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~一縁~



 ――私がその店に脚を踏み入れたのは、半年前のことだ。

 別段用があった訳ではないのだが、自然と脚が向いていた。


 その店は、古い町並みが続く通りの中ほど辺りにあった。他の建物や通りの景観に溶け込むようにひっそりと建っていて、店目当てでなければ気付かないのではないだろうか。

 店の前に立つと、時代劇にタイムスリップしたのではないかと錯覚した。"問屋"とは何か、と言われれば、この店の写真を見せたら納得してもらえそうだ。


 その店の看板には、『香月堂』と書かれていた。お香でも売っているのだろうか。

 硝子戸を開けて中に入ると、何とも心配になるような男がいた。店の物を片っ端から壊しそうな男だ。



「……らっしゃい」



 不機嫌だった。私が悪いのだろうか。

 情けなくもおろおろとしてしまい、どうしたものかと困っていると、店の奥からもう一人出て来た。



「あ、いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」



 女の子、だろうか。今時珍しく着物を着た子供が、人当たりのいい笑顔で店の奥へと勧める。

 言われるがままに脚を進めそうになった私は慌てて踏み止まる。周りを見れば壺やら皿やら掛け軸やら。高そうなものが所狭しとならんでいる。恐らく、骨董屋だろう。

 売り付けられては敵わない、と私は店を出ようとするが遮られた。

 それは私の頭を優に飛び越えて、硝子戸の前に降り立つ。それから私を一睨みしてつん、とそっぽを向かれた。馬鹿にされているような気がした。……木菟(みみずく)に。



「おい、」


「は、はい」


「……あんたじゃねぇよ」



 男に声をかけられて思わず返事をしてしまったが、どうやら私ではないらしい。非常に困った顔をされてしまった。



「お客に向かってあんたって何だ!」



 こちらも困った顔をしていると、男が急にうずくまった。その後ろから現れたのは、先程人当たりのいい笑顔で迎えてくれた着物の子だった。

 どうやら男の言動に怒り、背後に忍び寄り膝裏にローキックをお見舞いしたらしい。何やら恨めしげに着物の子を睨み、立ち上がり際に私に軽く頭を下げた。どうやら謝っているようだ。

 私も釣られて頭を下げると、着物の子は硝子戸の前の木菟を抱き上げ、腕に乗せながら私に向き直った。



「従業員が失礼なことをし、申し訳ありません。この子はともかく、あれは粗相が多くて。お許しください」



 深々と頭を下げられてしまった。心なしか、木菟も頭を下げているように見える。気のせいだと思いたい。



「いっいえ、とんでもないことです。あの、え? 従業員?」


「はい、この木菟(みみずく)も、あれも。この店の従業員でございます」


 そんなにも愛らしい顔でにこりと微笑みながら言われては、私もそうですか、と頷く他に返すものはない。何だかいたたまれなくて、このやり取りの間も手を動かしている男をちらりと見遣ったが、胡散臭そうに着物の子を見ただけだった。

 未だににこにことこちらを見ている着物の子にどうしたものかと思ったが、このままでは埒が開かないと尋ねてみることにした。



「あの、ここは骨董屋、ですよね?」


「はい」


「私は確かに骨董屋を探していましたが、この店に入る気はなかったのです。何故なら……」



 この先を言ってしまっていいのだろうかと躊躇ったのだが、着物の子の人当たりのいい笑顔に当てられたのか、私の躊躇いなど意に解さない口は、次の言葉を紡いでいた。



「……何故なら、この店はとても陰湿に思えてしまったので。しかし、私はそう考えながらもどうしてこの店に入ったのか、皆目検討がつかないのです」


「お気持ちは十分解りました。実に奇っ怪なことでしょうとも」



 着物の子は急に芝居がかった口調になり、先程とは打って変わって何やら含みのある笑みを浮かべると、木菟を乗せていない方の手で優美に店の奥を指した。



「その面妖なお気持ちのことも含めて、私が解決出来るやもしれません。さあ、こちらへどうぞ?」


 着物の子は小首を傾げて見せ、私の緊張を解そうとしてくれているようにも見えた。しかし、目だけは私の抱えている物を射抜くように見据えていた。私は、その目が何故か私に向けられているようで一層恐ろしくなり、逃れるように店の奥の座敷に脚を向けた。

 そこではたと気付いた。後ろを振り返ると、先程まで手を動かしていた男は真っ直ぐに私を見つめ、動いていない。着物の子を見遣れば、また人当たりのいい笑顔で私を見ていた。

 男は私の側で今まで作業を、着物の子は私と会話を。誰かが入って来た気配、音。そんなものはしなかった。では、あれは一体誰が?

 ぞくりと背中に何か冷たいものが走った。それを察したように着物の子の腕に乗っていた木菟が羽ばたいて私の目の前を横切った。 視界が晴れ、何かの間違いだと思いたくてもう一度座敷に目をやった。


 そこには先程までなかったちゃぶ台と湯呑みが三つ、鎮座していた。






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