1-8 謎の少女
数日後、アイはまた探索に出ていた。
マイキーも場所を移動している。略奪者が人を増やしてやってきても面倒だからだ。
「この辺はあまり荒らされてないな。ということは生き残ってる人がいないってことになっちゃうけど……」
自分で言いながら、沈んでしまいそうな気持ちを引き締める。
すでに、保存のきく食料や日用品をリュック一杯にして、一度持ち帰っている。
アイ達は食料や物資を見つけても根こそぎ取っていくことをしない。他にも物資を求めて来る人と分け合うつもりで半分から三分の一持っていくようにしている。
メインの通りから横道に入り、奥まった所まで来てアイは足を止めた。
視線の先には人影。アイと変わらないくらいの女の子が立っている。真っ白のワンピースを着て、大きめのつばのついた帽子をかぶり、まるで休日の散歩を楽しむように、キョロキョロと辺りを見ながら歩いている。
相手から見えないように背中からクロスボウを外して矢をセットする。
女の子は何か見つけたのか、しゃがんで地面を見ている。
アイは足音を立てないように近づき、狙いをまず外さない距離まで来ると足を止めて声をかけた。
「動かないで!」
「ひゃっ!」
女の子は反射的に立ち上がって、アイを見て目を丸くしている。
距離にして2メートルほど。狙いは外さず相手の手は届かない。そんな位置に立つアイからクロスボウを向けられて驚いているようだ。
「あなた……何者?」
近くで見て、アイはますます警戒を深めた。目の前の少女は、こんな世界にあって異質だ。
まず着ている洋服がきれいすぎる。ライフラインは死滅して洗濯も手でやるしかない。
当然洗濯機で洗剤を使って洗っていた時のようには汚れも落ちはしない。
しかし目の前の少女は、今袋から出しましたというくらい、きれいな服を身につけている。真っ白な服だからこそ、余計にそれがわかる。
「え、あの……わたし、は。」
少女は動揺してまともに返事もできずにいる。
「ここで何をしているの?どこから来たの?」
アイはそれに構わず矢継ぎ早に質問を繰り出す。
自分と同じように生き延びている人間とも思えない。こんな世界で、目の前の少女は何一つ武装もしていない。
周りを見るが、近くに誰かいるようにも見えない。
「あ、あの……わたし、何もわからなくて……」
おどおどした様子で少女はそれだけを言う。微かに震えているのは、こちらを油断させるための演技だろうか……
「そう。じゃ、ここで何をしているの?そんな格好で」
そんな格好でと言われて、少女は自分の服装を見下ろし首を傾げる。何か変なところがある?そんな表情だ。
慎重に周りの気配を探っていたが、誰もいない。アイが一番警戒していた、少女は囮で近寄ってきた者を取り囲んで略奪する、という感じでもなさそうだった。
ただ、それならば少女はここで何をしているのかという最初の疑問に戻ってしまう。
「あ……その、わたしこの先の病院で寝てて……起きたら誰もいなくて、とりあえず人を探して、ました」
そういえば、この近くに大きな大学病院があったとチラリと思い出した。
「あの、他の人はどこ……どうして誰もいないんですか?どうして街が荒れてるんですか?」
逆に聞かれてしまい、アイは戸惑っていた。少女の言っていることが本当であるとは思えない。
少女の格好は入院していたようには見えないし、パニックが起きてからもう一年近くたつ。
その間眠ってて起きたら今の状況でした。そう言われても誰も信用しないだろう。
ただ、アイには目の前の少女が、人を騙して何かをするような人間にはどうしても見えなかった。
少女と向かい合ってそれなりの時間が経つが、他の誰かが姿を現すこともない。
「あなた、何か病気だったの?」
少しだけ警戒を緩めてそう聞いてみた。クロスボウはまだ向けたまま。
「その……わたしどうして病院のベッドで寝ていたのか、まったく覚えてなくて……信じてもらえるかわかんないんですけど、最近の記憶がないんです!」
話しているうちに少女の目には涙が浮かんでいる。
クロスボウを向けられているというのに、誰もいない街で出会ったアイにすがるような目をしながら、近づいてこようとさえしている。
「何かに噛まれた跡はない?怪我をした跡は?」
それでもまだ警戒を崩さないアイがそう言うと、少女は何を思ったのか、ワンピースを脱ぎ捨てた。
下着だけになった少女は両手を広げて、見てくださいと言わんばかりに……。そうすることでアイが警戒を解いてくれるなら、見てほしいとばかりに。
「何も……怪我なんかしてないです。わたし……何にもわからなくて、誰もいなくて……怪しいものじゃないです……お話しさせてください」
そう言うと顔を覆って泣き出してしまう。
下着姿の少女が顔を覆って泣いている。その傍には武器を構えた自分がいる。
その絵面を想像して、何かものすごく悪いことをしているような気分になってくる。
「……わかった。もういいから、服を着て。まるで私が襲ってるみたいじゃない」
クロスボウを下げて、アイがそう言うと少女は顔を輝かせたが、すぐに自分の格好を思い出したのか、真っ赤になって脱ぎ捨てた洋服を取りに行った。
◆◆ ◆◆
「で、本当に何もわからないの?」
近くにあった、農家らしき家の倉庫に隠れて、並んで座りながらアイが再び尋ねた。
少女は直近の記憶が全く無いと言い、感染者どころかパニックが起きていることさえわかっていなかった。
――大学病院からここまで、1キロくらいは離れてる。よくここまで感染者にも略奪者にも見つからずに来られたものね……
半ば呆れながら隣に座って観察する。今はアイが渡した固形食料を食べている。
とりあえず話を聞くために、少女を伴って安全な場所を探したアイは、比較的きれいで母屋の方は荒らされて扉も窓もなくなっている農家の倉庫に身を潜めることにした。
鍵がかかっていたが、持っている小型のバールでこじ開けて扉を開けると、それを見ていた少女が目を丸くして周りをオドオドしながら気にしているのを見て、嘘はついていないのかも……と、思い始めている。
動かなくなった農機具の奥で、埃を払って並んで座った途端お腹を鳴らした少女に、話を聞く前に持っている食料を渡した。
「ありがとう……」
泣きそうな顔でそれを受け取った少女は、無心に食べている姿を見ると、相当に空腹だったことが窺われる。
「……私の記憶では、昨日の夕食は家族とお腹いっぱい食べたのに……起きたらすごくお腹が減ってて……」
食べ終えた少女は、少し顔を赤らめながら言い訳をするようにそう言った。
「……あの、わたしは滋賀崎舞衣と言います」
そう言ってマイの顔を窺う。あなたの名前は?そう言いたそうな顔にアイは軽くため息をついた。
「私の名前はアイよ。今の世界では苗字なんてあまり意味がないからそれでいいでしょ」
そう言うと、少し寂しそうな顔をしたがそれ以上は聞いてこなかった。
改めてよくここまで無事に来たと思う。
黒く長い髪は真っ直ぐに背中に下りていて、クセがなくツヤがある。
アイの髪は癖っ毛で乾燥しがちなので、この時点ですでに羨ましい。
その上でパッチリとした目と長いまつ毛、程よく通った鼻梁を追っていくと遠慮がちな笑みを浮かべる唇がある。
リップなどは手に入らないだろうに、小さくもプルプルして見える唇を見ると、この少女は本当に今ここに存在しているのかすら疑わしくなってくる。
「あ、あの……あんまり見られると恥ずかしいのですが……」
「あ、ごめんごめん。あなたがあんまりに可愛いもんだから見惚れちゃってたわ」
「かわ……っ!い、いえ、そんな……わたしなんて」
そう言って恥じる仕草さえ可愛さを演出している。
えいくそ。
アイも女子として出来るだけ清潔にしているし、こまめに洗濯もしている。
しかし身体を洗うとなるとたくさんの水がいるし、平和な頃のようにレバーをひねればお湯がでるなんてこともない。
沸かすには燃料必要になる。なので、せめて一日の終わりに冷たくない程度の水で身体を拭いている。
髪などいつ洗ったか……
アイは思わず、マイの髪に手が伸びていた。
「ひゃっ!」
「あ、ごめん。きれいな髪だったからつい。全然傷んでない。どんな手入れをしていたの?」
平和な頃だったら、他愛もない女子同士のおしゃべりの内容だが、今の雰囲気だとアリバイを聞かれる容疑者みたいな感じになっている。
「いえ、特には……」
探るような目で見ていたアイは、小さくため息をついて目を閉じた。




