第2話 冷酷騎士団長は、半分にできない
「ひとつ、残っているか」
騎士団長が訊いた。
私は、木箱の中を見た。
包み焼きが一個。
端が、少し歪んでいる。
「最後の一個です。形が悪いので、少しお安くします」
「味は」
「同じです」
「なら、同じ値段でいい」
銅貨が、机に置かれた。
彼は包み焼きを受け取り、すぐ食べなかった。
半分に、割った。
私の顔が、歪んだ。
「何か」
「そちらが大きいです」
彼の右手に、三分の二。
左手に、三分の一。
私は、つい言ってしまった。
食べ物の分け方には、うるさいのだ。
彼は左手を、私へ差し出した。
「まだ、食べていないだろう」
私は、その手を見た。
分け方が悪いことより、理由が気になった。
「どうして分かったのですか」
「自分の分を取らずに、最後まで売った」
確かに。
味見はしたけれど、朝から、きちんと食べてはいなかった。
緊張して、お腹が空いたことを忘れていた。
「こちらは、売り物なので」
「買った。俺のものだ」
彼は、困ったように言った。
「いらないなら、そう言ってくれ」
私は、小さい方を受け取った。
温かくはなかった。
でも、焼いた玉ねぎの甘みは残っていた。
彼も、食べた。
無表情だった。
私は、指先を握った。
「お口に合いませんか」
「うまい」
間が、あった。
「……そう見えませんでした」
「よく言われる」
冷酷騎士団長は、食べる時も怖い顔をするらしい。
それで、ずいぶん損をしている気がした。
後ろから若い騎士が駆けてきた。
最初に、明日もあるかと訊いた人だ。
「団長! 俺の分、買ってきてくれました?」
ノア様は、手の中の包み焼きを見た。
もう、最後の一口だった。
「明日だ」
「団長の休憩、取っておいたのに!」
若い騎士は、私の木箱を見た。
「全部、売れたんですか」
「おかげさまで」
「なら、いいです。明日は二個買います。俺、フィンです」
誰も、私を伯爵令嬢とは呼ばなかった。
名前を名乗ると、フィンは、セレスさんですねと言った。
店主の名前として、覚えてくれた。
私は紙を出した。
「明日の予約は受けられます。ただ、まだたくさんは作れません」
ノア様が、身を屈めた。
「俺も、一個」
騎士団長の名前を、丸で囲む。
フィン、二個。
その隣に、私の分、一個。
忘れないよう、大きく書いた。
「昼の鐘に、来る」
ノア様はそう言って、詰所へ戻った。
私は、遠ざかる背中を見ていた。
銀の匙を売らずに済んだ。
今日の材料費も、返せる。
そして明日、来ると言ってくれた人がいる。
*
翌日は、十九個作った。
ミラさんが、材料の仕入れ先を教えてくれた。
私は豆の値段と、火にかける時間と、出来上がった重さを帳面に書いた。
売れるほど、何でも増やせばいいわけではない。
借りた台所に、鍋を置く場所がなくなってしまう。
昼の鐘が鳴る。
ノア様は、時間通りに来た。
包み焼きと、今日は焼いた根菜も少し付ける。
彼は銅貨を払い、私の手元を見た。
「自分の分は」
「取りました」
私の木箱を指す。
端に一個。
「なら、いい」
それだけの言葉が、妙にうれしかった。
誰かを満腹にする前に、私も、食べていい。
ノア様が、包み焼きを持ち直した。
「明日も、来ていいか」
「もちろんです。お客様ですから」
彼は、少しだけ黙った。
それから、うなずいた。
まだその時は、予約の話だと思っていた。




