第9章 4 火中の狐
地下の市場は、全貌が見渡せないほど広い。
左右を分けるように、中央は空洞で底は見えず巨大な谷を思わせる構造。
谷の外壁には、貼り付くように無数の店が左右に建てられていた。
中央の空洞を流れる風圧。
まるで空気を循環させるように風が巻き起こっている。
店の看板や建物が、金属を擦り合わせたような音と、空気が巻き起こす地鳴りのような鈍い音を響かせていた。
「すっごい景色……お店、どれだけあるんだろ」
地下の谷を結ぶように、至る所に左右を渡る橋がかけられている。
美咲はその橋を渡りながら、市場を歩く。
歩くたびに橋はわずかに揺れ、眼下の奈落が隙間から覗いた。
「結構スリルあるね……」
店を覗くと、日本では見かけないものばかりが並んでいる。
目立つのは、遺跡探索で得られたアイテムだ。
中国都市にある主要な遺跡で採取されたものをはじめ、各地へ遠征して集められた品々が並んでいる。
売買の値段も、手頃なものから高価なものまで様々で、
美咲は目を輝かせながらそれらを見て回る。
目的を見失いかけたその時、じっと見つめる明鏡止水の視線に気づき、
美咲は咳払いをして歩みを進めた。
取引が個人間で行われているため、公式の市場では見かけないパーツや武器も並んでいた。
美咲は、フードの男が使っていた
この市場で扱われていたものだと確信する。
あとは、それを扱っている店を見つけるだけなのだが――
ふと後ろを振り向くと
反対側の壁にも、無数の店が所狭しと並び、
上下左右、果てしなく続いており
数千という店が立ち並ぶ。
視界の先に収まらない地下市場の全貌に
美咲は肩を落とす。
「この市場全部見るのは、さすがにしんどいかも……」
辟易しながらも、地下市場の広大さに期待を弾ませる。
人の多い場所、栄えている店、並んでいる店の傾向。
見渡しても、視界に収まらない景色。
求めていた以上の光景に、自然と笑みがこぼれた。
意を決し、足を踏み入れる。
右へ、左へ、下へ――時折上へ。
増築に増築を重ねた迷宮のような地下市場を、頭の中でマッピングしていく。
人の往来は絶えず流れ、
すれ違うプレイヤーが次々と目に入る。
すかさず周囲のプレイヤーを観察し、装備しているパーツや武器を確認する。
フルプレートの重装備、両手で扱う大型の重火器や戦鎚が目立つ。
装備は対プレイヤーを意識しているものが多い。
話している会話の断片にも耳を澄ませる。
「そういや、聞いたか」
「また九尾の晩餐と火竜兵衆が遺跡探索でやり合ったらしい」
「へー、どっちが勝ったんだ? やっぱ九尾か?」
「お前、火竜兵衆のヤバさ知ってるだろ。九尾の幹部が間に合わなくて、一瞬で制して九尾側が全滅だよ」
「マジか……」
他の店でも、似たような大手ギルド同士の争いの話で賑わっていた。
いずれの話にも、必ず頭につくキーワードが耳に残る。
中国で台頭する大手ギルドの名前――
九尾の晩餐/火竜兵衆/白波貿易船団
そして、それに付随する出来事――
抗争/同盟/裏ルートの取引
点だった情報が繋がり、中国都市の状況が浮かび上がる。
この疑念と緊張の正体は、ギルド間の抗争と、まだ表に出ていない取引が影響しているようだった。
だが、まだ見えてこない部分がある。
それだけで、ここまでの緊張感を生むものだろうか。
考えに没頭しながら歩く美咲。
その進行方向から、数字を呟く声が聞こえてくる。
市場の喧騒の中から、少しずつ。
小さく、しかし途切れずに、確かに紡がれていく数字の羅列。
その数字を聞いた瞬間――
美咲の頭の中に、設計図が浮かぶ。
数字の羅列が意味を持ち、立体的な形を想像の中で組み立てていく。
言葉の主とすれ違う一瞬、美咲が足を止める。
振り向く。
人混みに紛れていく背中を捉える。
美咲は笑う。
「見つけた……!」




