1-7 感染者と略奪者
アイがゆっくり部屋着にしているラフな格好に着替えている時だった。
外で人の話し声が聞こえた気がして、アイはサッと照明を消した。
そして、中が見えないように貼っているカーテンの隙間から外の様子を見る。
そこには汚い格好をした男達が、数人何やら話しながらこっちに向かって歩いてきているのが見える。
マイキーは外観をわざと他の車と同じようにボロボロに見えるように偽装してある。
パニックが始まったばかりの頃は、車に何か役に立つものがのってないかとか、ガソリンを抜くのに車も捜索の範囲だったが、今では捜索され尽くして車を調べる人なんていないはずだ。
男達は真っ直ぐマイキーに向かって歩いてくる。途中で進路を逸れるか、脇道に曲がることを念じていたが、無駄だったようだ。
男達の一人が明らかにマイキーを指差しながら何か話しているのを見て、アイは動き出した。
――後をつけられた?ちゃんと気にしながら移動してきたはずだ。
そう思ったが、さっき戻ってくるときは、おかしな感染者の群れと遭遇して、精神的に疲れていた。
もしかしたら私の不注意かもしれない。
アイはリビングに走り込むと、入り口に立て掛けてある鉄パイプとクロスボウを取って、弦を引く。
クロスボウの先端を踏んで、背筋のテストの時みたいに、両手で弦を掴んで一気に引くのだ。
弦が発射位置に固定されたのをみて、矢をつがえる。
「ちょっと、ちょっとマイちゃん?どうしたんだい、そんなに慌てて」
目を丸くしてアイを見るゼンさんを見ると、申し訳なくてアイの顔がくしゃりと歪んだ。
「アイちゃん?誰か来たのか?」
ゼンさんもアイの様子を見て察したのか、車内の照明を落として身を屈める。
そして窓からそっと様子を見ると、渋い顔をした。
「……略奪目的だね、武器も持ってるようだ」
そう言うとゼンさんはキッチンとして使っている流しの隠し棚から武器を取り出した。
ミロクというメーカーのショットガンらしく、手に入れた時はゼンさんが珍しく興奮していた。映画なんかでよく見るポキっと折れて弾を二発入れる形のやつだ。
少し前に、探索をしていたアイに絡んできた連中がいた。当初は無視していたものの、しつこく追いかけてきて探索の邪魔をするので一人ずつ昏倒させていき、そのまま勢いにのって拠点にしている家まで乗り込み、迷惑料としていただいてきたものだ。
ゼンさんはショットガンに弾を入れて準備している。そして天井に畳んであるハシゴを下ろすと、登っていき屋根の部分を開けた。
「何か用かな?ゾロゾロと物騒なもの持って囲まれて怖いんだけど?ここは僕が住んでるだけて、君たちが欲しがるようなものはないがねえ!」
マイキーの天井から上半身を出して、周りを囲んでいる男達にゼンさんはそう言った。
それを見て、何も言わずに走ってきて屋根に登ろうとする連中が何人かいたが、外からは登りにくくしてある。
小振りとはいえマイクロバスだ。引っかかりがないと登ることは難しい。
男達は天井に上がるのを諦めたのか、仲間同士でバカにし合っている。そして、その中からいかにも悪そうな男が出てきた。
「俺はこの辺を縄張りにしてるんだけどぉ、おっさんはどうでもいいんだわ。おっさんは何も欲しがるものはないって言ってるけどさぁ、あるだろぉ?知ってんだよ、若い女がそれに乗ってるだろ?」
垢と汚れのついた服を着て、無精髭を伸ばした男はニヤニヤと笑いながらそう言った。
「……ごめんなさいゼンさん。きっと私がつけられたんだ。気をつけてたつもりなのに……」
そう言ってアイは歯噛みする。自分のせいでみんなを危機に晒している事が悔しい。
「そうとは限らないよ。もしかしたら望遠鏡でたまたま見ていただけかもしれないし、通りがかり見ただけかもしれない。いや、むしろハッタリでああ言ってる可能性だってあるんだ。無茶なことはしないでくれよ?」
ゼンさんに釘を刺され、余計に悔しくなる。今にもドアを開けて飛び出したい気持ちだった。
「何シカトしてんだ、コラ!いいから女出せっつってんだ。わざわざこんなところまで来させられた迷惑賃に武器や食料なんかももらってやるからよ」
他の男がそう言って騒ぎだす。一人が口を開くと、次々に周りの連中が好き勝手なことを言い始めた。
結局根こそぎ奪うつもりじゃないか。と、呆れた顔をして見ていると、中には気が早いのか、入り口をガチャガチャと開けようとしている男もいる。
「やれやれ。話し合う暇もなしかい?」
そう言いながらゼンさんが持っていたショットガンを男達に向けた。
全員に見えるようにぐるりと見回したあと、話しかけてきた男にピタリと照準を合わせる。
「大人しく帰ってくれないかなぁ?僕もねぇ、君たちなんかに使う弾がもったいないんだ」
そう言ってゼンさんが、ガシャッと左手のスライドを引くと、男達の半数が逃げ腰になった。
「落ち着け!こんな所で銃なんか撃ってみろ、奴らがゾロゾロと出てくるぞ!撃てるわけがない。びびってんじゃねえ!」
やはり初めに話しかけてきた男がリーダー格なのか、臆病でまとまりのない連中をうまくまとめているように見える。
「おい!やれ。このオンボロバスを壊されれば考えもかわるだろ!」
リーダーの男がそう言って手を上げると、男達の中から太いパイプや、工具など頑丈で破壊力のありそうな物を手にした男達が近寄ってくる。
「はぁ、しょうがないなぁ」
ズドン!
激しい音と共に、バシャッ!と何かが飛び散ったような音がした。
「あ、あ、……」
鉄パイプと大きなハンマーを抱えていた男が、吹き飛んで動かなくなる。
すぐ隣にいた男は、大きく口を開けたまま呆然とそれを見ている。
二人の男が倒れているところにじわっと赤い血が広がっていくのを見て、弱腰の男達は半狂乱になって遮蔽物に隠れ出した。
「おい!てめえら。くそっ、これだけ人数がいるのに、弾が足りるわけねえだろうが……」
リーダー格の男はそう言いながら憎々しげに逃げていった仲間達を睨んでいる。
ズドン!
「あ?」
次の射撃で、リーダー格の男と一緒にいた男が地面に倒れ込んだ。
顔から胸にかけて、おびただしい傷と出血をしながら、痙攣を始めている。
リーダー格の男は、ヌルっと頬に流れた何かを手で拭って悲鳴をあげた。
「ひ、ひいいっ!ち、血!俺の耳があっ!」
隣の男を狙って撃った弾のうち一発がリーダー格の耳を引きちぎっていた。
しかし、腐ってもリーダー。耳を手で押さえガタガタと震えながらも仲間に対して指示をだしている。
「あれは二発しか入らない!行け、行け!あのおっさんを殺せ!」
喚くリーダー。周りの顔を見ながら、仕方なく近寄る連中が、途中まで来ると全力で引き返していった。
二発目を撃ったゼンさんは慣れた手つきで銃を折ると、カラ薬莢が飛び出す。
すぐにポケットからまた弾を出して装填するのを見て、慌てて引き返して行ったのだ。
「もう無理だ!ああっ、感染者……ぎゃああ!」
そして、この銃の轟音はリーダー格の男が言ったように、感染者達を呼んでしまう。
いろんな所から、どこにそれだけ隠れていたんだと言いたくなるくらいの感染者が、バスを囲んでいる男達をさらに囲んでいる。
「どっ……どうするんだよ。めちゃくちゃ来てるぞ!」
「うるせぇ!くそっ、逃げるぞ。先に逃げた奴らなんか放っとけ!せいぜい囮にくらいはなるだろう!」
リーダーが逃げるのを見て、我もと逃げ出すが感染者に近寄られて、あちこちで悲鳴が上がる。
バスに当たってくる音も聞こえて、グラグラと揺らされている。
じっと外の様子を見ていたアイだったが、感染者に追い詰められた男が数名、マイキーの入り口に寄ってきて無理やりに開けようとしてくる。
持っている武器をガンガンと叩きつけるのを見て、アイは出入り口を開けて飛び出そうとした。
「ダメだ、アイちゃん!」
上からゼンさんの鋭い声がアイを止める。
「今出ても巻き込まれるだけだよ。大丈夫、そう簡単に壊れるようには作ってないよ」
穏やかに微笑むゼンさんの顔を見て、アイも昂っていた心を落ち着かせた。
「さて、あとは感染者の皆さんにお任せしよう。我々が見つかったら面倒だしね」
ゼンさんはさっさと天井の開口部を閉じてハシゴを降りてくる。
まだ周りでは悲鳴と怒号が響いている。それだけ大騒ぎをしてしまえば、余計に感染者を引き寄せてしまうとわかっていないのか、余裕がなさすぎるのか……。
それでもだんだんと騒いでいる声や音は次第に少なくなっていき、静寂が戻ってくる。
バスの周りにはまだ感染者がうろついているが、アイ達が音を立てたりしなければ、すぐに元の場所に戻っていくだろう。
アイは窓の外の様子を見るのが怖くなって、じっと俯いていた。
「ほら、うまく追い払ったんだから、そんなに暗い顔をしない!アイちゃんは笑ってる顔が一番かわいいよ」
そう言って頭を撫でて、ゼンさんは銃を元の場所にしまっている。
「もう……。子供じゃないんだから」
頭を撫でられたアイは、そう言って口を尖らせていた。




