第5話:街道の発見と、大きすぎるお悩み
「ドシン……ドシン……ドシン……」
荒野の地に、地鳴りのような足音が響き渡っていた。
異世界に来て、かれこれ五日目。
ツヨシの隣を歩く相棒――ラグナの全高は、およそ四メートルに達していた。
長さではない。高さが四メートルである。
体長に至っては、長い尻尾を含めると八メートル近い。軽自動車サイズだったのは過去の話、いまや「ちょっとした二階建て住宅」か「観光バス」レベルの大ボリュームだ。背中に乗せて貰えば眺めは最高だし、移動は快適そのものである。
……が、問題はそこではない。
「なぁラグナ……お前、そろそろ成長速度のブレーキ壊れてないか?」
「ガウ?」
ツヨシの問いかけに、ラグナは大きな首をこちらへ倒し、つぶらな黄金色の瞳をパチクリさせた。
甘えて首を擦り寄せてくるのだが、質量が大型トレーラー並みなので、ツヨシは油断すると普通に数メートル吹っ飛ばされる。
「よしよし……って、首筋を撫でるだけで全身運動なんだよ! 腕が上がらなくなるわ!」
ツヨシはぜぇぜぇと息を吐きながら、前方の景色に目を凝らした。
赤茶けた岩と砂ばかりだった荒野の果てに、うっすらと緑の木々が見え始めている。そして、その手前を横切るように伸びる、踏み固められた一本の茶色い筋。
「あ……あれは……! 車道……いや、街道だーっ!!」
ツヨシは歓喜の声を上げた。
ついに荒野を抜けたのだ。街道があるということは、そこを馬車や行商人が通り、その先には町や村があるということである!
「やったぞラグナ! ついに文明社会だ! 温かいスープ! ふかふかのベッド! 居酒屋の生ビール! 異世界転生モノの醍醐味が俺を待っている!!」
「グオオン!」
ラグナもツヨシの歓喜を察したのか、嬉しそうに尻尾を大きく振った。
ブンッ!! と空気を引き裂く重低音が響き、周囲の砂嵐が一瞬で吹き飛ぶ。
その凄まじい破壊力を見て、ツヨシの脳内に冷や水がぶっかけられた。
「……待てよ?」
ツヨシは立ち止まり、じーっとラグナを見上げた。
全高四メートルの巨体。
全身を覆う漆黒のウロコと、背中に立ち並ぶ凶悪な三角形の背鰭。
足を踏み出すたびに響く「ドシン…」という地鳴り。
口からは時折、漏れ出る謎の青い粒子(熱線の余熱)。
「……アカン。」
ツヨシは冷や汗をダラダラと流しながら、頭を抱えた。
「これ、どう見ても『街を襲いに来たボス級モンスター』じゃねえか!!」
そう、ラグナは中身こそ「ツヨシが大好きな甘えん坊の相棒」だが、外見は完璧に「人類の敵」なのだ。怪獣映画で例えるなら、防衛隊が緊急警戒態勢を発令して自衛隊が出動するレベルの存在感である。
「このまま街道に出たらどうなる……? 商人さんは卒倒するし、騎士団は総出で弓矢と魔法を撃ち込んでくるぞ。で、ラグナがブチ切れて熱線をドカーン! ……街、全滅じゃん!!」
「ガウ……?」
不安そうに首を傾げるラグナ。自分が原因でツヨシが頭を抱えているとは思っていないようだ。
「どうする……どう隠す!? カモフラージュだ! 映画『キングコング』みたいに鎖で繋ぐ……? いや、このパワーでチェーンなんてきなこ餅みたいに千切れるわ! じゃあ、巨大な布でもかぶせて……『巨大な山芋の荷車です』って言い張るか……!?」
ツヨシが無謀すぎる隠蔽工作を真剣に考えていた、その時だった。
ガラガラガラ……ッ!
街道の方から、馬のいななきと車輪の回転音が近づいてきた。
荒野から街道へ合流する直前、大きな岩陰の向こうから、一台の立派な木造馬車がやってきたのだ。馬車には武装した護衛の剣士が二人、御者台には太った商人が乗っている。
「ヒッ……!? いかん、人間だ! ラグナ、伏せ! 伏せるんだ!!」
ツヨシはパニックになりながら、ラグナの足をペシペシ叩いた。
ラグナは「遊んでくれるのかな?」と勘違いし、言われるがままその場にドシンッ! とお座り(伏せ)をした。しかし、座ったところで全高三メートル以上ある。岩陰から頭と背鰭が完全に飛び出していた。
街道を走っていた馬車が、ピタリと止まった。
御者の商人が、岩陰からにょきっと突き出た「黒くてデカい何か」に気づいたのだ。
「……ん? なんじゃあのアレは……? 岩……か?」
商人が目をこする。
護衛の剣士が「おい、待て……あれは……」と剣に手をかけ、顔を青ざめさせた。
ツヨシの胃がキリキリと痛み出す。
(やばいやばいやばい! 完全にバレてる! 『なんだあの化け物はー! 討伐せよー!』って始まるやつだ!!)
覚悟を決めたツヨシは、ラグナの陰からおそるおそる姿を現し、ぎこちない笑顔で手を振った。
「や、やあ! こんにちはー! 良い天気ですねー!」
商人と護衛の剣士たちが、ぽかーんとツヨシを見つめる。
ボロボロのTシャツを着た怪しい男と、その背後で黄金色の瞳を輝かせている四メートル超級の超巨大モンスター(ラグナ)。
「あ、あの……! 怪しい者じゃありません! こ、これはですね……その……」
ツヨシは必死に脳みそをフル回転させ、渾身の言い訳を叫んだ。
「超・巨大な珍種の『犬』です!!!!」
静寂。
荒野に乾いた風が吹き抜ける。
商人が言った。
「……客観的に見て、トカゲじゃろ。」
「いいえ犬です!! ほら、こう見えてすごく人懐っこくて……! ほらラグナ、お手! お手してみろ!」
ツヨシが焦って指示を出すと、ラグナは嬉しそうに「キュイ〜ン(※重低音)」と鳴き、ツヨシに向かって前足をサッと差し出した。
ズドォンッ!!
ラグナの丸太のような前脚がツヨシのすぐ横の地面にめり込み、激しい衝撃波で商人の馬車がガタガタと揺れた。馬たちが「ヒヒーン!?」と狂乱して暴れ出す。
「ひええぇぇぇっ!? 怪物じゃあぁぁぁっ!!」
「敵襲! 敵襲ーっ!!」
商人と護衛たちがパニックに陥り、剣を抜いて構えた。
「ち、違うんです! 暴れさせるつもりじゃ……!」
ツヨシが必死に弁明しようとした、まさにその時――。
『ギシャアアアアアアアアッ!!!!』
上空の雲を突き破り、耳をつんざく高音の悲鳴が轟いた。
見上げると、街道の先にある森林から、巨大な翼を広げた二匹の魔獣――「飛竜」が、馬車を目指して急降下してきていた!
「なっ……ワイバーンだと!?」
「くそっ、挟み撃ちかよーッ!!」
護衛の剣士たちが絶望の悲鳴を上げる。
馬車に襲いかかる飛竜の影。
ツヨシの横で、ラグナの背鰭がパチッと静かに青く光った。
「……あ。」
ツヨシは察した。
ラグナの黄金の瞳が、獲物を狙う「大怪獣」の目へと切り替わったのを。
ツヨシとラグナの、異世界人間社会へのデビュー戦(?)は、予想外の大混乱とともに開幕しようとしていた。




