第4話:怪獣の夜襲と「咆哮」の美学
「違う! 断じて違う! なんだ今の『きゃうん』みたいなのは!」
夜の荒野に、ツヨシの悲痛な叫びが響き渡った。
前日のサソリ戦で「熱線」という大技を覚えたラグナ。しかし、特撮オタクであるツヨシの満足度は、まだ五〇パーセントといったところだった。
夜空には二つの月が輝き、パチパチと焚き火が爆ぜている。その傍らで、ツヨシは仁王立ちになり、ラグナ(体長約二メートル)の鼻先に人差し指を突きつけていた。
「いいかラグナ。熱線ってのはな、ただの便利なわざマシンじゃないんだ。ただ吐けばいいってもんじゃない! 攻撃に移る直前、相手の心を折るレベルの『大咆哮(威嚇)』があって初めて、熱線の威力は一二〇パーセント……いや、二〇〇パーセントに跳ね上がるんだよ!」
「ガウ……?」
ラグナは首を傾げ、大きな尻尾を「ペタペタ」と地面に打ち付けている。
「さっきお前がやったのは何だ? 『これから熱線吐きますよ~』と言わんばかりの無味乾燥な発射準備だ! 怪獣の咆哮ってのはな、言葉じゃない。『俺はこの世界の絶対王者だ』という存在証明なんだよ! 音圧! 振動! そして魂の叫び! わかるか!?」
ツヨシは大きく息を吸い込むと、両手を広げて胸を張った。
「見ろ、お手本だ!……『ガァァァァァオォォォォンッ!!!』」
「……」
荒野の静寂の中、アラサー男性の全力の遠吠えがむなしくこだました。
「……まぁ、俺の喉じゃ『怪獣の重低音』が出ないからアレだが、ニュアンスだ! 音の出だしは重たく腹から響かせ、語尾に向かって高音の金属音を交える感じ! これを『咆哮の美学』と言う!」
「きゅい?」
ラグナはツヨシの真似をするように、小さく胸を反らせた。
「ガ、ガウ……? きゃうん?」
「違う! 『きゃうん』を入れるな! 可愛くなっちゃうだろ! カッコよく決めるんだ! 男のロマンなんだよ!」
ツヨシが熱血指導(英才教育)を繰り広げていた、その時だった。
ヒュロロロロロ……ッ!
上空から、気味の悪い風切り音が降り注いだ。
焚き火の明かりに照らし出されたのは、夜空を埋め尽くす不気味な影――「夜行性の鳥形魔獣」の群れだった。体長一メートルほどの鋭いクチバシと爪を持つ巨大なカラスのような魔物が、十数匹、いや数十匹の群れをなして上空を旋回している。前日の熱線の眩い光を遠くから察知し、獲物を求めて集まってきたのだ。
「うわ出た! 夜行性の集団襲撃! 映画で言ったら『ギャオス』とか『レギオン』の群れに襲われる絶望的パターンだ!」
ツヨシが冷や汗を流す中、上空のブラッド・クロウたちが一斉に急降下を開始した。鋭い爪が夜風を切り、ツヨシとラグナに襲いかかる!
「ラグナ! 応戦だ!」
ラグナは素早くツヨシを背中に庇い、旋回する敵に向かって飛びかかった。大きな尻尾を振るい、一匹を叩き落とす! しかし、相手は空を飛ぶ無数の群れ。一匹叩き落としたところで、残りの奴らが四方八方から爪を立てて襲いかかってくる。
「キシャアーッ!」
「ガウッ!?」
ラグナの背中に爪が突き立てられる。ウロコで防いでいるものの、多勢に無勢。集団でヒット&アウェイを繰り返され、ラグナの動きに焦りが見え始めた。
ラグナは口を開き、背鰭をパチパチと光らせ始めた。焦って手当たり次第に熱線を吐こうとしているのだ。
「待てラグナ! 撃つな!」
ツヨシの叫びが制した。
「空中を飛び回る小動的に、手当たり次第に熱線を吐いても当たるわけがない! 魔法のムダ使いだ! 狙いを定めるために……奴らの動きを止めろ!」
ラグナがピクッと反応し、ツヨシを見る。
「思い出せ! 今さっき教えた『咆哮の美学』だ! 喉の奥、腹の底から、この荒野全体を揺らすつもりで叫べ! 奴らに『本物の怪獣』の恐怖を叩き込めぇぇぇっ!!」
ラグナの黄金色の瞳が、カッと見開かれた。
集団で襲いかかってくるブラッド・クロウたちを見据え、ラグナは両足をどっしりと荒野の地に踏みしめた。大地が「グラッ」と揺れる。
ラグナは大きく胸を膨らませ、肺いっぱいに異世界の空気を吸い込んだ。
そして――。
「グ……ガ……」
一瞬の静寂。夜の風すら止まったような、息をのむ「間」。
直後。
『グラアアアアアアアアアアアアアッ!!!!』
空気そのものが爆ぜた。
それは単なる生き物の鳴き声ではなかった。重低音の衝撃波が円状に広がり、地面の砂利がパラパラと浮き上がる。音圧だけで焚き火の炎が消し飛びそうになるほどの、圧倒的な「大咆哮」!
「これ……これだよ!!」
ツヨシは耳を塞ぎながらも、感動の涙を流した。これぞ怪獣映画のスクリーンを震わせる、完璧な大音響!
上空で急降下しかけていたブラッド・クロウの群れは、その恐ろしい音圧と「上位捕食者」の威圧に直撃され、脳震盪を起こしたかのように空中で完全に停止――いや、硬直した。
「キ……キシャ……?」
無数の魔獣たちが、恐怖で羽ばたきを忘れ、バタバタとポタポタ落下の如く空中で硬直している。
「今だラグナぁぁぁぁっ! 威嚇からの――『フルパワー熱線』!!」
大咆哮の余韻が残る中、ラグナの背鰭が尾から首へと順番に激しく青白く発光した。完璧なシーケンス! 完璧なテンポ!
ッッッ――――――カァッ!!!!
ラグナの口から放たれた青白い熱線が、扇状に夜空をなぎ払った。
空中でおびえて硬直していたブラッド・クロウの群れは、逃げる間もなく熱線の光束に飲み込まれ、一瞬で蒸発・霧散していった。
夜空を一閃する青い光。
まるで怪獣映画のクライマックスの特撮カットのような、幻想的で恐ろしい美しさが荒野を照らし出した。
◇
静寂が戻った荒野。
焼き払われた夜空の下で、ラグナはゆっくりと煙を吐き出し、フシューッと満足そうに息を漏らした。
そして、ゆっくりと振り返ると、ツヨシに向かって――
「グオオオオオンッ!!」
今度は完璧な重低音の咆哮を響かせ、ドヤ顔で胸を張ったのだ。
「……完璧だ。完璧すぎるぞラグナぁぁぁ!!」
ツヨシは感涙にむせびながらラグナに飛びつき、その大きな首元を抱きしめた。
「威嚇からの熱線! この一連の流れ、満点だ! 100点満点中10,000点だ!!」
「ガウガウ♪」
先ほどまでの圧倒的な大怪獣の風格はどこへやら、ラグナは一瞬で甘えん坊のモードに戻り、大きな舌でツヨシをベロベロと舐め回した。
「冷たい! 痛い! 唾液が重い! でも最高だ!」
夜の荒野に、一人のオタクの歓喜と、すくすく(爆速で)育つ怪獣の甘えた鳴き声が響き渡る。
「よし、次は『倒れ込む時の地響き』の演出について教えるからな!」
「ガウ……?」
着々と「理想の大怪獣」へと仕上がりつつあるラグナ。しかし、この時の二人はまだ知らなかった。明日、街道へとたどり着いた時、この「馬車サイズまでデカくなった完璧な怪獣」が、人間たちにどれほどの超絶大パニックを引き起こすのかを――。




