として接続している」


明鏡止水は淡々とデバイスへ数値を映し出す。


「bsは既に現実世界と接続された巨大経済圏として機能している」


空中へ展開された画面には、膨大な数字と市場推移が並ぶ。


「現在、bs内で運用されている資産規模は推定七百兆から千兆規模」


「国家予算規模じゃねぇか……」


祖之は思わず呟く。


「正確には、それ以上だ」


明鏡止水は即座に訂正した。


「bsは観光産業、配信産業、広告市場、仮想通貨市場、娯楽市場を内包している」


「現実世界との連動率は年々増加しており、一部国家経済へ影響を与え始めている」


デバイスに表示されたグラフが切り替わる。


赤い線が、中国都市周辺のみ急激に膨張していた。


「そして、現在最も急成長しているのが地下市場だ」


「仮想世界の公的市場はAIによって価格を安定化されている」


「過剰な価格変動、独占、投機行動は制限されている為、極端な取引は生まれにくい」


「だが、人間の欲望は均衡を嫌う」


祖之が楽しそうに口角を歪める。


「英雄具、未発見素材、特注パーツ、独占情報」


「それらは公的市場では適正価値へ矯正される」


「故に、プレイヤーは価値を“公的な市場外”へ逃がしたと推察される」


「現在、予測ではこの地下市場のみで推定数兆規模の資産が運用されている」


「その大半は非合法、または匿名取引によるものだ」


美咲は息を呑む。

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