第8話 二百人の昼ごはん
演習の朝は、雨だった。
予報は小雨。
でも、夜明けには、窓の向こうが白くなるほど降っていた。
私たちは、予定通り、包み焼きを焼いた。
煮込みと違って、持ち歩く班が途中で食べられる。
箱を雨から守る布をかけ、人数を確認する札も付ける。
八十食。
作った数と、箱へ入れた数を、別の人が確かめた。
それとは別に、調理と運搬に当たる人の昼食も用意した。食べる人数の欄には、もう自分の名前も入っていた。
出発前に、詰所から人が来た。
演習場の川が増水し、屋外の予定は中止。
二百人全員が、市内の予備会場へ戻る。
到着は、昼の鐘より一刻早い。
「早く食べられますか」
私は、箱を見た。
うちの八十食は、もう出来ている。
ハンナさんのところは、現地で最後の調理をする予定だった。
会場の変更と、到着の早まり。
一つずつなら、対処できる。
二つ同時になると、段取りが崩れる。
まず、連絡を取りに人を走らせた。
こちらだけで、残りまで引き受けるとは言わない。
買った材料も、働く人も、別の店のものだ。
ハンナさんが、雨の中を来た。
髪が、濡れていた。
「肉とパンは、出来ている。ただ、温め直す場所が足りない。予備会場の窯が、小さくて」
私は、自分たちの窯を見た。
包み焼きは、終わっている。
昼過ぎに焼くドーラさんの菓子は、時間を変えられる。
「ここを、使いますか」
ハンナさんが、私を見た。
「借り賃は払う」
「先に持ってきてください。分担と費用は、騎士団の補給係に確認してもらいましょう」
店の台所へ、人が増えた。
私の手順へ全部合わせてもらうのではなく、相手の料理は相手の人が担当する。
うちの窯と鍋の場所を伝え、通る道を一つ空ける。
ミラさんが、宿の台車を持ってきた。
トマさんが、運ぶ箱を数えた。
ノア様も、来た。
髪から、水が落ちていた。
「補給の応援を三人連れてきた。重いものと運搬を引き受ける」
その三人も、配食する二百人の中に入っていた。手伝う間に、自分の分がなくならないよう、担当札を付けてもらった。
私は、彼の頬を見た。
今日は店主として、見るべきものが先にあった。
「通路を空けてください。そこに、熱い鍋が通ります」
彼は、すぐどいた。
団長をどかしたと、フィンが後で大騒ぎした。
危ないところで立ち話をしてはいけない。
肩書きは、関係ない。
私は、予備会場へ回った。
到着した騎士たちが、入口で固まっている。
先に雨具を外す場所を決める。
濡れたものを、料理の近くへ置かない。
箱を渡す列と、飲み物を渡す列を分ける。
子供たちの昼食も、大人の昼食も、慌てると同じところで困る。
料理を作るだけでは、食べるところまで届かないのだ。
八十食を、先に配った。
次の箱が来る。
ハンナさんの人が、料理を並べる。
白いソースを、仕上げる。
予定とは違う厨房だったけれど、見た目をあきらめない手だった。
昼の鐘が、鳴った。
最後の一人へ、皿が渡った。
私は、壁へ背中をつけた。
二百人。
誰の分も、足りなくならなかった。
ハンナさんが、私の隣へ来た。
「助かった」
「窯が空いていたので」
「空いているだけじゃ、貸せない人もいる」
私は、笑った。
別の店へ冷たい顔をしても、お客様のお腹は満たせない。
今日は、同じ昼食を出す仲間だった。
会場の中で、椅子が鳴った。
誰かが、おいしいと言った。
もう一人が、腹が減ってたと言った。
その声に、私は、少しだけ泣きそうになった。
ノア様が、二つの皿を持ってきた。
「俺たちの分が、まだだ」
私の前に、椅子を置く。
今日の包み焼きと、ハンナさんの肉料理。
両方がのっていた。
「大丈夫ですか。騎士の皆さんの分は」
「全部配った後に、作業する人の分として残したものだ。補給係が確認した」
私は、座った。
ノア様も、隣へ座る。
「怖い顔です」
「うまいと思っている」
私は、笑った。
彼も、口の端を少し上げた。
疲れた日の昼ごはんは、温かかった。




