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第4話 予約票には書けないこと

翌日、ノア様は二度来た。

 一度目は、普通のお客様として。

 銅貨を払い、お弁当を買い、詰所へ持っていく。

 二度目は、私が木箱を片づけた後だった。


「持つ」

「今日は軽いですよ」

「軽いものなら、持っても疲れない」


 そういうことではないと思ったけれど、箱を一つ渡した。

 私は、もう一つ。

 持ち手を半分にするより、その方が歩きやすかった。


 宿に荷物を置き、川辺へ行った。

 私の分のお弁当は、まだ箱の中にある。

 ノア様は、包みを一つ持っていた。

 近くのパン屋の、蜂蜜焼き菓子。


「果実の皮は、入っていない」


 私が笑うと、彼も、少し口元を動かした。

 怖い顔の人は、笑わないのではない。

 笑うまでの道が、少し遠いだけだった。


「お昼休みは、いつも短いのですか」

「団員の休憩が重ならないようにしていると、自分のが遅れる」

「それで、最後の一個だったのですね」

「あの日は」


 彼は言いかけて、止まった。

 菓子の包みを、妙に丁寧に畳む。


「お前が来たと聞いて、見に行った」


 私は、お弁当から目を上げた。


「私を、ご存じでしたか」

「舞踏会にいた」


 胸が冷たくなった。

 私は木の匙を置いた。


「では、ひどいことを言ったのも」

「その後、謝ったのも見た」


 ノア様は、私を見た。

 いい人だと言って、全部をなかったことにはしなかった。


「言われた相手がどう思うかは、俺には決められない。ただ、お前が一方的に悪かったという説明は、違うと思った」


 私は、息を吐いた。

 自分のしたことを認めると、相手のしたことまで許さなければいけない気がしていた。

 そんな決まりは、ないのだ。


「見に来たのは、気の毒だったからですか」


 訊くと、彼は眉を寄せた。


「それも、最初はあった」


 正直だった。

 少し痛かった。

 でも、続きがあった。


「包み焼きを食べてからは、明日も食べたいと思った」

「はい」

「その後は、お前と話したいと思うようになった」


 私は、匙を持ち直した。

 何か持っていないと、落ち着かなかった。


「予約票に、書いていただければ」

「書けない」


 私は、笑ってしまった。

 逃げたことを、ちゃんと見抜かれた。


 ノア様が、川を見る。


「お前は、これから、どうしたい」


 私は、まだ決めきれていなかった。

 だから、決めきれていないことごと、話した。

 借りた台所では、増やせる数に限りがある。

 道具を買うには、もう少しお金を貯めたい。

 自分の店に、窓があったらいい。

 買う人が、雨の日に少し座れる場所も欲しい。


「このまま、貴族へ戻れなくても?」

「私をいらないと言った人の隣へ、戻るために作っているのではありません」


 言った後で、胸が軽くなった。

 自分にも、聞かせたかった言葉だった。


 ノア様は、うなずいた。


「分かった」


 それから、お弁当を覗いた。


「今日の豆は、どうして白い」

「白い豆だからです」

「前のは、黄色かった」

「つぶした豆に、卵を混ぜたからです」


 こんなふうに、普通のことを知りたがる人だとは思わなかった。

 私は、おかずを一つ、彼の皿に分けた。

 今度は、同じ大きさ。


 帰り、私たちは、閉まったパン屋の前を通った。

 窓に、貸店舗の札。

 入口の庇は、広い。


 私は、足を止めた。

 ノア様も、止まった。


「知っているか」

「いいえ。でも、明日、貸主さんに話を聞きます」


 彼は、代わりに買ってくれるとは言わなかった。


「厨房が使えるか、よく見た方がいい」


 私は、うなずいた。

 明日には、別の楽しみもできた。

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