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第6話 あなたの分を、作らせてほしい

店を開けるまで、三週間かかった。

 窯を直す。

 調理台を磨く。

 使う時間を、紙に書く。

 朝はミラさんのパン。

 その後に私のお弁当。

 午後は、ドーラさんの菓子。

 材料代と、売上と、共有する道具を混ぜない。


 近くの食堂で働いていたトマさんを、昼前の仕込みに雇った。

 料理はできるが、娘の迎えがあるので夕方は働けない。

 うちの仕事なら、時間が合った。


 私は、小さな看板を書いた。


『セレスのお弁当 昼の鐘に開きます』


 騎士団の向かいには、引き続き昼だけ台車を出す。

 お客様の昼休みを、引っ越しで短くしないためだ。

 店の方へ来る人には、雨を避ける庇と、四つの椅子。

 ノア様は、そのうち一つへ、よく座った。


 演習への応募も、進めていた。

 一度の注文に対応できる数を、試しに作る。

 ミラさんとトマさんに、私が書いた順番で動いてもらう。

 伝わらなかったところは、私が書き直す。

 自分だけが分かる手順は、大勢で作る時には使えない。


 前世の私は、何でも一人でやっていたわけではなかった。

 覚えている仕事の中には、仲間の手が、ちゃんとあった。


 その土曜日、私は、開店の後に座り込んだ。

 売れ残ったわけではない。

 窯の手入れと仕込みを一度に片づけようとして、昼食を後回しにしたのだ。


 ノア様が、空の茶碗を見た。


「今日は、食べていないな」

「後で」

「後で食べる、と言って赤い根菜を残した男を知っている」


 私は、笑う力だけは残っていた。


「団長さんまで、そういうことを」


 彼は、立った。


「厨房を借りてもいいか」


 私は、すぐには許可しなかった。

 刃物の置き場も、火の扱いも、知らない人だ。

 だから、まず洗い場と、パンを切る場所だけ案内した。

 火を使うところは、トマさんが引き受けた。


 ノア様は、パンを切った。

 厚かった。

 卵を割った。

 殻が落ちた。

 私は、隣から、拾い方を教えた。


「剣なら、もう少しうまくできる」

「卵は、斬りません」


 彼が、真剣な顔でうなずく。

 トマさんが、後ろを向いて笑った。


 出来上がったのは、卵をのせた厚いパンと、昨日仕込んだ豆のスープ。

 形は、悪かった。

 でも、ちゃんと温かかった。


「食べてくれ」


 ノア様が、皿を置く。

 私は、一口食べた。

 塩が少し多い。

 卵は、端が固い。

 パンは、かじるのに少し大きい。


「おいしいです」


 言うと、彼は、大きく息を吐いた。


「それが本当か、次は直すところも教えてくれ」


 私は、口の中を飲み込んだ。


「次も、作ってくださるのですか」

「お前が嫌でなければ」


 胸が、ゆっくり温かくなった。

 私の料理を食べに来る人。

 その人が、私に食べさせたいと言っている。


「嫌では、ありません」


 彼は、少し笑った。


 トマさんが、私の隣に水を置く。


「店主さん。俺にも、もっと仕事を渡してね。雇われた意味がないから」


 私は、うなずいた。

 自分だけが倒れるまで動くことを、店を大切にすることと、間違えていた。


 夕方、台車をしまう時、ノア様が、看板を見た。


「休みの日も、書いた方がいい」

「お客様が困るので?」


 彼は、私を見た。


「俺が、お前を誘いやすい」


 私は、筆を落とした。

 もう予約票のせいには、できなかった。

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