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~ニ縁~



 聞こえる音はお茶を啜る音と湯呑みを茶卓に置く音、それから私たちの息遣いだけ。

 あれから私は座敷に通され、お茶を勧められた。しかし、摩訶不思議なこのお茶を飲む気にはなれなかったので、唇を濡らす程度に湯呑みを傾けるだけに留めた。


 私の目の前、上座には着物の子。そして私の右隣りに男が座り、それぞれお茶を啜っている。誰も喋らない。

 着物の子はにこにことこちらを見ているだけだし、男は何やらか言いたげに着物の子を見ては溜め息をついている。



「緑茶はお嫌いですか?」



 ようやく喋った着物の子は、申し訳なさそうに眉を下げ的外れなことを聞いてきた。 私が慌てて首を振ると少しほっとした顔をした後、また不安そうな顔をする。



「では、玉露がお嫌いで?」



 いや、そういう問題ではない。

 返事に困っていると、男が一際大きな溜め息をついて面倒臭そうに着物の子の肩口を叩く。



「そういうのは後にしろ」


「ん、そう? じゃあ……僕は八朔日時雨(ほづみ しぐれ)。で、こっちが」


因幡光宏(いなば みつひろ)


「あ……堺、好一(さかい よしかず)です」



 堺さんですね、と着物の子、もとい八朔日時雨……さんが私の名前を反芻しながらまたにこにこと微笑みお茶を啜る。それを見てまた因幡光宏くんが溜め息をつく。

 因幡くんに溜め息をつかれた八朔日、さんはきょとんとしながら因幡くんを見る。



「話を先に進めろよ」


「そんなに急いてもしかたないよ」



 そうは言っても少し考える素振りを見せた八朔日さんは、私が抱えている箱に視線を移すとにこりと微笑み、頷いた。



「ところで堺さん。その箱は?」



 八朔日さんの言葉に成る程、と納得したように私を見る因幡さんは、しっかりと箱を見据えていた。



「その中には何が?」





 ここで私は、最近毎晩のように見る夢の話をしようと思います。特に関係ないとは思っているのですが、私が骨董屋にこの箱の中身を売ろうと決めたきっかけですので、少々お付き合い下さい。

 夢は、暖かい日が差し込む私の部屋から始まります。私の家は古い日本家屋で、仕事が休みの日には濡れ縁でひなたぼっこをして過ごすのが常です。

 夢で私は、濡れ縁に横になり空を眺めながら読書をしています。そしてあまりの陽気にうとうととし始める頃、庭先から猫の鳴き声がするのです。

 それは子猫のようで、か細く頼りなく鳴いているのです。何処からか野良の子でも迷い込んだのかと庭を見渡してみますと、敷地の隅にある畑の小山から聞こえてきているようでした。

 何気なく庭へ出て、その小山へ足を向けると、陰から獣の目が覗いていました。それと目が合うと、急に陰で何かが動き私に襲い掛かってきます。 私がその何かに押し倒され、驚いて目を開けると、目の前に茶色と白の入り混じった大きな猫が牙を剥いています。心底私が憎いといった様子で私を睨みつけ、次の瞬間には首を目掛けてかぶりついてくるのです。



 いつも夢はそこで終わり、私は毎朝心臓が早鐘を打つ程の緊張感と共に起床します。その後直ぐに床の間に置いてあるこの箱の中身が音を立てます。

 箱はしっかりと房紐で縛られ、開いた痕跡もないのに、箱の中身が音を立てるのです。私もいい加減、我慢ならなくなったので骨董屋に引き取ってもらおうとここまで来たのです。





「……壷です。蓋のついた、壷が入っています」

 私が答えると八朔日さんは何度か頷き、まるで私を安心させるようにまたにこりと微笑んだ。



「その壷、お売りになりたいのですよね? いえ、例え売れずとも処分なさりたい。そうですよね?」


「……は、い」



 かけられる言葉は優しかったが、その裏に滲んでいる雰囲気に、断るという選択肢は存在していない、と言われているようだった。



「では、私どもに任せて頂けませんか?」


「それは構いませんが……」


「心配するな、俺達はプロだ」



 八朔日さんは、何処からか取り出した扇子で因幡くんの額をぴしゃりと叩くと、口元を扇子で隠しながら黒い笑みを浮かべてお客様には敬語を使いなさい、と小声で叱っていた。



「詳しいお話を聞かせて頂いてよろしいですか?」



 気を取り直して小さな咳ばらいをした八朔日さんは、私に向き直り先を促した。先程の夢の話を交えながらこの壷を売ろうと思った経緯を説明すると、八朔日さんは少しの間黙ったまま私を見つめていた。

 私が何だか後ろめたくなって目を逸らして俯きかけた頃、八朔日さんは私を見つめたまま口を開いた。



「先の話でいう音、というのは壷の蓋が閉まるような音、ということでよろしいですか?」


「は、はい。その通りです」


「毎晩ですか?」


「毎晩です」


「必ずその夢を?」


「はい、必ず」


「夢を見なかった日は?」


「ありません」


 次々と投げ掛けられる問いに少し面をくらいながら答える。すると八朔日さんは納得したように頷き、表情を緩めて最後の質問、とばかりにゆっくりと問うてきた。



「そうですか。では、それはいつ頃から?」


「……二週間、前から」



 私がそう答えた途端、八朔日さんは笑みを深くした。







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