第1話:荒野の孤独と、手のひらサイズのロマン
「ツヨシ」シリーズ第10弾が始まります。
「おいおいおい、嘘だろ……?」
ツヨシは、見渡す限りの赤茶けた地平線を前に、思わず天を仰いだ。
どこを見ても、岩。砂。そして、からからに乾いた風。草木の一本すら生えていない。生命の気配が綺麗サッパリ消え去った、完璧なる「荒野」である。
そもそも、どうしてこうなったのか。
ツヨシの記憶は、3時間ほど前に遡る。
その日のツヨシは、感涙にむせび泣いていた。往年の名作怪獣映画『ゴジラ対ヘドラ』と『ガメラ2 レギオン襲来』のリバイバル上映を爆音上映の劇場でハシゴ鑑賞し、脳内からドーパミンをドバドバと垂れ流していたのだ。「やっぱり昭和・平成の怪獣造形は至高……あの重厚感、あの男のロマン……最高だ……」と余韻に浸りながら横断歩道を渡っていた、その時である。
曲がり角から突っ込んできたのは、怪獣……ではなく、定番中の定番、爆走する居眠りトラックだった。
「ぐはっ!?」
迫り来る鉄の塊。視界がスローモーションになる中で、特撮オタクであるツヨシの脳裏を駆け巡ったのは、走馬灯ならぬ「もし怪獣映画の現場だったらどう回避・防衛するか」という無駄な考察だった。だが、現実の人間は怪獣の熱線を間一髪で避ける主人公のようにはいかない。あっけなく跳ね飛ばされ、ツヨシの意識は暗転した。
◇
で、目を覚ましたらここ(荒野)である。
「普通、転生っていったらさぁ! 冒険者ギルドがある賑やかな王都とか、優しい農家の家とか、最低でも森の中とかでしょうよ!? なんで『マッドマックス』の撮影現場みたいな場所にピンポイントでスポーンしてんの!?」
ツヨシは頭を抱えて叫んだ。誰もいない荒野に、アラサー男の叫び声が空しく響き渡る。
ためしに、異世界転生モノのお約束を試してみることにした。
「すっ……『ステータス』!」
半信半疑で叫ぶと、目の前の空間にポッと青い半透明のウィンドウが現れた。
【名前】 ツヨシ(ツヨシ・サトウ)
【レベル】 1
【職業】 異世界の迷子
【HP】 50/50
【MP】 10/10
【スキル】
『怪獣愛(LV.MAX)』: 怪獣・巨大生物に対する知識と愛が限界突破している。戦闘力への影響はゼロ。
『異世界の言葉』: 自動翻訳。ただし話す相手(人間)が近くにいない。
『無限胃袋(サバイバル用)』: 腹が減りにくくなる。非常に地味。
【所持品】
着ている服(特撮イベントのTシャツ&ジーンズ)
ポケットの中の干し肉(映画館で食べ損ねたおつまみ)
ライター
「不遇すぎるだろこのステータス!!」
ツヨシは思わず画面にツッコミを入れた。『怪獣愛(LV.MAX)』ってなんだ。ステータス画面にまでオタク知識を認定されてどうする。そして何より「職業:異世界の迷子」という公式からの煽りスタンスが腹立たしい。
とにかく、歩くしかない。ツヨシは太陽(らしきものが2つ浮いている。やっぱり異世界だ)の位置を頼りに、なんとなくの方向を決めて歩き始めた。
しかし、歩けど歩けど、風景が変わらない。
1時間歩いても赤茶けた岩。2時間歩いても砂嵐。3時間経つ頃には、街どころか街道すら存在しないことが確定した。
「寂しい……。マジで寂しすぎる……」
ツヨシはついに膝から崩れ落ちた。
孤独。圧倒的孤独である。人間、誰とも会えない、会話もできない状況に置かれると、驚くほど精神が削られていく。怪獣映画で言えば、地球上に自分一人だけ取り残されたラストシーンのような絶望感だ。せめて『怪獣総進撃』みたいにモンスターがワラワラいてくれれば賑やかなのに、ここには虫一匹いない。
やがて日は落ち、異世界の夜がやってきた。2つの月が夜空に浮かび、急激に気温が下がり始める。
ツヨシは大きな岩の陰に身を寄せ、落ちていた枯れ枝を集めてライターで小さな焚き火を作った。
「はぁ……まさか異世界に来て最初の夜が、ソロキャンプ(サバイバル)になるとはな……」
パチパチと音を立てて燃える炎を見つめながら、ツヨシはポケットから干し肉を取り出した。映画館の売店で買った、ちょっとお高めのビーフジャーキーだ。これを噛み締めながら、寂しさを紛らわせるしかない。
「あーあ。怪獣の一匹でも出てきてくれないかなぁ。ゴジラでもガメラでもいいからさ……一緒に焚き火囲もうぜ……」
孤独のあまり、頭の怪しい妄想をつぶやいた、その時だった。
カサッ。
岩の影から、かすかな音が聞こえた。
ツヨシはビクッと身体を強張らせた。「え、まさかモンスター!? レベル1の俺、一撃で死ぬんじゃ……」と冷や汗を流しながら、音のする方を恐る恐る覗き込む。
暗闇の中から、ゆらゆらと姿を現したのは――
「……ん?」
それは、手のひらに乗るほど小さな生き物だった。
全体的なフォルムは、まるで小さなトカゲ。しかし、ただのトカゲではない。皮膚はゴツゴツとした岩のような質感で、背中には小さな小さな「棘(背鰭)」が三角形に並んでいる。そして、つぶらな瞳は夜空の月のように黄金色に輝いていた。
「……トカゲ? いや、この背鰭の感じ……」
ツヨシの「怪獣愛(LV.MAX)」センサーがビビッと反応する。
超ミニサイズではあるが、その造形はどう見ても怪獣の「幼体」そのものだった。怪獣映画ファンなら誰もが一度は夢見る、「怪獣の赤ちゃん」がそこにいたのだ。
小動物は、クンクンと鼻を鳴らしながら、ツヨシの手元にある干し肉を物欲しそうな目で見つめている。どうやら香ばしい匂いに惹きつけられてやってきたらしい。お腹が空いているのか、小さなキュゥキュゥという鳴き声を漏らした。
ツヨシの胸に、激しい衝撃が走る。
(か……可愛い…………っ!!!!)
孤独の限界に達していたツヨシの心に、その存在はあまりにも眩しすぎた。怪獣特有のカッコよさと、赤ん坊特有の愛くるしさが奇跡のフュージョンを果たしている。
「おい、お前……腹減ってんのか?」
ツヨシは努めて優しい声を出し、干し肉を小さくちぎると、手のひらに乗せてそっと差し出した。
小さな怪獣(仮)は、警戒するようにビクッと身体を縮めたが、匂いに耐えきれず、意を決してトコトコと歩み寄ってきた。そして、ツヨシの手のひらから干し肉をパクッと咥えると、モグモグと小さなお口を動かし始めた。
「〜〜〜〜ッ!!」
ツヨシは悶絶した。食レポをするかのように、美味しそうに目を細めて食べる姿が破壊的に可愛い。
干し肉を飲み込むと、小さな怪獣は満足そうに「キュイッ!」と鳴いた。そして、すっかり警戒を解いたのか、ツヨシの膝の上にぴょんと飛び乗ってきたのだ。
「うおっ!?」
膝の上で丸くなった小さな怪獣は、自分の長い尻尾をツヨシの太ももにちんまりと巻きつけ、安心したように「ガウ……ガウ……」と、重低音のプチサイズ版のような寝息を立て始めた。じんわりと暖かい体温が、ジーンズ越しに伝わってくる。
見知らぬ異世界。誰もいない荒野。
しかし今、ツヨシの膝の上には、世界で一番愛おしい「小さなロマン」が乗っていた。
「そっか……お前も一人(一匹)だったのか……」
ツヨシはそっと息を呑み、指先で小さな怪獣の頭をなでた。固いウロコの感触が心地よい。
「よろしくな、相棒。……よし、今日からお前の名前は――」
暗闇の荒野で、ツヨシの顔にこの日一番の笑顔が広がった。寂しさなんて、もうどこにも吹き飛んでいた。




