第2話:すくすく育つよ! 僕の怪獣ちゃん
「……んあ……朝か……」
まぶしい陽光に目をこすりながら、ツヨシは目を覚ました。
岩の陰で迎えた異世界二日目の朝。身体中がガチガチに凝っているのは、硬い地面の上で寝たせいだけではない。
なにか、重いのだ。
胸から腹にかけて、まるでズッシリとした米袋を3つほど叩きつけられたかのような猛烈な圧迫感がある。息が苦しい。
「グハッ……金縛り……!? いや、夢魔……!?」
必死の思いで首を持ち上げ、自分の胸元を見下ろしたツヨシは、思考が完全にフリーズした。
そこにいたのは、昨日出会った「手のひらサイズ」の愛くるしいトカゲ風怪獣……ではない何かだった。
「……は?」
固いウロコ。背中に並んだトゲトゲの背鰭。黄金色に輝く大きな瞳。
パーツは確かに昨日のアイツだ。しかし、サイズ感が狂っている。
体長、およそ1.5メートル。
体重、推測40キロオーバー。
なんと、一晩にして「大型犬サイズ」へと超巨大化を果たしていたのだ。
巨体となった怪獣の幼体(?)は、ツヨシの胸の上にどっかりと乗っかり、長い尻尾をツヨシの足にぐるぐると巻きつけながら、満足そうに熟睡している。
「ガウ……ガウ……」
低音の効いた重厚な寝息が、ツヨシの肋骨をダイレクトに振動させる。
「重い重い重い!! 潰れる! 死ぬ! 異世界転生二日目で『ペットの寝相』によって圧死する主人公とか嫌すぎるんだが!?」
「う、うーん!」と必死に身もだえし、なんとか巨体を押し退けて這い出したツヨシは、肩で息をしながら叫んだ。
「なんで一夜でこんなデカくなってんだよ!? ドーピング!? 成長期にもほどがあるだろ!!」
ツヨシの絶叫に目を覚ました怪獣は、むくりと起き上がると、つぶらな瞳でツヨシを見つめた。そして、嬉しそうに「キュイッ!」(※音量は昨日より遥かにデカい)と鳴くと、尻尾をブンブンと振り始めた。
ドスッ! ドスッ!
尻尾が岩に当たるたび、粉じんが舞い散り、重厚な破壊音が響く。
「待て待て! 尻尾! 威力が怪獣映画のCGじゃないんだよ! 本物の物理ダメージなんだよ!」
恐れおののくツヨシをよそに、巨大化した怪獣は「遊んで〜!」と言わんばかりに、巨体でツヨシに抱きついてきた。
「グフェッ!?」
正面衝突の衝撃で、ツヨシは再び地面に撃沈した。顔面をザラザラした大きな舌でバリバリと舐め回される。痛い。愛されているのは分かるが、スキンシップの単位が人間向けではない。
「分かった! 分かったから落ち着け! ……たく、名前がないと不便だな」
ツヨシは顔のダチョウのような唾液を服の袖で拭いながら、腕を組んだ。
特撮オタクとして、この素晴らしい造形の相棒にいい加減な名前をつけるわけにはいかない。「ポチ」や「タマ」など論外である。
「よし……お前の名前は『ラグナ』だ! 古代の終末を意味するラグナロクから取った、怪獣界のスーパーエリートっぽい名だぞ! どうだ!?」
「ガウッ!」
ラグナは誇らしげに胸を張り、カッと口を開けて咆哮した。どうやら気に入ってくれたらしい。
「よし、よろしくなラグナ! ……さて」
ツヨシは空を見上げた。太陽がじりじりと照りつけ、気温が急速に上がっている。
「サバイバル開始と行こうか。……腹が、減った」
グゥ〜〜〜。
ツヨシの腹の音に応じるように、ラグナのお腹からも「ゴロロロ……」と地響きのような落雷音が鳴り響いた。
「よし、水と食料の確保だ!」
ステータス画面を開く。
【スキル】
『怪獣愛(LV.MAX)』
『異世界の言葉』
『無限胃袋(サバイバル用)』
「よし、俺の『無限胃袋』のおかげで、俺自身の空腹感はまだ耐えられる。問題はお前だ、ラグナ。大型犬サイズの怪獣の胃袋を満足させる食料なんて、この荒野のどこにあるんだ……?」
二人は水気を求めて、乾いた荒野を歩き始めた。
「ドシン……ドシン……」
ラグナが歩くたび、地面から心地よい重低音が響く。怪獣映画ファンとしては「おお……足音が完全に特撮だ……」と感動するところだが、現実は非情である。喉がカラカラだ。
歩くこと二時間。
「ラグナ〜……水〜……」と干からびかけたツヨシの横で、ラグナが突然立ち止まり、鼻をくんくんと鳴らし始めた。
「ガウッ!」
「え!? 水の匂いか!?」
ラグナはドスドスと猛ダッシュし、巨大な岩場の影へと向かった。ツヨシも必死で後を追う。
岩場の凹みには、なんとわずかに澄んだ水が溜まった「水たまり(オアシスの残り香)」があった!
「やった! 水だー! 生命の源――」
ツヨシが駆け寄ろうとした瞬間、水たまりの中からボコォッ!と不気味な泡が立ち上った。
「ブシャアアアア!!」
水面を割り、姿を現したのは――体長二メートルを超える、巨大なムカデのような魔物だった。無数の足がシャカシャカと蠢き、口元からは毒々しい紫色の液体の滴る大きな顎が覗いている。
「ひえっ!? 出たー!! 異世界名物・グロテスク巨大昆虫!!」
ツヨシは悲鳴を上げて後ずさった。レベル1の人間に戦える相手ではない。完全に詰んだ、と思ったその時である。
「ガウアアアアアッ!!」
ラグナが、ツヨシの前に立ち塞がった。
背中の小さな背鰭が、威嚇するように逆立つ。ラグナは我が身の危険も顧みず、自分より遥かに不気味な巨大ムカデに向かって、果敢に飛びかかったのだ!
「ラ、ラグナ!?」
巨大ムカデが鋭い毒顎で襲いかかる。しかし、ラグナの皮膚はカチカチのウロコで覆われており、ムカデの攻撃をカキンッ!と弾き返した。
「すごい……! ウロコが天然のアーマーになってる! いけラグナ! 怪獣のパワーを見せてやれ!」
ツヨシの応援を受け、ラグナは力強い太い尻尾を大きく一振りした。
ズバァンッ!!
重厚な打撃音が荒野に響き渡る。ラグナの尻尾の一撃を受けた巨大ムカデは、まるで軽トラに跳ね飛ばされたかのように吹き飛び、岩壁に激突して動かなくなった。一撃必殺。圧倒的勝利である。
「う、強い……! うちのペット、めちゃくちゃ強いぞ!!」
ツヨシが興奮して駆け寄ると、ラグナはドヤ顔で胸を張り、「キュイッ♪」と甘えた声をあげた。そして、倒れた巨大ムカデの肉(?)をパクッと一口で平らげ、満足そうに腹を叩いた。怪獣の胃袋、恐るべしである。
「よし……水も確保できたし、食料(※ラグナの分)も手に入った」
ツヨシは水たまりの水を慎重に吟味し(ライターで沸かして飲むことにした)、喉の渇きを潤した。
「ふぅ……生き返る……」
焚き火を囲み、水を飲みながら、ツヨシはラグナの頭を撫でた。
「ありがとな、ラグナ。お前がいなきゃ、今頃俺はあのムカデのエサになってたよ」
ラグナは嬉しそうにツヨシの膝に頭を乗せてきた。昨日よりも遥かに重いが、その重みが今はたまらなく愛おしい。
しかし、ツヨシの脳裏には新たな不安がよぎっていた。
「……なぁ、ラグナ。お前、昨日から今日にかけて一気に十倍くらいデカくなったよな?」
「ガウ?」
「明日になったら……まさか、さらに倍とかになってないよな……?」
ラグナは首をかしげるだけだった。
見渡す限りの荒野に、急激に育ちゆく相棒と、一人のオタク。
ツヨシの異世界サバイバル生活は、怪獣の成長速度という未知の恐怖を抱えたまま、まだまだ続いていくのだった。




