第3話:初めての「熱線」と、特撮オタクの英才教育
「ちがーう! そうじゃない! 噛みつく直前、一瞬『タメ』を作るんだよ!」
荒野の真っ只中。ツヨシの怒号が響き渡っていた。
朝起きたら案の定、ラグナはさらに一回りデカくなっていた。体長約二メートル。軽自動車くらいのボリューム感である。もはや「なでる」というより「打撃を加える」に近い手応えのスキンシップをかわした後、ツヨシはある重大な使命感に駆られていた。
怪獣映画ファンとして、この素晴らしい才能をそのまま野生のカンだけで戦わせるなど、あってはならない。
「魅せる戦い方」、すなわち【怪獣の英才教育】を施さねばならないのだ!
「いいかラグナ、よく聞け。怪獣の攻撃ってのはな、ただがむしゃらに殴りかかればいいってもんじゃないんだ。そこには『間』と『溜め』、そして『美学』が必要なんだよ!」
「ガウ……?」
木の枝をタクトのように振り回しながら熱弁するツヨシに、ラグナは首を傾げている。
「例えば、尻尾攻撃だ! 相手を打つ前、背中を反らせて一瞬静止する! そこから一気に腰を入れて振り抜く! これによって画面越し……いや、対峙する敵に『来るぞ……!』という圧倒的絶望感を与えるんだ! わかるか!?」
ツヨシは自ら腰を落とし、空想の尻尾を振り回すポーズ(特撮スーツアクターの動き)を実演してみせた。
ラグナはそれを見つめると、「きゅい?」と鳴いて真似をするようにぬ~っと腰を落とし、尻尾をゆらりと構えた。
「そう! それだ! その重厚感! 天才かお前は! 昭和平成の歴代スーツアクターたちのソウルを感じるぞ!」
ツヨシが親バカ全開で大歓喜していると――
ガサガサガサガサッ!!!!
荒野の岩陰から、不穏な重低音と地鳴りが響き渡った。
「ヒッ……!? 今度はなんだ!?」
岩山を粉砕しながら現れたのは、体長五メートルを超える巨体。漆黒の甲殻に包まれた、ハサミの直径だけで大人一人が潰せそうな「大ハサミサソリ」だった。
「キシャアーッ!!」
口からネバついた溶解液を撒き散らしながら、ハサミサソリが二人に向かって突進してくる。
「デカい! 昨日のムカデとは桁が違うぞ! ラグナ、警戒しろ!」
ラグナはすぐさまツヨシの前に立ちふさがった。体長二メートルのラグナに対し、敵は五メートル。完全に体格差で負けている。
ハサミサソリが巨大な右ハサミを振り下ろす!
ズドォンッ!
地面が爆発したように弾け飛ぶ。ラグナは間一髪で横に転がり回避したが、サソリの連撃は止まらない。左ハサミ、さらに頭上から鋭い毒針が幾度となく襲いかかる。
「ガウッ……! グアッ!」
甲殻の硬さにラグナの噛みつきが通用せず、ジリジリと後退させられるラグナ。焦りからか、動きがただの野良犬のようにドタバタし始めていた。
「落ち着けラグナ! 相手の巨体に惑わされるな!」
ツヨシは腹の底から叫んだ。ステータス画面の『怪獣愛(LV.MAX)』が狂ったように発光している(ような気がする)。
「思い出せ! 敵が重装甲の時の鉄則だ! 懐に飛び込め! 相手のリーチが長い分、密着すればハサミも毒針も届かない! ド直球に正面から行くな、サイドに回り込めーっ!」
ツヨシの的確すぎる(そして怪獣映画でよく見る)指示が、ラグナの脳内に直接届いたかのように、ラグナの動きが一変した。
サソリがハサミを振り上げた瞬間、ラグナは斜め前へと鋭くステップ。敵の懐、ガラ空きの腹の下へと潜り込んだ!
「今だ! 教えた尻尾の『タメ』だ!!」
ラグナは一瞬、グッと身を沈めて静止した。
呼吸が止まるような「間」。
そして――バゴンッ!!!!
下から上へ突き上げるように振り抜かれたラグナの尻尾が、サソリの柔らかい腹部を完璧に捉えた! 五メートルの巨体が浮き上がり、背中から地面にドシンとひっくり返る!
「しゃあぁぁぁ! 完璧なカウンター!!」
ツヨシはガッツポーズを決めた。しかし、ハサミサソリも伊達に荒野を生きていない。ひっくり返った状態で狂乱し、無数の脚を激しく動かして暴れ狂い、再び起き上がろうとする。近寄れば巻き込まれて刻み突きにされる死のゾーンだ。
「マズい……接近戦は危険だ! 一気に距離を取れ!」
ラグナは跳び退がるが、サソリは起き上がり、怒り狂ってハサミをシャキシャキと鳴らし始めた。このままでは泥沼の力押しになる。
その時、ラグナの背中に異変が起きた。
ジジジ……ッ。
「……え?」
ツヨシの目が点になる。
ラグナの背中に生えた三角形の背鰭――一番下の尻尾の付け根あたりが、うっすらと青白く発光し始めたのだ。
「ま、まさか……嘘だろ……!?」
発光は、尻尾から背中、そして首元へと向かって、順番にパチパチとリレーするように上がっていく。
ジジジ……ピカッ! ピカッ! ピカッ!
「背鰭の発光順……! これ……このシーケンスは……!!」
特撮オタクの血が、狂ったように沸き立った。脳内で伊福部昭の名曲(あのゴジラ的なテーマ)が爆音で再生される。
「ラグナ! 腹の底から魔力を練り上げろ! 吐くんだ! 口から……熱線を吐けぇぇぇぇーっ!!」
ツヨシの叫びに呼応するように、ラグナの背鰭が一際強く、眩い青白さに輝いた。ラグナは大きく胸を反らせ、空気を思い切り吸い込むと――
ッッッ――――――カァッ!!!!
言葉にならない超高音の衝撃波とともに、ラグナの口から青白く輝く熱線の束が一直線に放たれた!
細い、だが圧倒的な密度を持った熱線の光束が、荒野の空気を切り裂く。
熱線は一直線に大ハサミサソリの胸甲を貫通し、そのまま背後の巨岩に激突。
チュドォォォォォンッ!!!!
一瞬の静寂の後、大爆発が巻き起こった。
もうもうと立ち込める煙。熱線の熱で赤くドロドロに溶けたサソリの残骸と、半分吹き飛んだ岩山。
「……………。」
ツヨシは呆然と口を開けたまま、立ち尽くしていた。
「……吐いた。本当に吐きやがった……熱線だ……! 本物の……怪獣の熱線だぁぁぁぁぁっ!!」
「きゅい〜〜ん……」
感動で涙を流すツヨシの横で、当のラグナはというと――初めての熱線に自分の口がびっくりしたのか、目を丸くして「あつっ!」という顔で舌をペロペロと出していた。背鰭の光はすっかり消えている。
「ラグナぁぁぁぁっ! お前最高だよ! 天才だよ! 本物の怪獣だよ!!」
ツヨシは煙の臭いも気にせず、駆け寄ってラグナの首元に抱きついた。二メートル級の巨体はカチカチで温かい。
「ガウガウ♪」
ラグナは嬉しそうにツヨシをペロペロと舐め回す。舌が熱線でちょっと温かい。
「決めたぞラグナ。俺がお前を最強で一番カッコいい『大怪獣』に育て上げてやるからな! 次は熱線を吐く前の『咆哮』のタイミングを仕込むぞ!」
「ガウ?」
異世界の荒野に、ツヨシのあやしすぎるスパルタ特撮英才教育の決意が響き渡る。
しかし、ツヨシはまだ気づいていなかった。
初めて放ったその小さな熱線の「光」が、遥か遠くの街道を歩く人々の目に留まってしまったということに――。




