第7話 評判だけでは、お腹は満たせません
納入候補の試食会は、演習の二週間前だった。
私たちは、三種類のお弁当を持っていった。
鶏の香草焼き。
白豆と根菜の煮込み。
肉の包み焼き。
パンと付け合わせは、食べる時間と運ぶ距離に応じて変える。
審査するのは、補給係と、実際に演習へ出る騎士、それから会計担当。
ノア様は、いなかった。
私は、少し緊張した。
いつもの怖い顔を見ている方が、落ち着くと分かってしまった。
隣の候補は、ルーフ商会だった。
王都の大きな料理店を何軒も持っている。
厨房の責任者は、ハンナさんという女性。
よく切れる刃物みたいな、きりっとした目の人だった。
「あなたが、セレスさん」
「はい」
「白豆に、玉ねぎを別に炒めて入れてる?」
私は、うなずいた。
「香りがよかった。今度、店で買っていい?」
身構えていた肩から、力が抜けた。
大きな店の料理人は、私の料理を、ちゃんと見てくれた。
ルーフ商会の料理は、美しかった。
薄く切った肉。
白いソース。
形を揃えた小さな菓子。
私は、その段取りを知りたくなった。
前世にない技術も、この世界にはある。
試食が終わる頃、エドガー様が来た。
商務局から、市内の取引を確認するための立会いだという。
彼は、私のお弁当を見た。
「これで、応募したのか。随分、庶民的な料理だな」
「毎日の昼食ですので」
「団長殿の個人的なお気に入りだとしても、仕事の基準は別だ」
私より先に、会計担当が答えた。
「ヴァルド団長は審査に加わっていません。ほかに確認事項はありますか」
エドガー様が、少し黙った。
私は、説明に使った帳面を開いた。
材料費と、作る数と、働く人数。
借り賃を分けたことも、通常の売上も、必要な範囲で示してある。
「私が出したのは、料理と計画です。誰かの好意を代わりに提出したわけではありません」
エドガー様は、皿から、視線を上げた。
「君が、こんなふうに数字を扱えるとは」
「知らなかったでしょうね。訊かれませんでしたから」
私は帳面を閉じた。
言い負かしても、契約が取れるわけではない。
補給係の質問へ戻った。
雨が降った時は、どうするか。
人数が減った時は、どうするか。
私が病気になった時に、代わりに動ける人はいるか。
全部、すぐには答えられなかった。
調べて、三日以内に追加の計画を出すことになった。
*
店へ戻ると、ノア様が、入口の外にいた。
「どうだった」
「料理は食べていただけました。計画は、まだ足りません」
彼は、うなずいた。
すぐ何とかしてやるとは、言わなかった。
私は、自分の椅子へ座った。
彼も隣へ座る。
「エドガー様が、いました」
言うと、彼の顔が、少し硬くなった。
「何か言われたか」
「団長さんのお気に入りと、仕事の評価は別だと」
彼は黙った。
その一瞬、私は、言い方を間違えたと思った。
好意を隠してほしいという話ではない。
「別だと、私も思います」
続けた。
「でも、あなたが来ることは、うれしいです。そこまで悪いことにされたくありません」
ノア様は、私を見た。
「なら、来る」
短い返事だった。
私は、肩の力を抜いた。
彼は、閉店後の看板へ目をやった。
「次の休みは?」
「あさってです」
「川へ、行かないか」
「お弁当を持って?」
「俺が、パンを買う」
私はうなずいた。
難しい仕事の話をする日にも、あさっての楽しみがあっていい。
一週間後、演習の昼食は、二店で分担することに決まった。
私の店が、持ち歩く班の八十食。
ルーフ商会が、本部の百二十食。
予算と設備に応じた選定だった。
大勝利というほどではない。
それでも、私たちが安全に引き受けられる、大きな仕事だった。
ハンナさんが、帰りに言った。
「終わったら、今度はゆっくり食べに行く」
私は、はいと答えた。
敵だと思うには、もったいない人だった。




